その151
そろそろお昼も近いという時間帯、シアさんとぼーっとゆったりと過ごしていたらあっという間に時間が過ぎてしまった気がするね。まさに時間が飛ぶ感覚、キンクリか。もしかして寝てたのか私は……
まあいいや、時間いっぱいシアさんに甘えよう。とりあえず胸にスリスリと頬擦りを開始、シアさんも嬉しそうにしてくれている。幸せだね。
「お待たせしまシラユキ様可愛い!! 今度私にも頬擦りしてくださいね?」
見られた!! 私が全力で甘え出すといつもこれだよ……
料理ができましたよとキャロルさんに呼ばれ、何気に初めて入る台所へ、と思ったら……
「あー、なるほど。三人とも頭いい!」
「え? 姫まさか一皿一皿しまうつもりだったの? さすがにそれは魔力が尽きちゃうよ……」
「まあ、これでもちょっと不安はあるんだけどね。でも、テーブルと椅子も一瞬で出し入れできるくらいだし、大丈夫だとは思うけど……。レンの言うとおり、ちょっとでも違和感を感じたらすぐに言うこと! 分かった?」
「はーい!! ふふ、ありがとね」
案内されたのはいつものダイニング、用意されていたのは幾つも並ぶカート、台車だね。上中下段に分けられた台には料理が作られたままだろうと思われる鍋や、保温用の焼き物っぽい容器が見える。
なるほどねー、このカートごと全部しまって持っていけばいいんだね。お皿一枚一枚しまおうとして張り切っていた私には拍子抜けだが、この考えは完全に抜けていただけなので純粋にありがたい。食器類だけが乗せられているのも一つあるみたいだし、向こうでお皿によそって並べればいい、という事か。ふむふむ、いつも食べるだけの私には出てこない発想だったね。
左手はシアさんと繋ぎ、右手をカートにかざす。かざすと言うか、右手の影をカートに少し合わせるだけだ。そして能力を発動。一瞬でその場から消えるカート一台。
「はー……。な、何回見ても凄い能力ですよねそれ……。シラユキ様凄いです!!」
ええい、褒めるな恥ずかしい。ふふふ。貰い物の能力だけに自慢はできないが、やはり褒められるのは嬉しいものだね。
どうやらこの魔法、影に入れたり吸い込んだりする魔法じゃなくて、私の影に重なっている物プラス、その物に乗っている、くっ付いている物まで一瞬で……、えーと、どこだろう……? ど、どこかへしまってしまう魔法らしい。正確にはもう少し違うみたいなのだけれど、大体そんな感じで合っている、と思う。
らしい、思う、みたい、と不確定なのは、全部シアさんが観察して気付き、私に教えてくれた事だからだ。私の能力で作った魔法なのにね……
そんな調子で一つ一つ、合計五台のカートを全部しまい終わる。
ふむふむ、ふむ……。疲れは……、無いね。まずはよし、と。
一つしまう毎に、シアさんが私の異常を逃すまいとジロジロと見て来ていたのがくすぐったかったが、特に何事も無く準備は完了……、じゃない、早く着替えないと。
「ふう……、これは心臓に悪いですね。まだあちらでも二回、あるのですよね……、心配です」
シアさんは安堵の溜息を一つ、胸を撫で下ろすが、まだ冒険者ギルドで出すのと、帰る時にそれをまた全部しまわなければいけないお仕事が残っている。とても心配そうだ。
「し、心配掛けちゃってごめんねシアさん、それと、ありがとう。何かあったらすぐに言うから、ね? それじゃ、着替えに行こっか、お昼になっちゃう」
「はい、ありがとうございます、姫様。お召し物は選び終えておりますので、今日はそこまでは時間は掛からないと思います、ご安心くださいね。フラン、メア、それとキャロ、ありがとうございます」
少し時間を掛けすぎてしまったかな? とも思ったけれど、今日の服は選び済みなのか。さすがシアさんだね。
シアさんは料理の用意をしてくれた三人にお礼を言い、ひょいと私を抱き上げる。
「わ、自分で歩けるよ? 大丈夫だよシアさん」
「本日の移動は全て私が抱き上げてにさせて頂きます。お聞き入れ頂けない場合は……」
「わ、分かったよ、もう! それじゃ、メアさんフランさんキャロルさん、ありがとねー! 行って来るね!!」
シアさんのことだから本当に中止にされかねない、別段困ることでもないし、受け入れて準備に向かおう。
「はいはい、いってらっしゃーい。気をつけてね、無理は絶対しちゃ駄目だよ」
「いってらっしゃい。朝から疲れちゃったけど、この笑顔が見れたなら全く損した気分にならないね。シラユキ、ちゃんとレンの言う事聞くんだよー?」
「はーい! さすが私、信用無い」
「あれ!? 私留守番なんですか!? あ、あっれー?」
「馬鹿な事言ってないであなたも早く用意して来なさい、置いて行きますよ」
「はい!! よ、よかった、本気で焦ったわ……」
「ふふふ。それじゃキャロルさんはまたすぐ後で、ね。行こ、シアさん」
「はい、参りましょう」
ふむ、今日は少し長めのスカートか。シアさんは最初から最後まで抱き上げて運ぶつもりだねこれは。
よく考えてみると、まずはカートを五台しまった分、冒険者ギルドで取り出す分、片付けるためにまたしまう分、さらには帰って来てからそれをまた全部出さないといけないんだよね。
最後の出す分は明日以降に回しても問題ないとは思うけど……、シアさんの言う様に最低でも後二回はこの魔法を使わなければいけない事になる。うーん……、大丈夫、かな? ちょっと不安だ。
今日の私の移動方法を全て抱き上げてにしたのは、それプラス往復分の跳躍魔法を使わせないためと、後は少しでも私の体力を温存させるためか。この長めのスカートも私を動き回らせないようにするための配慮が含まれているんだと思う。
しまったなー、またシアさんにかなりの負担を……
「私は今日一日中姫様を抱き上げる事ができ、幸せですよ、これは本心からの言葉です。決して負担になどなってはいません、ご安心ください」
「シラユキ様は優しすぎますよね。シア姉様ならシラユキ様を抱き上げながらカルルミラまで休み無しで走りきれますよ? 大丈夫です」
「あ、うん……、シアさんなら本当にできちゃいそうで怖いね……。う? また心を読まれた!!」
シアさんはもう諦めてるとして、キャロルさんにまで簡単に読まれてしまうとは……。やはり私お付のメイドさんにはこの能力が自然と備わってしまうのだろうか!?
「ふふふ。シア姉様の顔を見ながらシュンとしてれば誰にだって分かりますよ。シラユキ様はもっともっとシア姉様に甘えてもいいと思いますよ? 私なんてもう……」
「はいはい。では姫様、参りましょうか。少し早めに走りますので、もし気分が悪くなってしまったらすぐに仰ってくださいね。目を瞑って抱きついて頂いても構いませんよ」
「うん! ふふふ、ありがとね、シアさんキャロルさん。今日はなんか、お礼言ってばかりだね私。ふふふ」
「シラユキ様可愛いぃ……。ホントにどっちも羨ましいわコレ」
キャロルさんも私に激甘だなー。まあ、嬉しいんだけどね。しかし、これ以上どう甘えろと……? 既に私の甘えは最高レベルに達していると思うんだけど……
後考えられるのは、何か食べる時は全部あーんで食べさせてもらうとか? 常に膝の上に座らせてもらうとか?
ふむ……、私の甘えレベルはどうやらまだまだだったようだ、一安心。いや、安心しちゃ駄目だ! 今以上の甘えが二つしか思い浮かばないとか、既に末期だ!! ほぼ最高レベルだよ!!
頭の中で、今後この甘えっぷりをどう改善していけばいいか会議を開いていたら、いつの間にか町の近くまで到着していた。ちなみに結論は、満場一致で現状維持。
え? また時間が飛んだ? 今日はよく時間が飛ぶ日だなあ……。あれ? シアさんが私を降ろす気配が無い。ど、どういう事? ……ま、まさか!
「シアさん? まさか、町の中でもこのまま、なの?」
「え、ええ、それが何か、問題でも? 勿論ギルドまで抱き上げてお運びしますよ」
またその顔! お前は何を言ってるんだ? 的な顔はやめて!
「問題あるよ! 私が恥ずかしいよ!!」
「では、帰りましょうか」
「ごめんなさい! ギルドまでお願いします!」
まあ、分かってた。
キャロルさん、笑いを堪えなくてもいいのよ……
恥ずかしい恥ずかしいと思うから恥ずかしいんだ、という誰かの言葉を思い出した。本当に誰の言葉だコレ……
最初は恥ずかしさに顔を伏せていたが、何人かの顔見知りの人たちに何かあったのか、体調でも悪いのか、と心配顔で声を掛けられてしまった。
その度に恥ずかしいだけと答え、生暖かい微笑みを向けられてしまったので、もう完全に開き直り顔を上げ、目が合った人には軽く手を振ってみたりしている。
ふふふ……、暫く町には来れないね!! あ、この前目が合ったエルフの女の人だ……。偶然? それとも本当にこの人が自警団の人? 見た目はどこにでもいるお姉さんみたいな感じなんだけどなー。
また控えめに手をフリフリ。む、やっぱり満面の笑みでブンブンと手を振り返されてしまった。この人が自警団の人とは到底思えないな……。あ、誰かにツッコミを入れられた。ツッコミを入れた人もエルフか、男の人だね。お姉さんはツッコミを入れたお兄さんにペコペコと謝っている。でも笑顔だから反省はしてないと思う。面白いなあの人たち……
お兄さんはこちらに軽く会釈をして、お姉さんの襟首を掴み、ズルズルと引き摺って行く。お姉さんはまたねー、とでも言いたげにこちらに手を振って、あ、またツッコミが入った。あれは痛そうだ……
今日は無理だけど、次に会ったとき時間に余裕があったら勇気を出して話し掛けてみよう。
「ふふふ」
「? シラユキ様? 何か面白そうな物でも見つけました?」
「なんでもないよ? ちょっと楽しみが一つ増えちゃったかなーって思ってただけ。ふふふ」
「うっあー、可愛らしい笑顔……。シア姉様目の前で見てよく平気ですね」
「ええ……、限界に近いですが。ああ、丁度よくこの先には宿屋が……、ギルドへは一泊休憩してから参りましょうか」
「キャロルさん助けて!! 一泊休憩って長いよ!!」
「おお、私に助けを求めつつもツッコミは忘れず……。さすがシラユキ様ですね!」
「褒めてないで止めて!!」
ちょっと今回は短いですが、書いていたらあまりにも長すぎる文字数になってしまったので無理矢理分けました。
続きはまた明日、修正してから投稿予定です。すみません。