その139
最大のチャンスがやって来た!!
何のチャンスかと言うと、キャロルさんから色々なお話を聞くチャンスだ。
キャロルさんはもう油断も少なく、シアさんの過去を口に出す事は殆どなくなってしまった、が、それ以外の質問なら大抵の事は答えてくれる。
冒険者時代についての事は血生臭い話も多く、子供の私には聞かせてはくれないだろうとは思う。けど、それ以外のこと、例えば他の冒険者のお友達の人はどんな人がいたか、竜人種族や珍しい種の獣人の人のお話などなど、私の興味は尽きない。
これならキャロルさんもお話してくれるんじゃないだろうか? 私に聞かせられないような事だったりしたら無理に聞き出すような真似はしないでおこう。キャロルさんを困らせたくは無い。
話をすぐいやらしい方面へと脱線させるフランさんは、メアさんと一緒におやつを作りに台所へ。そして、こういうお話の最大の障害であるシアさんは、先ほどクレアさんに呼び出され母様の執務室へと行ってしまった。その結果談話室に残されたのは、私とキャロルさんの二人きり。
兄様と姉様が乱入して来る可能性はそれなりにはあるが、そんないつ来るとも知れない物を警戒しても仕方が無い。今はキャロルさんとどんなお話をしようか、それだけを考えよう。
降って沸いた好機だが、急すぎて何を話せばいいのやら。こういう急な事態に弱い私には、このチャンス、活かせないかもしれない……
「あ、あの、シラユキ様? どうされました? あ、ああ……、シア姉様と離れちゃいましたからね、やっぱり寂しいですよね。こんなナリの私に、というのはは難しいかもしれませんが、甘えてくださってもいいんですよ? ええと……、あ! 小さいですけど胸、触ります? 吸って貰っても」
自分の胸を寄せて上げて、どうぞと差し出してくるキャロルさん。勿論服は着たままだ。
「吸わないよ! 赤ん坊扱いはやめてよー……。ちょっと考え事しちゃってただけだから気にしないでいいよ? それに、キャロルさんが一緒にいてくれてるのに寂しいなんて思う訳無いよ」
「は……、あ……、う、嬉しいです! 感激です!! あ、あの! 少し、少しだけ撫でさせて頂いても……?」
キャロルさんは私の言葉に感動し、感極まってしまったようだ。
今の私のセリフのどこに感動する要素が……? っとと、いけない。
「うん、いいよ。そんな事に断りなんて入れなくていいからね」
「ありがとうございます! ……うわぁ、柔らかい……、可愛いぃ……」
「ふふふ、ちょっとくすぐったいよ、ふふふふ。これからも気にしないでどんどん撫でてね? キス、はちょっと恥ずかしいけど、頬っぺたにするくらいならそっちも断りなんていらないからね? ふふ、ふふふ。嬉しいな」
「き、キスですか? で、では、失礼して少しだけ……。んっ」
私の頬に軽くキスをするキャロルさん。ちょっと緊張気味で、こっちまで緊張して恥ずかしくなってしまう。
「や、柔らかっ、スベスベ! あああああ、シラユキ様可愛いいいいいい!!」
「うわ! ちょっ、キャロルさん落ち着いんんっ! 唇はやめて! 恥ずかしいよー!!」
「も、申し訳ありませんでした! シラユキ様の可愛さに我慢ができなく……。あの、唇にしてしまったのはできたらシア姉様には内緒に……」
やっと落ち着いてくれたキャロルさんが、私に謝りつつシアさんへの口止めをお願いしてきた。
ああもう、恥ずかしかった……。なんでメイドさんはみんな私の唇を狙ってくるんだろう? キャロルさんは女の人が好きな人でも、今のは私を可愛がって、という親愛のキスだからそこまで気にはならないんだけど、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。
エルフ生活ももう二十年以上だけど、これだけはどうしても慣れないね。頬へのキスならもう嬉しいだけなんだけどなー。
「謝らなくてもいいよ。うん、シアさんにも黙っておくから安心してね。あー、恥ずかしかった……」
「ううう、すみませんでした……。あの、恥ずかしいだけでした? お嫌では? 私はその、アレですよ」
アレって……。まあ、その、アレな人だよね。
「大丈夫、嫌じゃないよ? 子供とかペットについついキスしちゃった感じでしょ? 変な言い方だけど、いやらしい感じはしなかったし。ほっぺにならホントにいつでもしてきても」
「すみません。ちょっと興奮しました」
「正直!! キャロルさんは今後キスは禁止ね!! 撫でるのはいいけど……」
もしかして今の、危なかったのか!? キャロルさんはシアさんと違って、本当の意味で危ない人なのか!?
「ふふふ、冗談ですよ。シラユキ様の可愛らしさについからかってしまうシア姉様の気持ちが分かりますね。シラユキ様くらいの小さな子供にはさすがに性的興奮は覚えません。ご安心ください」
にこやかに、優しい笑顔で言うキャロルさん。
つ、ついにキャロルさんにもからかわれてしまう日が来てしまった……
いいもんいいもん。それだけ私のことを可愛がってくれてるって証拠だもん。まあ、実際ちょっと嬉しかったりするんだけど、ね? ふふふ。
メイドさんズ三人に加えて、さらにもう一人お姉さん的な存在が増えたんだ、これは純粋に喜ぶべき事だね。
「キャロルさんもやっぱりシアさんにからかわれ続ける毎日だったの? あ、シアさんのことは聞いちゃ駄目だった……。ごめんね?」
「いえいえ! これくらいなら問題は無いと思いますよ。そうですね……、からかわれる事は確かに多かったと思いますが、私たちは冒険者でしたからね。修行と依頼をこなす毎日で、そこまで頻繁に、という事は無かったですね。まあ、私はシア姉様のみならず、行く先々で背の小ささについてからかわれていましたが……」
そう言われてみれば、確かにそうだ。今日は一日お休みの日、とかなら問題は無いんだろうけど、修行や依頼達成の妨げになるような事はいくら人をからかうのが生きがいなシアさんでもしないよね。
なるほどなるほどこれは為になる事を聞いた。私が集中してなにかのお勉強でも始めれば、シアさんもからかう事を多少は控えるんじゃないだろうか?
勉強か……、何の? 歴史? 数学? そういえば私ってお勉強って全くしてないな……。だ、大丈夫なのかな? 数学は知識として残っているからいいとしても、歴史かー……。戦争の歴史とかもあるからそういう関係の本は全く読ませて貰えないんだよね。これは今はどうにもならないか……
しかし、いい話の流れなんじゃないか? これは。冒険者時代のお話に上手く繋げられそうだね。からかわれた甲斐もあったというものだ。
「キャロルさんは冒険者で仲のいいお友達とかいなかったの? エルフの人ならギルドを通して呼んじゃってもいいんだよ?」
「え? 友人、ですか? 知り合いは多いんですが、友人と呼べるような仲の者は少ないですね。シア姉様を探し回る事と、リズを育て上げる事で精一杯でしたから」
や、やっぱりキャロルさんは苦労人だね……。でも、この国に来て沢山お友達ができたんじゃないかな? それは嬉しいな。自分の事じゃないけど凄く嬉しいな。
「シアさんってSランクだったんだし、有名人だったんじゃないのかな? それでも百年以上見つからなかったんだよね……。理由や経緯は全く話してくれないんだけど、キャロルさんは何か聞いてない?」
「いいえ? 私は何も聞いてませんよ。シア姉様がご無事だったのならそれで満足です。気にならないと言えば嘘になってしまうんですけどね。うーん……、これくらいならいいかな? 当時は確かに有名でしたよ。あの美しさと強さに、弟子入りと結婚の申し出は本当に毎日のようにありましたからね。それを蹴散らすのも私の修行の一つだったんです。あ、話しすぎちゃったかな……、シア姉様には内密にお願いします。話を戻しますね。いくら有名と言ったところでも、姿を見なくなってから十年も経つと噂を拾う事すら難しくなってしまうんですよ。本当に他種族の時の流れは早いですよね……」
うん? あ、ああ、そういう事ね。十年も経てば他種族の冒険者は様変わりしちゃうんだね。シアさんを全く見たことすら、噂を聞いたことすら無い人ばかりになっちゃうのか……
たった十年程度でそれだ、二十年三十年、五十年百年と時間が流れてしまえば、私たちエルフでもそれは例外では無さそうだね。
キャロルさんは本当に、本当に大変な苦労をしてきたんだね……。再会した時のあの大泣きも、少し前までの、シアさんがすぐ側にいるという安心のぬるま湯生活に気が抜けて、腑抜けてしまったのも頷ける。
「それでも大陸中を回れば極稀に噂程度は拾えるもので、ああ、後、シア姉様のお知り合いや友人の方にも出会えたりもしましたね。ライナーもそのうちの一人なんですよ」
「ライナーさん懐かしい! また会いたいなー。折角お友達になれたのにすぐお別れしちゃったんだよねー、うん? そ、そういえばライナーさんとシアさんの関係は聞いてなかったよ……」
シアさんは確か、ええと……。ああ! 馴れ馴れしいだけのただの子供? とか言ってたような気がする。あれだけ大きなライナーさんが子供扱い……。キャロルさんより年下だったんだよね確か。結局幾つかまでは聞いてなかったんだけど。
「ライナーは一時期シア姉様と行動を共にしていたらしいですね、私が独り立ちした後の話です。正確には、シア姉様が行動を共にしていたのは『閃光』で、ライナーはその弟子だったんですよ」
「へー、そんな繋がりが……、『閃光』さん? それって確か……、? 誰だっけ?」
「ふふふ、あ、失礼しました。今の首をかしげる仕草! 可愛すぎ!! っと、さらに失礼を……。ええと、リズが言ってませんでした? 現在最強と呼ばれている冒険者ですよ。竜人の女性で……、と、ここまでですね」
そう言うとキャロルさんは数歩だけ後ろに下がる。
う? いきなりどうしたんだろキャロルさん。あ、私が聞くにはまだ早い内容だったのかな? ……まさか、ソフィーさんみたいに私の教育に悪そうな人なのか!?
シアさんのお友達、かは分からないけど、シアさんとライナーさん関係の人だ、生半可な存在ではない筈だね。
話が途切れてしまったのは残念だけど、今日は色々と聞かせてもらえて大満足だ。また次のチャンスまでに、今度はちゃんと質問を纏めておこうかな? ふふふ。
「ただいま戻りました、姫様。キャロに苛められてなどいませんでしたか? ああ、ご安心くださいね、告げ口をしたら……、と脅されていましてもお気になさらず。今この場で」
「苛めませんよ! シラユキ様を苛めるくらいなら死を選びます!!」
「なんでみんなすぐ死のうとするの!? シアさんはもっとキャロルさんを信じて、もっと労わってあげなきゃ駄目だよ? キャロルさんはシアさんのためにすっごく苦労してきてるんだからね! 分かった?」
「え……、あの……。も、申し訳ありません、決してそんなつもりでは……。しかし、キャロを労われと命じられましても……、ええと、抱けと仰られるのですか? それはさすがに……。しかし、姫様直々の命、背くわけには……!!」
「!? シラユキ様! ありがとうございます!! シア姉様……、今夜は沢山、沢山甘えさせてくださいね……。明日はお休みを頂いて、その分たっぷりと」
「違うよ!! もっと、こう……、撫でてあげるとか、好きな物を作ってあげるとか、だよ!」
「ええ!? その程度だったら今でもたまには……。ううう、分かりました、まだ暫くは匂いだけで我慢します……」
「匂い? シアさんの? 我慢ってどういう……」
「さすがに焦りました……、ふう。まだ暫くは、ではなく一生我慢するか、諦めて恋人を作りなさい。カイナにメアにコーラスさんにと、一人身で私より美人の方はいくらでも周りにいるのですよ? そういえばミランさんも恋人募集中でしたね、あの方も可愛らしい方ですね。ああ、ソフィーさんもいいのでは? ソフィーさんでしたらお互い満足できるのではないですか?」
「ま、満足? シアさんシアさん、自分を好きって言ってくれてる人に他の女性を紹介するのはちょっと酷いよ……。キャロルさん大丈夫?」
「え? あ、はい、お心遣いありがとうございます。これもいつもの事ですからね、ご安心ください。そんな私の事なんかより……、シア姉様より美人の人なんて、そんな簡単に見つかる訳無いじゃないですか!」
「えっ? 私程度の方でしたらそれこそ掃いて捨てるほど……」
「シアさんって自分がどれだけ美人か全然分かって無いよね……」
「あれ? シラユキ様がそれを言っちゃいます?」
「えっ? 私くらいの子供ならそれこそそこかしこに……」
「ふふふ。お二人ともそっくりな反応で、まるで仲の良い姉妹のようですね。本当にそっくりな……、!? シラユキ様は将来……、ごくり」
「キャロルさん!? その獲物を見るような目はやめて!!」
「あはは、冗談であいたっ! シア姉様……? ごごごごめんなさい!!!」
私から見たら、この二人こそ本当に仲の良い姉妹に見えるんだけどね。たまにちょっと羨ましく感じてしまうのは贅沢なんだろう。
そういえば、急に話をやめたのはシアさんの気配に気付いたからなんだね。キャロルさんもどんどんメイドスキルを上げていってるなー……。ん?
メイドさんに気配察知能力は必須なんだろうか……? ま、まあいいか……
それこそそこかしこに……
舌を噛みそうなセリフですね。シラユキのセリフとしてはちょっと違和感があるかもしれません。
しかし、他にいい表現が見つからず……