その136
「はあ……。あれが本気のバレンシアか、まさか私とキャロルの二人掛かりで掠りもしないとはな。一線を退いたとは言え流石は元Sランク、少しは通じるくらいの実力が自分にはあるんじゃないかと思っていただけにショックが大きいな……」
「本気? 何言ってんのクレア。シア姉様にとっちゃあんなの遊びの内だって……。私たちがギリギリ回避できる、全力で避ければ掠る程度で済む速さで投げて来てたっしょ? しかも多分、アレだよ、私たちが本気で殺すつもりで行ってるのに、シア姉様はきっと、今日のおやつは何にしようかしら? とか考えてたよ……」
「やめてくれ、本気で落ち込むぞそれは……。あー、しかし、そこは眺めがよさそうだな。下着が丸見えだが、こんな所誰も通らんだろう、気にするな」
「ちょっ! 言われて初めて気付いたわ!! 見るな! あ、シラユキ様いつの間に!? 見ないでくださーい!!!」
「クレアさんはさっきから何して、? 上? 何されてるのキャロルさん……。黒!?」
無表情だけど、多分内心ニヤニヤしながら上のほうを指差すクレアさんに従い目線を上げると……、まさかの黒!! はっ!? 動揺してしまった……。キャロルさんは大人なんだし、黒い下着もありえるよね、うんうん。
物干し竿を袖を通され、キャロルさんが干されていた。文字通り洗濯物のように干されていた。
なにこれ超楽しそう。
「キャロルさんは……、大人だね!」
「どんな感想ですか!! あ、すみません、こんな姿で失礼します……」
しかし見事なまでに洗濯物になってるねキャロルさんは……。どうしてこんな事に、っていうのは想像はつくけどね。どうせシアさんの仕業に決まっている。私がここに来たのもシアさんに連れられて、だったしね。
そのシアさん本人はおやつを作りに行ってしまったんだけど、素敵な笑顔で私を一人こんな所に置き去りにして行ったのはそういう訳だったのか。
ここは、いつもの談話室の一つ上の階、五階にあるバルコニー。主に洗濯物を干す場所として使われている。
引き篭もって読書ばかりの私を見かねたシアさんに、今日は温かいからそこで日向ぼっこでもして来い、とズルズル引き摺られてやって来たのだ。正確には抱き上げられて来たのだが、それは、まあ、どうでもいい。
私としては読書を続けたくて嫌々だったのだけど、こんな面白い物を見せてもらって逆に感謝の気持ちで一杯になってしまった。
日差しも暖かく、気持ちがいい。さらには話し相手も二人、内一人は私の目も楽しませてくれるという、まさに至れり尽くせりだね。
私専用サイズの小さな丸テーブルと椅子を出し、それを見たクレアさんに椅子を引かれ、一言お礼を言いながら座り、落ち着く。
クレアさんはそのまま私のすぐ横で待機してくれている、私のお世話ができるぞと少し嬉しそうだね。そう思ってくれるのは私としても嬉しい。
「姫様はどうしてこんな所へ? それにお一人で……。館の中でも必ず誰かを連れて移動してください、心配です。バレンシアは何をしているんだ……」
なんという過保護な……、お家の中くらい一人で歩かせてくれたっていいじゃない。うん? ああ、私が一人だと何を仕出かすか分からないから心配なんだね、なるほど納得。……くそう……
「シアさんにここで日向ぼっこでもしたらーって言われて連れて来られちゃったの。そのシアさんはおやつを作りに行ってるよ、今日はここで食べるのかもね。ここって温かくって気持ちいいねー。それに、面白い物も見れたしちょっと嬉しいな」
ふふふ、とニヤつきながら、ちょっと失礼だけどキャロルさんを指差す。
「笑わないでください、はぁ……。いい眺めですよー、シラユキ様も一緒にどうですかー。ふぅ……」
「あはは、私は遠慮しておくね、キャロルさん一人で楽しんでていいよ? ふふふ。うん? そういえば、キャロルさんはどうしてそんな目に会ってるの?」
シアさんの仕業というのは間違いない。でも、一体どんな理由で? まさか私の目を楽しませるためか!?
「ああ、キャロルは川に落ちたのです、正確にはバレンシアに落とされたのですが。今日は干してある洗濯物も少ないですから、着替えるよりここで干してしまえと……。恐らくは姫様をここへお連れする事も考えての行動でしょう。それならあの強引さにも納得がいきます」
本当に私を楽しませるための行動だった!! シアさん何しちゃってくれてるの!? ありがとう!! ひどいな私は……
「多分川に落としたところから全部シアさんの企みで合ってるよ……。ごめんねキャロルさん、私が引き篭もって本ばかり読んでたからこんな面白そうな……、こほん。こんなひどい目に……」
「わ! 謝らないでください! シラユキ様に楽しんで頂けたのなら、川に落ちたのもここに干されたのも、クレアとシラユキ様に現在進行形で下着を見られているのも本望というものです」
はっきりと、干されたままではちょっと格好がつかないが、はっきりとそう答えるキャロルさん。
最後の一言は変な意味に思えちゃうからやめようね……。ろ、露出が趣味とか思われちゃうよ!! でもついつい目線が行っちゃうね。じろじろ。
最近のキャロルさんは、出会った頃の様なピシッとした? キリッとした? とにかく可愛くてカッコいい冒険者の顔つきに戻ってきたような気がする。
そのせいで、折角丸くなってきた話し方までまた少し荒めに戻ってしまったのだけれど……、私には基本敬語なのは変わっていないからいいと言えばいいのかもしれない。
しかし! 油断する事がほぼ無くなってしまったのが非常に、ひっじょーに残念で堪らないね!
あれからシアさんについての情報をこぼす事まで全く無くなってしまったのだ。こっちは無くならないままでもよかったのに……
「今日の訓練にはクレアさんも参加したんだね。聞いてもいい事なのか分からないけど、どうだった?」
訓練とは、毎朝私が起きるまでにやっているらしい、キャロルさんの鍛え直しの訓練。シアさんが私と一緒に寝る当番の日はお休みになるが、朝からそんなヘトヘトになるまで動いちゃっていいんだろうかと疑問に思ってしまう。
まあ、シアさんにとっては朝のラジオ体操程度の運動なんだろうけどね、キャロルさんはその後さらにメイドさんのお勉強まであるのに、本当に大変そうだ。それでも、もうその生活サイクルにすっかり慣れてしまっているみたいで、そこまで心配することでは無いと思うんだけど、ね。体を壊してしまっては元も子もない。現に今、ご覧の有様になっちゃってるし……
「どう、ですか? そうですね……、結果は分かりきった事だったのですが、上には上がいる、という事を改めて思い知らされました。しかし、最強と呼ばれる程の強さを目の当たりにし、実際に自身の身にその技を受けて経験できたのはいい収穫でした。これでまた目標を高く持ち、鍛錬を続けていく事ができそうです」
そう、満足そうに話すクレアさん。やる気に溢れている感じだね。
私が聞きたかったのは訓練内容だったんだけど、聞き方が悪かったね。でもクレアさんが嬉しそうだからいいや。相変わらずの無表情だけど、なんとなく分かるようになってきたよ。
「シア姉様は実際のところエルフの中では最強だよ。ハイエルフの方々を含めたら……、どうだろう? 本気のシア姉様をどうにかできるのはウルギス様くらいなんじゃないの?」
「シアさんってそんなに強いんだ? 父様は世界最強って呼ばれてるのは知ってるけど……。うーん、どっちも強いっていうのは何となく分かるんだけどね、強さの基準って言うのかな、そういうのは私にはよく分からないや」
とにかく二人ともすっごく強いっていう事しか分からないね。……あ。
「でもでも、お爺様とお婆様の二人とも父様より強いんじゃなかった? それなのに父様は世界最強なの?」
お爺様とお婆様の二人が本気になったら世界が滅ぶ、とかそんな言われ方してたしね、考えてみるとかなり怖いな……。私が生まれてからだから、二十年以上帰って来てないのか。会ってお話してみたいし、たまには帰って来てくれないかなー。
「シラユキ様のお爺様とお婆様、ですか? 私はその方々がいる、という事くらいしか知りませんね。帰って来られたらご挨拶をしなければ、とは思っているんですけど……、ウルギス様より強い……? え?」
「あの方たちはあまり表立っては行動されないのです。大陸中の冒険者ギルドを転々として巡り、誰も受けぬような高難易度の依頼を人知れず潰して回られているとか。私もそれくらいしか知りません。お二人とも気さくな方なのですが、やはり直接口をきくのは恐れ多く……、失礼しました。世間一般的には、お二人は全く知られていないのです」
「なるほどねー、あんまり目立つような行動はしてないんだね。きゃ、キャロルさんは気にしないでね?」
「は、はい! やっぱりリーフエンドは怖い国だった……!!」
失礼な!!! でもプラプラとしながらで可愛いから許してあげよう。ふふふ。
「如何でしたか、姫様? たまには外に出て日に当たる事も必要なのですよ? しかし、日焼けには気をつけてくださいね」
「うん、ありがとねシアさん。シアさんがくれた日傘もちゃんと仕舞ってあるから大丈夫だよ。ふふふ」
「私の日焼けも気にしてください!! 上からはジリジリ下からはジロジロもう大変で、って言うかそろそろ降ろしてくださいよー!!」
「洗い物が何か騒いでいるようですが……、気にしないでおきましょう。さ、姫様、そろそろ中へ入りましょうか」
「気にしてあげてよ……。クレアさん、キャロルさんの事、お願いね」
「はい、お任せください、もう暫く眺めてから降ろすとしましょう。カイナも連れて来るか……」
「シラユキ様! クレアじゃなくてシア姉様に言、ああ! 待ってください!! せ、せめて一度トイレにー!!!」
今回はちょっと短めに。
こういうあんまり内容の無い日常会話を書くのがとても楽しいです。
読んでる方にとってはつまらないとは思いますが、やめられない! やめにくい!!