その143
メアさんフランさんの着せ替え人形にされた後軽くお昼を済ませ、クレアさんを護衛に兄様と一緒に町へとやって来た。
出発前にどちらが私を抱き上げていくかと軽い口論になったりもしたが、私が半分ずつにしたら? と提案を出したら受け入れられた。その発想は無かった、という二人の……、クレアさんは無表情だったか……。その発想は無かったぜ、という兄様の表情が面白かったね。今度はどちらが先に、とか、どこまでが半分なのか、という討論が始まったのだけど……
考えてみたら、私も自分で走ればよかったんじゃないか……? ま、まあ、クレアさんは嬉しそうだったからいいや。
ちなみにクレアさんの腰には、以前見たファルシオンと、細長い剣が下げられていた。レイピア? かな? に、二刀流!?
気にはなったが、また楽しそうに武器の説明を始めてしまいそうだったのでスルーしておいた。
「んー! ふう……。なんか、シラユキと町に来るのって久しぶりじゃないか?」
兄様はお行儀悪く腕を上げ、伸びをした後、そう話しかけてきた。
「そうかもねー。町に来る事自体少なくなってるからかな? エディさんたちはお休みもいつか分からないし、お買い物も、欲しい物って言ったら食べ物くらいしかないしね。あ、でも、ロレーナさんっていう新しいお友達ができたから、調薬ギルドにはたまには遊びに行く事になると思うよ」
あれからまだ一度も遊びに行ってないんだけどね。
ロレーナさんとは色々な、調薬ギルドの事や好きなお菓子の事など色々とお話したいとは思うんだけど、お店のあの匂いはどうも苦手で……。会いに行く度に換気して貰うのも悪い気がするし。それに、後から気付いた事なんだけれど、あれって近所の人に迷惑が掛かるんじゃないのか? 締め切って匂いが篭っていたのはその辺りを考えての事だったのかもしれない。
今度行ったときに確認しようしようとは思いつつも、未だに行けてなくて分からないままなのだ。
「ろ、ロレーナか、俺はちょっと苦手なんだよな。上手く言えないが、なんか独特なやつだろ? あいつ。……ん? 新しい?」
「そうですね……、私も苦手な部類に入る方ですね。カイナとは仲が良いのですが……。? え? 姫様はまさか、ロレーナとは最近知り合ったばかり……、なのですか?」
おお、二人とも、それにカイナさんもロレーナさんのことは知っているみたいだね。……うん?
「うん、そうだよ? ちょっと前に調薬ギルドに行ったときに……、何か変?」
「まあ、そうなのかもな。フラニーとメアリーも知らないだろ、多分。しかし、面白いな……、黙っとくか?」
「会った事はあると思うのですが……。ああ、どうせまた髪の手入れを怠っていたのでしょう。お話して差し上げても?」
むう、何よ、なんなのよ! 二人して分かり合っちゃって……。いじいじ。
「いや、その内分かる事だ、今話すことでも無えよ。ま、こんな所で立ち止まってても仕方ない、さっさと行こうぜ?」
「はい。では、姫様、参りましょう。お手をどうぞ」
「え? あ、うん……」
私には内緒、という事で結論が出たのか話をするのをやめ、私と手を繋ごうと右手を差し出してくるクレアさん。
気になる、気になるけど……、兄様がその内分かるって言ってることだし、お昼を過ぎて少し経つ。もうシアさんたちは冒険者ギルドから移動しているかもしれない、今追及するのはやめておこう。
実はクレアさんと手を繋いで歩くのは少し楽しみだったりもする。それじゃ、早速……
「いやいや、お前は護衛だろ? 両手は空けておけよ。シラユキは俺と手を繋ごうな?」
「はい、護衛ですとも。護衛だからこそ姫様の一番の側でお守りするのです。ルーディン様はご自分で身を守れますが、そこまで実戦経験も豊富という訳ではありません。いざという時のためにやはり両手は空けておいた方がいいのではないか、と思います。私は姫様を守りつつも自由に動き回る事ができますので、どうか安心して姫様は私にお任せください」
またか!? また始まったよ……
「護衛なら俺も守れよと言いたいところだが……、くっ、正論だ。お前に任せておけば確かに安心……、だが! 俺はシラユキと手を繋ぎたいんだ、それでいいだろう? どうせ危険なんて無いさ、自警団の奴らも付いてるじゃねえか」
え? どこどこ? 誰が自警団の人? あ、エルフの女の人と目が合った、あの人か!?
控えめに手をフリフリ……、!? 満面の笑みで手を振り替えされた、違う気がするよ!
「確かに危険など早々無いでしょう。ですが、それを抜きにしても、私も姫様と手を繋ぎ歩いてみたいのです。どうか、お願い致します」
ここで素直にお願いに出るとは、やるなクレアさん! 兄様は美人に弱いからね、こうかはばつぐんだ! だよきっと。
「むう……、まあ、今日くらいはいいか。だが、約束しろ、シラユキ可愛さに気を抜くな。これは絶対条件だ」
「はい、約束します、絶対にです。私の持てる全て、命をも懸けてお守りします。ルーディン様、ご無礼をお詫びし、お礼を申し上げます」
兄様に深々と頭を下げて、謝罪とお礼の言葉を述べるクレアさん。
クレアさんにしては珍しい行動だよね。そんなに私と手を繋ぎたかったのか……
前にクレアさんと町に来たのは……、ああ、ライナーさんから謝罪を受けに冒険者ギルドに行ったときか。あれは遊びに、っていう感じじゃなかったし、手を繋いで仲良く歩く空気でもなかったね。森の中でなら手を繋いで歩いた事も何度かあるけど、多くは無い。兄様が意外に簡単に引いたのも納得かな?
「お話は終わった? それじゃ、はい」
「お待たせして申し訳ありませんでした。では、失礼して……。はああ……、可愛らしい……」
「いきなり気ぃ抜いてるじゃねえか……。ははっ、まあいい、行くぞ」
「うん! ルー兄様はこっちね?」
私の手は二本あるんだよ? と、兄様に右手を差し出す。
「ん? ああ、優しい子だなシラユキは。でも今日はクレアに甘えてな」
にこにこ笑顔で私の頭を撫でながら、私の提案を断る兄様。
「ふふ……、っと失礼を。本当に姫様はお優しい方です……」
笑顔で手を繋いで歩く私とクレアさん、それを笑顔で見守りながら隣を歩く兄様。クレアさんの表情が一目で分かるくらいの笑顔だ、これは相当嬉しいんじゃないかなと思う。
「クレアさんは私とユー姉様に対しては結構過保護だよね? でも、ルー兄様は?」
「ルーディン様はもう過保護にするご年齢でもありませんから。今回は姫様を優先しているだけであって、ルーディン様のことも勿論大切に、とても大切に思っていますのでご安心ください。やはり男性というのも大きいでしょうか。心も体も既に立派な大人と言っても問題ないくらい成長されましたし……。百年ほど前の」
「オイやめろ! 俺の子供の頃の話とかホントにやめてくれよ……」
お、おお? 兄様が珍しく慌ててるね! ふふ、ふふふ。まあ、どんな子供だったかは予想が付いちゃうんだけどさ。
「やっぱりクレアさんも揉まれちゃった? 子供の頃のルー兄様って多分、誰彼構わず揉みに行ってたと思うんだー。だよね?」
「は、はい、もう毎日のように……。ユーフェネリア様がやきもちを焼くので」
「頼む! 頼むからやめてくれ!! せめてシラユキの前ではやめてくれー!! 俺はいい兄でいたいんだ……!!」
「も、申し訳ありません! 調子に乗りすぎました……、落ち着いてください」
「あはは。ごめんね兄様。でも大丈夫、おっぱい好きなルー兄様でも私は大好きだからね? でも、クレアさんはちゃんと恋人がいるんだから揉んじゃ駄目!」
「姫様!?」
「ああ、それは分かってるさ。恋人がいるって分かってからは一度も手を触れた事は無いからな。目では楽しんでるが……。あー、焦ったぜ……」
「ルーディン様!? 姫様も! い、いません、恋人などいませんから!!」
「はいはい」
「へいへい」
いつもの様に恋人がいる事を否定するクレアさんを軽く流す。
もうバレバレなのになー。お休みの日によく一緒に散歩したりお弁当食べたりしてるじゃん。初めて見たときは笑顔が素敵過ぎて一瞬誰か分からなかったよ。
「ん……、お? やあ、シラユキちゃんにルーディンさん、それと……、えーと、誰だっけ? 見た事はあるんだよなあ……。すっげえ美人……」
「シラユキ様、ルーディン様、こんにちは。そちらの方ははじめまして、ですよね? 確か……、秋祭りでお顔は何度か拝見させてもらっていますね」
何度も聞かされて聞き飽きたクレアさんの言い訳を兄様と二人で聞き流していたら……、エディさんとソフィーさんに話しかけられた。
「よおエディ、ソフィーも。二人はクレアは初めてだったか?」
「エディさんソフィーさんこんにちわー。こっちの美人さんは母様のお付のメイドさんのクレーアさんだよ。クレアさん、この二人が私の、ルー兄様もだね、私たちのお友達のエディさんとソフィーティアさん。お話はよくしてるよね」
まずは私が軽く紹介。ふふふ、お友達に家族を、家族にお友達を紹介するのは嬉し恥ずかし複雑な気分だね。
「ああ、こちらが例の、あのお二人ですか……」
「なんで剣に手をかけるの!?」
「は、失礼しました。ええと、今ご紹介に預からせて頂きました、クレーアと申す者です。ただのメイドですのでどうかお気になさらずに。ああ、しかしこれだけはお伝えしておかねば……。貴方方の言動によっては、その首が胴から離れる事となるやもしれません、お気をつけください。姫様とルーディン様のご友人を亡き者にしたくはありません、貴方方もそうなりたくはないでしょう。……心に留めておけ」
クレアさんは、ファルシオンを鞘から少しだけ抜き、音を立てて戻す、という動作を繰り返しながら二人を脅……、釘を刺す。
完全に脅しだよ!! 最後の一言も小声だったけどはっきり聞こえたよ! 命令形だったよ!!
エディさんはともかくとして、ソフィーさんの印象はかなり悪そうと見た! へ、変な反応しないでねソフィーさん……。私は祈る事しかできない。
「こええ!! やっぱ王家のメイドさんはこええよ……。バレンシアさんだけが特別って訳じゃなかったんだな……。俺は勿論何もしないからいいとして……、ソフィー、お前は本気で気をつけろよ? この人多分バレンシアさん程甘くないぞ……。まあ、あの人はあの人で怖いんだけどな」
「私たちの言動によっては、ですよ? 何の問題も無いと思いますけど……。恐らくそれだけシラユキ様を大切に想っている、というだけだと私は思いますよ。あ、すみません。ええと、クレーアさん、私たちがシラユキ様や他の王族の方は勿論のこと、リーフエンドの森に住まう全ての方々に対しても、何か失礼を働く様な真似は決して致しません。安心してくださいね」
「あ、ああ、すまな、! いえ! すみません! 姫様のご友人になんという失礼を……」
!? やった! 何事もなく切り抜けたよ!! し、信じてたよソフィーさん!!
エディさんと目を合わせ、お互いほっとした表情を見せ合う。
「いえいえそんな、どうか頭を上げてください。ふふふ、真面目な優しい方なのですね……。背も高く、とても整った綺麗な顔立ち、素敵です……。あの、是非今晩にでも、その綺麗なお顔で私を口汚く罵りながら激しく」
「油断した!! やめろソフィー!!」
「わ、クレアさん剣抜かないで!! 落ち着いて! こういう人だから! こういう人だけど優しいいい人だから!!」
ソフィーさんはやはりソフィーさんだった!! 兄様も笑って見てないで止めて!
「怪我? 火傷か。魔法薬が必要なほど酷いのか? ああ、代金は気にするな、俺につけておけばいい。効果の高そうなのを選んで貰って来い」
少し話を聞くと、ソフィーさんが手の甲を火傷してしまったみたいで、調薬ギルドへ魔法薬を買いに行くところだったらしい。
アレな事を言わないかと心配するばかりで、右手の包帯にまで目が行かなかったみたいだ。反省しなきゃ……
「酷いって言えば酷いんですけど、こんな奴でも女性なんで、肌に、こんな目立つ位置に傷跡を残すような事にはしたくなくて……。魔法薬は結構するんでホントに助かりますよ」
エディさんは優しいね。なんだかんだ文句を言いながらお目付け役とか言って一緒に行動してるけど、ちゃんと大切な仲間として、一人の女性として扱ってるよね。
ふふふ、付き合っちゃえばいいの、に……? あ、ちょっと考え無しだったかな今のは、さらに反省。
「ありがとうございます、ルーディン様、それに、エディくんも。ふふ、嬉しいですね。女性に残る一生モノの傷はここだけでいいですよね」
笑顔でお礼を言い、自分の、あ、アソコの辺りを指差すソフィーさん。
「股間を指差すな!! むう、なんなんだコイツは……。この物腰穏やかな、柔らかい空気の持ち主の性格がどうしてこんな酷い事になっているんだ……」
「く、クレアさん気にしないで、ね? ソフィーさんは本当にいい人なんだけど、ちょっとズレちゃってるだけで……。あ、ソフィーさん、私が治そうか?」
魔法薬は体に負担が掛かる。どう負担になるかは私にはよく分からないが、魔力疲れの様な感覚らしい。
確かに魔法の様な薬で無理矢理に治してる感じがするからね。そんな事になるくらいなら私が治してしまえばいいと思うんだけれど……、上手くできるかは分からない。私が魔力疲れを起こすだけで済むのならそれでもいいんだけどね。
「いいえ、シラユキ様のお手を煩わせるほどではありませんよ、ありがとうございます。もし傷跡が残ってしまうようでしたらその時はお願いしますね。是非その可愛らしい舌で舐めて癒して頂き」
「右手を出せ、切り落としてしまえば済む事だろう? さあ」
「さあ、じゃねえよ! 落ち着けって。コイツと付き合うのはとにかく慣れる事だ、お前も慣れろ、クレア」
「え、ええ? さすがに腕を落とすのは……。片手だけではエディくんを満足させてあげられなくなってしまいます。跡が残る様でしてもシラユキ様に頼るようなことは決してしません、どうか許してください」
「ぐぁっ、罪悪感が……。いや、そこに対して怒った訳ではなくてだな……、何でも無い、すまなかった。ルーディン様、姫様、お騒がせして申し訳ありません」
ソフィーさんと私達に謝り、クレアさんはもう関わりたくないといった感じで数歩後ろに下がって行ってしまった。
この人の相手をするのはクレアさんみたいな真面目な人には辛いよね……
「どうしてそんな酷い火傷なんてしちゃったの? ……まさか自分で!? まさかエディさんが!?」
「違うよ! そこでなんで俺の名前が出て来るんだよ……」
「ふふふ、エディくんならもっと軽い火傷で感じさせてくれますよ。これは先ほど、ガトーさんという冒険者の方に……」
「人に!? 誰それ! 私の友達を傷付けるなんて許せな……、ソフィーさん何したの……」
「おお、シラユキも慣れたな。だが、女の肌を焼くとは気に入らんな、そいつ」
「その人も女性なんですよ。コイツ挨拶した後いきなり右手で胸を鷲掴みにしやがって……」
「!? でかかったのか!? どこだ? 今はどこにいる!?」
「ルー兄様さいてー」
「ぐっはあ! 今の一言は効いたぞシラユキ……」
「落ち込んでるルー兄様は放っておいて、女の人? 怖い人だったのかな……」
「俺はさすがに近づけなくて、直接話してないから分からないけど……、確かに目はちょっと怖そうな感じがしたよ。それに、バレンシアさんの友達っぽかったからな、やっぱ怖い人かもしれないな、うん。自分で言って納得だ」
「う? シアさんの?」
「ああ、いえ、特に気性が荒かったりする方ではありませんでしたよ。ええと、シラユキ様はバレンシアさんからは特に何も聞いていないのですか? 竜人種族の冒険者の方で、二つ名は『閃光』、Sランクの方ですね。バレンシアさんに昔の友人です、と紹介されたんです」
「そうなんだー。……? よく殺されなかったねソフィーさん……」
「俺も光った時は死んだと思ったぜ……。見てた俺も、実際に焼かれたソフィーも何されたか分かんねえんだよなあ……」
「光った? ううう、やっぱり怖い人なのかな……。まだギルドにいるの?」
「ん? ああ、今はもういないな。俺たちより先にバレンシアさんとキャロルさんと一緒に出て行っちまったよ。ソフィー、お前はどこに行ったか聞いてないか?」
「確か……、青果店に向かわれるとか、シラユキ様のお土産に果物かジュースを買いに行かれたのでは、と思いますよ」
「俺たちより少し前に出たくらいだし、今から行けばまだいるんじゃないか? まあ、会いたかったら、だけどな」
「折角町まで出てきたんだ、会わずに帰るという選択肢はもう無いな。行くぞ、シラユキ、クレア。ソフィー、傷が癒えるまで無茶をするなよ」
「お心遣い、ありがとうございます。はぁ……、素敵なお方……」
「ルーディンさんはやめとけ、ユーフェネリアさんに殺されちまう……」
「……しかし、ルーディン様? そう言うルーディン様こそ無茶をしてはいけません。それだけはお約束ください」
「うん、ルー兄様が怪我するのは絶対に嫌だからね? 私、泣いちゃうからね?」
「やっぱ信用無いのな、俺って……」
続きます。
『裏話』の方に140話で書いた夢のお話を投稿しました。
色々と危険そうなお話なのですが、読んで貰えると嬉しいです。