その134
さあ、始まりました。私の側に立つための心構えの勉強会のお時間です。なにそれ。
久しぶりにシアさんがシアさん先生モードになっている。指示棒と可愛らしい丸眼鏡を着け、さらに壁には倉庫の奥で埃を被っていた黒板をセッティング。この黒板も懐かしいな……
シアさん先生を中心として、左右にメアさんとフランさんが並んで立つ。今日は二人はアシスタントではなく先生として参加するみたいだね。これは面白くなってきた。眠気も完全に飛んじゃったよ。ふふふ。
私は椅子に座り、その横にはキャロルさんが立っている。生徒役はキャロルさんで、私はおまけのようなものだね。キャロルさんはこれから何が始まるか、どんなことを教えられるのかと少し緊張気味だ。
私の予想では限りなくどうでもいい事に近い内容だと思う。気を抜いて楽にして聞こうよ、とキャロルさんに進め、勉強会が始まるのを待つ。
「シア姉様その眼鏡まだ持ってたんですね、懐かしいなー。やっぱり似合うなあ……。綺麗だなあ……」
キャロルさんは昔を思い出して懐かしみ、シアさんの眼鏡姿に見惚れている。
私はどちらかと言うと可愛らしい印象を受けるんだけどな。キリッとした表情にあの丸い眼鏡というギャップがいいよね。
「キャロルさんもこういうお勉強会は何度も経験してるんだ? シアさんは昔から説明大好きな人だったんだね」
「また気軽に人の話を……。中止にしましょうか」
「ちょ、折角準備したのに……。埃払うの大変だったんだよ、これ。まあ、今回も前みたいに私の名前を書いたくらいで結局使わないとかになりそうだけどね」
そういえば前回使った時は、フランさんの名前を小さく、隅っこの方に書いた以外何も使われてなかったね。あれは何年前だったか……
「はいはい。冗談ばっか言ってないで始めるよー。姫の側に立つための心構え! なんて言っても特に何か決まり事がある訳じゃないよ。ただ、こうしよう、そうしてあげようって私たちが勝手に考えてるだけ。三人ともなのと、一人一人別で考えてる事があるね。えっと、ちょーっと分かり難いかな? むう、説明って難しいね……。シアは毎回毎回よくやってるよこれ」
私たちの、? な表情を見て少し落ち込むメアさん。
言いたい事は何となく分かるんだけどね。ただ三人がそう思ってるだけのことで、絶対にこうしろ、ああしろ、って言うのとはまた違う、ああ! だから心構えなのか。
「決まり事もあると言えばありますよ? こちらも私たち三人が勝手に決めた事なのですが……。ええと、姫様の前では少し言い出し難いですね。一番重要な決まりなのですが、今は除外します。後で私から教えておきましょう」
「ああ、それなら私が教えちゃってるからいいよ、口止めもしてあるから安心して。改めて言うまでも無い事だとは思ったんだけど、ちょっと思うところがあって、ね。でも、一応レンからもまた後で言っておいてあげて。多分レンから言われた方が心に残ると思うし」
「へ? あ、ああ、この前のアレ? 確かに言われるまでも無いって私も思ったけど、フランから聞いた話じゃそうでも無いらしいじゃん。実際に見たのはフランだけなんだっけ?」
何? 何の話? 私の事についての話のはずなのにこの疎外感……、悲しいわ……
ヒントは、実際に見たのはフランさんだけ、という言葉。うーむ、さっぱりだ。
「キャロの口の軽さを考えてから話してくださいね、まったく。これについては今後一切話題にも出さないようにしましょう。キャロ、不注意で口に出さないよう気をつけなさい。もし、はありえませんよ? 絶対です」
「は、はい!!」
ああ! 分かる前に終わってしまった……。せめてもうちょっとヒントが欲しかったなー。
いいもんいいもん。どうせ今日のメインはキャロルさんだもん。私はただのおまけだもーん。いじいじ。
「何かシラユキがいじけてるけど放っておいて話を進めよっか? それじゃまずは私からね。私が気をつけてることは食事関係かな? この子って苦手な物があっても黙って無理して食べちゃうのよね。作ってる側としては中々辛いものなのよこれがまた……。無理して食べて、おいしいよ、って笑顔で言ってくれちゃうからね。あの心の痛さは耐えられるものじゃないって……。だから初めて出す料理の時は顔色を、表情を見極めるようにしてるの。そんな事を繰り返してきたおかげで、よーく観察するとちょっとした違和感に気付ける様になれたんだけど……。レンみたいに瞬間的に、心を読んでるみたいな域には到達できそうにないのが気掛かりなのよねー」
何それ初耳なんですけど。って言うか無理して食べてたのバレバレだったのか!! 言われてみれば私の苦手な料理って大体一回出たらもう次は出てこないような……? くうっ、やるな! フランさん! ……ごめんなさい!!
内心で謝る私の表情に気付いたのか、フランさんにニヤニヤされてしまった。
「あー、シラユキ様ってそんな感じするよね。お姫様なんだしもっと我侭でもいいと思うんだけどなあ……」
「あ、ちょっと前の話なんだけどさ、我侭ってどう言ったらいいの? とか真面目な顔で相談された事あるよ。あれは呆れたね」
「あはは。ホントにシラユキ様らしいね」
懐かしい! 人の黒歴史を披露しないでください!!
「それじゃ、次は私だね。私は、ね、とにかく全力で可愛がるようにしてるかな。撫でたい時は撫でるし、抱き締めたい時は即座に抱き締めに行くし、キスだってちょっと嫌がられても唇にもするようにしてるし」
「き、キスは不味くない? 唇!? お姫様の唇をそんな簡単に奪っていいの!? シア姉様、いいんですか? ウルギス様たちに知れたら……」
「私もフランも姫様とのキスは毎日のようにしていますが、何か?」
「シア姉様も!? シラユキ様羨ましいいいい!! 私にもたまにはしてくださいよー」
「寝る前に頬にはしてあげているでしょう? まったく、子供ですか」
「そんな子供を寝かしつけるようなのじゃなくて……、その……」
「子供じゃなくて、大人のキス? ああ、舌入れたり?」
「そう! それ!」
「どれですか……。ああ、メア、この二人は放っておいて続きをどうぞ。姫様が茹で上がってしまいます」
「あはは。前にも言ったけど親愛の証のキスだから気にしないでね、姫。嫌がってると言うか、恥ずかしがってるだけで内心嬉しそうにしてるのは分かってるからやめられないんだよねー。私たちのせいで女の子が好きになっちゃったらごめんね? その時はシアが責任を取ってお嫁さんにしてくれるから安心していいよ。後は、うん、お姉さんっぽくする事を心掛けてるかな。前にさ、姫が私の事を姉様みたいだって言ってくれたのが凄く嬉しくて、それから、ね。ふふふ」
「お姉さんっぽくか……、私にはどう考えても無理そうだ……」
し、し、舌を入れるだなんて! いやらしい!!
メイドさんズとのキスは本当に嫌ではないね、恥ずかしいだけ。メアさんの言うとおり親愛の証っていうのは分かってるし、妹みたいに可愛がってくれるのは本当に嬉しいし……
でもメアさんはたまに、長めにしてくるときがあるんだよね。あれは恥ずかしすぎるよ、息できないし。
まあ、私が本当に道を外れて女の人のことが好きになってしまったら、シアさんだけではなくメアさんにも責任を取ってもらおうか。ふふふ。
絶対にありえないって言い切れることだけに、余裕を持って言う事ができるね。
そんな事を赤くなりながらも考えていたら、メアさんにニヤニヤされてしまった。
……あれ? 何か違和感が……
「では、私ですか。私は簡単ですよ? 何をするにもまず、姫様は、と考えるんです」
何をするにもまず私?
「シラユキ様は、ですか? どういう意味です?」
「説明しないと分かりませんか。ふむ……、そうですね、簡単な例を挙げてみましょうか。朝目覚めたらまず姫様が今どうされているのかを考えます、私の当番の日でもなければまだお休みになっておられるでしょうが、念の為すぐに確認に向かっていますね。しっかりとお休みなのを確認し安心したところで部屋へ戻り、着替え始めます。その時も、私のこの姿をご覧になって姫様はどう思われるのか、と考えながら身だしなみを整えていきます。その後の朝食の食材選びもそうですね、姫様は今日何をお食べになられるか、なりたいと思われるか、それを予想し、自分が食べていいものかどうかを考え……、? どうしました?」
「シア……、姫ドン引きだよ……。ま、まあ、私たちもそれに近い考えで動いてるんだけどさ、え? それで簡単な例なの?」
「さ、さすがはレン。ちょっと極端な例が気になるね」
「起きてすぐ外へ行くのは、トイレじゃなくてシラユキ様の確認に向かってたんですね。私もそこまでシア姉様に想われたい!!」
し、シアさんはもうちょっと自分の事を考えてほしいな。使っていい食材が選べなかったら朝食抜きとか? シアさんならありえてしまう……、っと。
「あ、引いてないよ? ただ大袈裟に言ってるだけなんだよね? シアさんはもっと自分の事も大切にしてね!」
さすがにこれはちゃんと口に出して言わなきゃね。
「私にとっては当たり前のことですから、特に大袈裟な言い方をした訳では……。ですが、ありがとうございます、姫様。では、フランのリクエストの極端な例を……、ふむ、本当に聞きたいですか……?」
「き、聞きたくない! 何となくだけど嫌な予感がひしひしするよ!!」
「姫様もこう仰っている事ですし、残念ですがここまでにしておきましょうか。からかい足り、……話し足りませんね」
話し足りないんだ……。シアさんは本当に説明とお話が大好きな……、? からかい足りない!?
「ああ、気付かれてしまいましたね。まあ、わざとなんですが。私たちの話に表情をくるくると変える姫様の可愛らしさ、堪能させて頂きました」
「やはりからかわれていただけだった!! 三人ともどこまで本気なのー?」
「うん? 私とメアは普通に話してたよ? ちょっとはシラユキの反応を楽しもうって考えはあったけど、ね。ふふふ」
「うんうん。姫はちゃんと苦手な食べ物は苦手だって言って、私にはもっともっと甘えてくれると嬉しいな、っていう話だよ」
「二人ともメイドって言うより本当に家族なんだね。私もそうなれる日が来るといいなあ……」
「う? キャロルさんはもう家族だよ? そろそろ敬語もやめてほしいなー」
「可愛い! は、失礼しました! 敬語抜きはホントに難しいんですよ……。シア姉様もそうですし、私も今はまだこのままでお許しくださいね」
「うん! あ、結局また黒板が無駄になっちゃったね」
「いいえ? これは今から使うんです。おや、姫様、お忘れですか?」
「にゅ? 何を?」
「にゅ!? もしかして姫って、まだ寝惚けてる? やけに口数少なかったし……。さっき私が言ってたよね、お姫様としての勉強もするって」
「え? ……あ、忘れてた! ど、どんなお勉強……?」
「あはは。いいよいいよ、今日はやめておこ? そんな事より可愛がりたくなってきちゃったから、ちょっと私の膝の上に乗せるよ」
「なんだかよく分からないけど助かった! メアさん大好きー!!」
「ああ! メアずるい!! 私もとりあえずキスしよう」
「シア姉様は行かないんですか? 真っ先に行くんじゃないかと思ってたんですが」
「私は後で。フランとメアが昼食の用意へ行きますからね、その時にたっぷりと……」
「たっぷりと、何!? 私何されるの!?」
たっぷりと膝の上で頬をグニられました。
そしてそのあまりの気持ちよさ、心地よさにそのままおやすみなさいと寝てしまった。
目が覚めたのは夕方過ぎ。それでも夜にはまた眠くなっちゃう私は子供だなー。