その141
涙も止まり、自分でも理解できない悲しさも消え、フランさんとメアさんに普通に甘えだしたところで、二人は少し心配しながらも昼食とおやつの準備へと行ってしまった。
私としてはもう少し甘えていたい気分だったのだけど、もうすっかり気持ちが落ち着いたし、手の込んだ料理というのが楽しみでもある。それに、シアさんとキャロルさんが側にいてくれているんだから、今度はこちらの二人に甘えればいいよね。
何か……、久しぶりに泣いて困らせちゃったね。自分でも本当に、どうしてあそこまで悲しくなってしまったのかは分からない。フランさんとメアさんが私の事を嫌いになるなんて考えられないのにね。もしかしたら、みんなが優しすぎるのが逆に不安に思っちゃったのかもしれない。
キャロルさんが子供の頃に感じていた不安とはとは違って、その優しい人たちが私から離れて、いなくなってしまったら……、という不安に襲われたのかもね。
「ええと……、どこまで話しましたっけ? 魔法を教えている学校……、ああ! 冒険者や一般の町の人たちは学校で習ってもいないのにどうして魔法を使う事ができるのかー? でしたよね?」
「う? あ、うん。ふふ、ごめんね? そういえばそんな話をしようとしてたんだったね」
いやあ、忘れてた忘れてた。
これも多分、町の人や冒険者の人達には常識なんだろうけど、私にはさっぱり予想もつかないね。強いて予想を上げるのなら、両親や冒険者の師匠に教わるのかな? あれ? それが答えじゃないか!?
「どうしましょう? 落ち着かれたようですが、姫様はもう少し甘えていたいご様子。今度は私の膝の上に……、む? しかし、そうなると……、私は姫様を甘やかし、可愛がる事に全精力を注がねばなりません、説明ができなくなってしまいますね。……ああ、こうしましょう」
シアさんは意味不明な事を悩み、わざとらしくポンと手を叩き、何かを思いついたようだ。
「こう? シア姉様は何を……」
疑問に思うキャロルさんを無視しながらも、私を軽く持ち上げ、そのまま一緒に椅子へと座るシアさん。
説明は今度で今日は私を可愛がる事を優先するのかな? まあ、私としては大歓迎だ、が、もうちょっとキャロルさんの相手もしてあげてください……
「ふう……、やはりこの状態での説明は無理ですね。姫様を可愛がりつつも他の事に手を割くなどという事は、私程度には到底できそうにありません。キャロ、姫様を可愛がるお仕事は私に任せ、あなたは説明をして差し上げなさい。これが役割分担というものですね」
「シア姉様ずるいです!! 私もシラユキ様を膝に乗せて可愛がりたいですよう!! いいなぁ、シラユキ様可愛いなぁ……」
指を咥え、私を膝の上に座らせているシアさんを羨ましそうに見つめるキャロルさん。あまりの子供っぽい行動が微笑を誘う。
「早く見習いを卒業しなさい。ふふ、姫様……。はっ!? じょ、冗談半分のつもりでしたが、本当に説明に集中できそうにありませんねこれは……。恐るべき姫様の魅力、いえ、これはまさに魔性の魅力、魔力ですね。魔力といえば魔法、さ、キャロ、説明を」
な、何か今日のシアさんは面白いな……。泣いちゃった私を元気付けようとちょっとおどけて見せてくれてるのかもしれないね。……いや、いつもと同じか?
「こうして目の前で見せつけられると俄然やる気が沸いてきますね。早く一人前のメイドになってシラユキ様を膝の上に……、ごくり」
「その獲物を見る目はやめなさい……」
「あはは。頑張ってねキャロルさん! それじゃ、お話聞かせて?」
「はい! ああ、久しぶりに頼りにされるこの感覚……。ホントに久しぶりだわ……」
三百五十歳以上の大人、そして、元Aランクの冒険者で、リズさんの先生で、さらには説明大好きなシアさんのお弟子さんでもあったキャロルさんだ。きっと上手く、分かり易く説明をしてくれると思う。……元? ま、まあ、いいよね?
「まずはどこから説明したものか……、まずは大雑把にいきますか。冒険者も特に事情が無ければ元は一般人ですからね、一纏めにしちゃいましょう。一般の街の子供達、って言うのもおかしいですね……。まあ、子供達でいいですか、その子供達が魔法を教わるのは主に両親や近所の大人、後は親しくなった冒険者から、ですね。シラユキ様はシア姉様から教わっていたんでした?」
「私の場合は家族みんなかな? うーん? 主に兄様とシアさんかも。えーと、それは、エルフの話? エルフと他の種族の人達って、うーんと、魔法の使い方? が何となく違ってきてるよね?」
エルフは基本詠唱無しの魔法名のみでの発動、魔法名もその場その場でまちまちだ。でも、他の種族の人達の主な使い方は、決まった詠唱、決まった魔法名、それで効果も完全に固定されちゃってるんだよね。
これは魔法に対するイメージの仕方の違い、と言うか、イメージする能力の違いなんだろうと思う。やっぱり種族が違うとそういう違いが大きく出て来てしまうのかな? の、脳の作りが違うのか? それはちょっと怖い考えになりそうだからやめておこう。
「ああ、すみません、どちらにも当て嵌まる感じですね。結局は使い方が違うだけでやっていることは同じですから。ここまではいいですね? 両親や大人達から習う魔法は精々小さな火を灯す程度の簡単な魔法です。爆発させる、風で切り裂く、等の攻撃魔法はさすがに教えられないと言うか、一般の町の住人には早々使える物じゃありませんよね。……ふふふ、シラユキ様? では何故、小さな火を灯す、軽い風を吹かす、といった、言うならば、簡単な魔法は代々教え続けていけると思いますか?」
「え? あ、うん? 簡単だからじゃないの?」
キャロルさんの急な質問に、まったくそのまま答えてしまった。
でも、簡単だからだよね?
「姫様? どうしてそれが簡単だと思われました? ふふ、キャロ、中々いい質問の仕方でしたよ」
今まで私の頬をグニったり頬擦りしたりで黙っていたシアさんが急に口を開き、私へ質問しつつ、キャロルさんを軽く褒める。
「ふふ、ありがとうございます。指先程度の火を点ける、髪を揺らす程度の風を起こす、簡単ですよね? シラユキ様は何故それが簡単だと思ったのですか?」
な、何故ってそれは……、なんでだろう……?
むう! やっぱりキャロルさんはシアさんそっくりなお弟子さんだよ!! 二人してニヤニヤしてー!! もう! 簡単なものは簡単なんだから簡単なのであって……、あ、それだ!
「簡単だから、簡単なんだよね!」
「か、可愛らしい……!」「可愛いいい!!」
またそれか!! この似た者師弟め……
「大満足です! キャロ、よくやりました、褒めてあげましょう。まあ、簡単に纏めてしまいますか、そう、簡単に……、ふふっ。し、失礼っ。……ふう。姫様が、ああ、いえ、一般の方々がそれを簡単に思えてしまうのは、日常的にその魔法、あ、魔法は違いますね、失礼しました。ふう……、今度こそ落ち着きました。日常的にその物に接しているからですね。火は明かりや料理など様々に、風などちょっと外に出てみれば、いつでもどれだけでも感じる事ができますからね。まあ、ありえない話になるのですが、子供の頃から日常的に攻撃魔法を身に受けて生活してきていれば、攻撃魔法も簡単に使えてしまうのかもしれませんよ?」
「攻撃魔法はやっぱり、冒険者になってから師匠に、ですね。私もシア姉様に色々と見せて頂いて……、たまに実際当てられて……、ふう。まあ、そうして使える様になっていくものですね」
「勿論例外もいくらでもありますよ? あくまで一般的にはこうである、というだけでありますから。キャロも例外と言えば例外ですね」
キャロルさんは子供の頃から、自分と同じくらいの大きさの岩を投げて遊んでたんだっけ? 未だに想像すらできないよ……
私なりに簡単に纏めると、日常使う、当たり前に使ってしまっている物は、イメージが完全に頭の中に入ってしまっているんだね。なるほどなるほど……
つまり、私が火を灯す魔法を中々使える様にならなかったのは、料理をさせてもらえないからだったのか!? ふう、それもあるにはあるけど、部屋の明かりはランプの花と魔法、前世では勿論電気だったから、火から遠ざかって生活をしていたからだね。
「ふふふ、ありがとうキャロルさん、それに、シアさんも! 久しぶりに魔法の練習でもしようかな?」
「シラユキ様の場合は、通常の魔法より能力の練習をするといいですね。攻撃魔法は危険ですし、まだまだ早いと思いますよ」
「能力かー……。何か作ってみんっ!」
いきなりシアさんに口を塞がれてしまった。もちろん手で、だ。
「シラユキ様は本当に凄いですよね。いや、凄いなんて言葉じゃ表せないんですけど。この可愛らしさで天才的な魔法の習得速度、そして極めつけには能力が二つ! 一つ持っていれば人生が、世界が変わると言われる能力を二つです……よ? どうしました?」
「いいえ? 特に何も? 姫様の可愛らしい唇の動きを肌で感じてみたかっただけです。癒しの能力の練習は怪我人がいなければできませんからね、難しいです。手荒れを綺麗に治す程度で練習を繰り返すのがいいとは思うのですが……、やはりどうしても不安が残ってしまうんですよね……」
「あー。三日も目覚められなかったんでしたっけ? それは確かに不安と言うか……、怖いですよね……」
あ、ああ! 急にどうしたんだろうと思ってたら……。そういえば、キャロルさんには私の生まれ変わりの事も、能力の事も秘密だったね。
……うん、完全に忘れちゃってた! さ、さすがはシアさんだ……
「癒しの能力を持った心優しく可愛らしい姫君として町では評判ですよ。シラユキ様は次にいつ町に見えるんだ? とよく聞かれますからね」
「できたら姫様をそんな、観衆の好奇の目に晒したくはありませんが、ね。ああ、キャロ、怪しきは消しなさい」
「ええ、既に何人か……」
「んんん!!?」
「勿論冗談です、ふふふ。あ、あのー、シア姉様? そろそろ放して差し上げても……」
「あ、ああ、そうでしたね。姫様の柔らかい唇が動く度に得も言えぬ快感が……、こほん。失礼をしました、姫様」
「ふう……。うん、いいよ、気にして無いから大丈夫……、そっちはね! 何? 私って町で有名なの!?」
「え? シラユキ様? さ、さすがにそれは当たり前で……、え?」
「姫様? 姫様は、姫様なのですよ?」
「うん? 私は私で……、あ……。私ってお姫様だったね……、どうしていつも忘れちゃうんだろう? 不思議ー」
「かかかか可愛い!! シラユキ様可愛らしいいいい!」
「なっ!? この位置からは今の仕草を確認できませんでした! ふ、不覚!!」
「もう! 二人とも大袈裟なんだから!! ふふ、ふふふ」
久しぶりに、本当に久しぶりにちょっとお勉強した感じがするね! これでまた当分は遊んで暮らし……ちゃ駄目だよ私!!
でもでも、こんなに楽しいお勉強なら毎日でも歓迎だね! ふふふ。
「失礼しま、なんて可愛らしい笑顔!! あ、本当に失礼しました」
「うゅ? カイナさん?」
「うゅ!? あ、すみません。ええと、バレンシア? 今週中に、後数日中には着くそうですよ。私はそれだけを伝えに……、バレンシア羨ましい……」
「着く? 何か注文でもしたんですか?」
「ええ、まあ、そんなところです。ありがとうございます、カイナ。ああ、一応私からもエネフェア様に……、ふむ。カイナ、その間姫様の椅子になりませんか?」
「え? なるなるなります!! はああ……、まさかこんな役得が……」
「カイナさんも私なんかより、シラユキ様をもっと可愛がればいいのに。忙しいか……」
「あああ……、幸せ……。生きててよかった……」
「大袈裟すぎるよ!! ……ふふふ」
「姫様が笑顔でしたら何も問題はありませんね。では、少しだけ失礼します」
うーん、こういう説明回は久しぶりですね。