その131
「悩み、ですか? それはやはり、子供扱いされる事、ではないでしょうか? キャロル先生本人は、慣れたから大丈夫、といつも仰っていますけど……、宿で私と二人きりになると、今日は誰々に子供扱いされた、と悔しそうにされて、いましたからね。ふふふ。後は、背の低さと、胸の小ささも、大きな悩みになっていると、思われますよ。私は可愛らしくて、大変いい事だと、思うのですけれど……」
リズィーさんはその時のことを思い出したのか、キャロルさんの悩みについての考えを笑顔で話してくれる。
おお、大人の余裕で受け流していると思ってたけど、やっぱりキャロルさんも影では悩んでいたのかー。
「ああ、うん……。それは私も近い将来……、わ、私は伸びるよ! 胸だって大きくなるよ!! ふう……。ま、まあ、キャロルさんもやっぱり、今でも気にしてるんだよね。うーん……、でも、それも悩みの一つだとは思うんだけど、今回はそれとは違う気がするなー」
「そう、ですか? シラユキ様やバレンシアさんに、愚痴をこぼす事ができなく、鬱憤が溜まってしまっているのでは、と私は思います」
「だって、キャロルは可愛いんだからしょうがないわよ。あれで二百歳以上年上とか……。ついつい子供扱いしちゃってる私もいけないのかしらね。もしかして内心では本当に嫌がってたのかも……」
え? 姉様ちょっと不安になる事言わないでよ……。キャロルさんに、大切な家族に悪く思われてたりしてたらショックどころじゃないよ。
「それは無いだろ。はっきりと、こうだから違うぞ、ってのは言えないんだけどな、少なくとも嫌がってはないさ。そこは安心していいと思うぞ、二人とも」
「うん、ありがとうルー兄様。でもちょっとは複雑な思いはしてそうだよね? 言ってくれればみんなに子供扱いしちゃ駄目だよって私からお願いするのに」
「姫様の前ではお姉さんぶりたいのですよ、キャロは。私と二人きりになると猫のように甘えて来て鬱陶しいくらいですよ? まあ、それは今は置いておきましょう。残念ながら不正解ですね」
ああ、そう言われてみれば、ストレスとかでは無いね、うん。
キャロルさんの部屋はシアさんと一緒だし、ベッドも一つで仲良く寝ている筈だ。シアさんが私と寝る当番の時は一人にはなるけど、三日に一回だけだしね。当番の日以外は私が寝た後に全力で甘えてるんじゃないかなと思う。ふ、普通にお姉さんに甘えるって言う意味でね!
「しかし、リズィーさんでしたら正解に辿り着けると私は思いますが、ね」
シアさんはにっこりと笑顔で、そう一言付け足す。
「むう、シアさん思わせぶりすぎ!! ねえ、そう思うよね、キャロルさん?」
「え? ええー……? あ、あのー、シラユキ様? できたらこういった話は私のいない所でお願いしたいのですが……」
ふんだ! 一向に答えを出す気配が無いキャロルさんが悪いんだよーだ!
私と姉様、他にこの事を知っている家族みんなで、キャロルさんが悩んでいる問題の答えが出る事を今か今かと毎日楽しみにしていたのだが……。あれから数週間、キャロルさんは答えを出せないままでいる。みんなガッカリだよ。
裏を返せばそれだけ大きな悩み事、という事にもなるのかも? と思ったけど、どうやらそうでも無いらしい。普段のキャロルさんは結構楽しそうに笑っているからね。たまに思い出して考え込んじゃったりするくらいだ。
他人の悩みについてああだこうだとあんまり口出しする訳にはいかない。それに、悩みに答えが出ないことについて私たちが不満を持つのも筋違いだ。それは分かっている。
でもね……
「おっと、悪い悪い、つい話が逸れちまったな。シラユキも人が悩んでる事をあんまり他言するもんじゃないぞ? んで、リズィー、いつ出るんだ?」
「ええ、明後日に。ルーディン様、シラユキ様を叱らないで、あげてください。キャロル先生を想っての、ことですから」
「ん、分かった、これ以上は言わないさ。ほれほれ、シュンとするなシラユキ。しっかし、明後日か……、急だな」
「見送りは? あ、やめた方がいいわね。ふふ」
「はい、すみません。依頼者の方も、驚かれてしまいますから。ありがとうございます、ユーネ様」
リズさんが旅に出てしまう。また会えるとは思うけど暫くのお別れだ。できたらそれまでに悩みを解消して、さっぱりとした気分で見送ってあげてほしかったな。シュンとしてたのはそれが寂しかった訳で、決して兄様に怒られたからではない、筈だ、多分。
随分とリーフサイドに長居をしてしまったリズさんだが、予定通りなら明後日この町を去る事になったみたい。本当に急だね。
ここまで長くこの町にいたのは、やっぱりキャロルさんと別れるのが辛く、どうしても踏ん切りがつかなかったから。自分で決められないのなら、次に他の町への護衛の依頼が貼り出されたらそれを受けて町を出よう、とキャロルさんと決めていたのだ。
そしてついに昨日、私達に護衛の依頼を受けた、町を出ることが決まったという連絡がギルドを通して入って来た。来てしまった。
兄様も姉様もあの長旅でリズさんとはかなり仲が良くなったからね、二人とも寂しそう。もちろん私だってそうだ。
でも、以前のお別れの時ほどじゃないね。また今回のように会える日が来る、それは絶対だ。家に帰ってから母様に全力で甘えるつもりではあるけど、泣いたりしない様に耐えてみせるよ。
「リズィーもエルフなら森で暮らせるように父さんに頼むんだけどな、ま、こればっかりはどうしようもないか」
「ルー兄様はどうせリズさんの胸狙いでしょ? さっきからずっと目線が固定されてるし……」
まさに目が釘付けだね。まったく、この兄様は……
「ええい、言うなっ。うーむ……、一揉みくらいしたかったな。っと、しまったつい口が」
「お兄様? ……もう! 帰ったら私の胸を揉んで! それでお互い寂しさを薄めましょう?」
「ああ、そうだな……。今夜は寝れると思うなよ、ユーネ……」
「ふふ、望むところだわ。今夜が、いいえ、帰ってからが今から楽しみね、お兄様……」
二人してとんでもない事を口走り、いつもの様に二人の世界へと入って行ってしまった。
私がちょっと成長してきたからって今のセリフはちょっと……、本気で恥ずかしいんですけど……
この二人の愛は年々深まって行くばかりだね、そのことについては嬉しく思うよ。でも人前では自重して!!
「み、見てて恥ずかしいんだけど……。私もシア姉様とあんな風にイチャイチャしたいなあ」
「私も姫様と……、こほん。まったく、あなたは早く恋人でも作りなさい。まあ、冒険者の身では難しいかと思いますが……」
私とシアさんは傍から見るといちゃついているように見えなくも無いと思うけど……、言わないでおこう。シアさんだけじゃなくてメイドさんズみんなか? あれ? 気をつけた方がいいのか? いや、メイドさんズに甘えるのはやめられない! やめにくい!!
「キャロル先生に恋人、ですか? バレンシアさん以外、考えられませんよね。キャロル先生は、確かに可愛らしい、素敵な方なのですけど、生憎と私は、そちらの趣味は無いもので……」
「まあ、この子は見た目は子供ですから、男性でも女性でも、中々その気になってくれる方はいないでしょうね。キャロ、あなたも暫くしたらまた旅に出るのですから、その旅で恋人の一人や二人」
「シア姉様!!! あ……、す、すみません!! また大声を……」
シアさんの言葉を大声で止めるキャロルさん。また大声を上げてしまった事で申し訳なさそうだ。
ビックリした……。何か今のキャロルさんの止め方、違和感があったね。かなり必死だったような……? そう、必死だった。
シアさんに恋人を作れって言われるのはよくある事だし、それをあんなに必死になって止める理由は無いよね。そうなると今の言葉には何か別の意味があるんじゃ……?
「なるほどな、キャロルの悩みはそれか。バレンシア、わざとか? まあ、いい、今解決しちまうか」
「る、ルーディン様!?」
「なーるほどねえ。ふふ、やっぱり見た目通りの可愛さじゃない。ええ、解決しちゃいましょう。ねえキャロル、貴女も行くの? それが言い出せなかったんでしょう? それに、シアと離れたくないんでしょ」
「え? ユーネ様? あ、あの……」
私が引っ掛かりを覚えたように、兄様と姉様も違和感を感じ、その答えが分かってしまったみたい、だ?
……え?
「キャロルさんも、行っちゃうの……?」
「そうなんですか? キャロル先生。次はどこの町へ? できたらまだ一緒に、旅がしたいです……」
あ……、そっか、そうだよね。キャロルさんはSランクを目指してるんだったよ。冒険者の人だったよ……
最近毎日可愛いメイド服でお仕事してるのが当たり前になってたから忘れちゃってたよ。そっかあ、キャロルさんも行っちゃうんだー……
「シラユキ様!? い、行きません! まだ、ですけど、行きませんから!」
「ふぇ? あ、泣いて無いよ、大丈夫。泣きそうだけど……、うん? まだ行かないの? あれ? ルー兄様? ユー姉様?」
「何? しまった、外したか……。は、恥ずかしいなオイ」
「か、勘違いでシラユキ泣かせちゃうところだったわ。ごめんねシラユキ、キャロルも。でも、それじゃないとしたら何なの? さっきの焦り様、何かあるんでしょう?」
な、なんだ、兄様たちの勘違いか……
でも、まだ、なんだから、今度はちゃんと覚悟しておかないとね。まあ、泣いちゃうんだろうけどさ。
さて、どういう事なんだろう? 私にはさっぱり分からない。違和感に気づけただけでも褒めてほしいくらいだね。
「え、ええと、その……」
「お二人とも当たらずとも遠からず、と言ったところでしょうか。キャロ、いい機会です、お話して差し上げなさい。それが独り立ちをする弟子の前でする顔ですか、まったく……。素直に話して、馬鹿だと笑い飛ばされて……、それでリズィーさんを笑顔で見送ってあげなさい」
「キャロル先生……」
な、なんというシリアスな空気。私は黙っておいた方がよさそうだね。
多分独り立ちするリズさんについての事なのかな? それは私たちに分かる訳も無いよね。
やっぱり可愛い弟子と別れたくない? それとも、好きになっちゃって恋人にしたい、とか? それは無いか。キャロルさんはシアさん以外目に入ってないし。
兄様も姉様も空気を呼んで黙って見守っているし、私も大人しくキャロルさんの言葉を待とう。
「う……、あ、あの……。うう、シア姉様、代わりにお願いします……」
「情け無い! こればかりはあなたが直接言わなければ意味が無いでしょうに。はあ……」
「あらら。そんなに言い辛いことなのね。うーん、お兄様、言ってあげて?」
「お、俺か? 憎まれ役はバレンシアの役だろ? ま、そのバレンシアの言葉でも言い出せないみたいだし、しょうがないか……。キャロル、言え、命令だ」
「ルーディン様……。は、はい……、分かりました」
「ルー兄様!? ひどいよ!!」
「くそう、バレンシアとユーネはよくても俺は駄目なのか……」
「る、ルーディン様、落ち込まないでください。キャロル先生? 私の旅立ちの前に、悩みを晴らし、いつもの可愛らしい笑顔で、見送ってください。お願いします」
「うん、分かったよリズ、ありがとね。それでは……、すみません、先に謝っておきます。空気を悪くしてしまうかもしれません」
キャロルさんは深呼吸を一つ、二つ。落ち着いてゆっくりと、私の方へ向き直る。
……私!!?
続きます!
また0時ギリギリの投稿でした。明日はもう無理かもですねこれは……