その116
コーラスさんはまだお仕事が残っているらしく一緒に帰ることはできなかったが、夕飯時にはお邪魔するわー、と言っていた。楽しみだね。
夕ご飯も食べに来るんだ。フランさんの料理の腕は知っていて当たり前だし、食べたくなったかな? 毎日食べに来てくれてもいいのにね。
森のみんなは全員家族、コーラスさんは特に仲が良い。フランさんのお姉さんなんだし、もっともっと遊びに来て欲しいな。
ふふふ。今日はコーラスさんと一緒にお風呂、一緒に寝れる。どっちも初めての経験なので最高に楽しみで、嬉しい。
湯船に浮かぶあの二つの巨大な塊はいったいどれ程の見ものに……、? 二つの塊? 何か聞き覚えが……? まあいいや。
しかし、寝てるときに変な事をされないといいんだけど……。うう……、まだ恥ずかしいよ、私って本当に子供だなー。でも赤ん坊扱いはやめてほしい!!
「ふふ、姫嬉しそう。そんなにコーラスさんの胸に触るのが楽しみ?」
「違うよ!? でも楽しみじゃないと言えば嘘になるかも。ふふふ」
あの胸は同性だって触りたくなるよ! ……? メアさんフランさんには分からないか……。もげろ!
フランさんは既に台所へ行ってしまっている。多分お姉さんが来るから張り切ってるんだと思う。本当に仲の良い姉妹でいいね。
「コーラスさんほどのサイズともなると、もげろとは言い辛いですね。もう国宝級と言ってもいいでしょう。ああ、メアはもげるといいですよ」
「何で!? 怖いなあ、もう。シアだって小さくないじゃん。普通か普通よりちょっと大きめなんじゃない?」
「シアさんは細いから大きく見えるよねー……。はっ!? 大きいよ? シアさん大きいよ!!」
「き、傷つきました……、しくしく」
またしくしく口で言ってるよ……
「シアさんはホントに大きいと思うよ? それで美人だし、強いし、何でもできちゃうし……。なんでメイドさんなんだろう……? じゃなくて! そんな凄い素敵なメイドさんが私に付いてくれてるなんて、本当に凄く嬉しいんだよ?」
元Sランクの冒険者で、現在私、王族お付きのメイドさん。どういう経緯でそうなったのか気になるけど、今は聞かないでおこう。きっと私が成人したら楽しそうに長い説明を加えつつ話してくれる筈だ。
「姫様……。あ、ありがとうございます……」
私の言葉に感動したのか、深々と頭を下げてお礼を言うシアさん。
「わ! そんな大袈裟な感謝しないで! もう、まったくシアさんは、何でも大袈裟にしちゃうんだから」
「ふふ、すみません。姫様の今のお言葉が本当に嬉しくて、感極まってしまいました。一生心に刻むことにします」
本当に大袈裟すぎるよ!!
「あー、シアずるーい。ねえねえ姫、私には?」
シアさんをベタ褒めしすぎてしまったようだ。メアさんが私にもとせがんで来る。
「ふふふ、メアさんも大好きだよー。いつも一緒に遊んでくれるし、姉様みたいだよね」
「え? あ……、こ、これは照れちゃうね。お姉ちゃんみたいに思ってくれてるんだ……。シアじゃないけど、ちょっと感動しちゃった」
感動されてしまった! こっちも照れちゃうよ……
「私って、本当に我侭だね。こんな素敵な家族がいつも一緒にいるのに、いてくれてるのに、寂しいなんて言っちゃって」
「姫様、それは違いますよ。ええ、絶対に我侭などではありません。友人と離れる事になってしまうのは誰だって寂しくなるものです。その空いた心の隙間を埋めることは、逆に家族には難しいことだと思いますよ。私たちにできる事と言いましたら……、そうですね、今まで以上に姫様を甘やかし、可愛がり、からかい、寂しいなどと思う暇さえ与えないようにするくらいでしょうか? 姫様にして頂くことは、その寂しさに慣れる事でも、ましてや忘れる事でもありません。今まで以上に私共に甘えて頂ければそれでいいのです。寂しいのでしたら寂しいと、悲しいのでしたら悲しいと、どうか仰ってください。私たちにできる事など高が知れていますが、全力を尽くし姫様の寂しさ悲しさを薄めて差し上げますよ。……姫様!?」
「え? シアさんどうしたの? あれ? 私泣いてる?」
無意識に、いつの間にかポロポロと涙が零れていた。
「姫!? ちょ、シア言い過ぎ……じゃないよね今のは」
ああ、どうやら……
「ももも申し訳ありません!! 一メイドの分際で偉そうな事を申しました!! ああ、私はなんという事を……」
自分のお説教で私を泣かせてしまったのかと勘違いしたシアさんが盛大に謝り、自分を責め始める。
「わあ! 違う違う違うよ!! ふふ、ふふふ。恥ずかしいけど、感動しちゃったみたい……」
どうやら、さっきのシアさんメアさんの様に、シアさんの言葉に感動してしまったみたいだ。
無意識に涙が流れてしまうくらいの感動か。ふふ、嬉し恥ずかしだね。
「感動、ですか? 私などの言葉に……。それこそ感動してしまいます」
なにその感動合戦。
「やっぱシアは凄いね、五百年近く生きてるだけあるよ。私も考えてる事は同じなんだけどさ、それだけはっきりと言葉にはできないもん。姫が寂しかったら可愛がろう、くらいにしかね。うーん、ちょっと悔しい」
「ただの年の功ですよ。ああ、さすがに焦りました……。姫様、落ち着かれました?」
私の涙を優しく拭いながら、少し心配そうに聞いてくるシアさん。
あはは……。最近泣いてばっかりだね私は。でも、これはいいよね?
「うん、ありがとうシアさん。ふふふ、嬉しいなー」
「うわ、姫超ご機嫌。さっすがシアだね! あはは」
「やめてください、もう……」
シアさんも照れ照れだ。ちょっと赤くなってるね、珍しい! いいものを見た!!
「はーい、シラユキおやつよー、って、何? 何か楽しそうね三人とも。レンはなんかちょっと赤いし……。私のいない間に盛り上がらないでよー。ほーら、シラユキ? 何があったか教えなさーい!」
「うんうん! えとね、シアさんがね」
「姫様!? 恥ずかしいです……」
「あはは。それじゃ私が……」
「メア!! ……もぎとりますよ?」
「シア怖い!」「レン怖い!!」「シアさんこわーい!」
それからしばらく読書をしながらの雑談が続き、仕事を終えたコーラスさんが家にやって来た。
ご飯の時間までコーラスさんを加えての雑談がさらに続く。雑談と言ってもとても楽しい時間だった。あっという間に過ぎて行った気がするよ。
コーラスさんを連れてダイニングへ。王族の食事の場という仰々しい部屋ではなく、普通に台所近くにある食事専用の小さな部屋だ。小さくはないか? それなりに広い部屋だね。
席には既にみんな座っていた。兄様と姉様、帰ってきてたんだね。いつもなら帰ってきてすぐ私の顔を見に来るのに……。あ、今日はコーラスさんがいたから邪魔しないでくれたのかな? でも兄様なら、コーラスさんがいたら尚更顔を出しにくると思うんだけど。
おっと……、こんな所、こんなタイミングで考える事じゃなかったね。さっさと席に着こう。
いつもより少しだけ賑やかなテーブル。いつもより少しだけ豪勢な料理。やはりフランさんは大張り切りだったみたいだ。まあ、いつも豪勢と言えば豪勢なんだけどね。
楽しい食事、楽しい時間はあっという間に過ぎていくもの。
でも、少しだけ違和感を感じる。その違和感の正体は分かっている。兄様と姉様の口数が少ない、気がする。
二人ともちょっとした所で会話が途切れ、上の空になり、名前を呼ばれてまた話に参加する、といった感じだ。一体どうしちゃったんだろう?
「ルー、ユーネ、いつまでそうしているつもりだ、何か言いたいことがあるんだろう?」
みんな食べ終わり、一段落したところで、父様が兄様と姉様を促す。
言いたいことがあったのか。父様はなんで分かったんだろう? 凄いな。
「コーラスの前じゃ言い難いかしら? それとも……、私が代わりに言う?」
母様が? あ、二人とも知ってるのか、なるほどね。コーラスさんの前では言い出しにくい事なのかな?
「うん? あー、席外しましょうか。ユーならともかく、ルーディンがそこまで悩むなんて珍しいわね」
「いや、いい、コーラスもいてくれ。ユーネ、俺が言う、お前は座ってな」
「お兄様……。ごめんなさい、お願い……。私には無理、言えない……」
さっきまで笑って話をしてた姉様が泣きそうになっている。一体どんなお話が……?
兄様は席を立ち、私の座っている席の近くへ……? え!? 私!?
ああ!! ラルフさんたちの出発の日取りがきまったんだね、きっと……
「あー、その、何て言ったらいいか……。ああ、シラユキ、……土産だ」
そう言うと兄様は、私に封筒を二通手渡す。
むむ、違ったか。お土産? なんだろう……。うん? お手紙? 誰から? これが今日のお土産?
……誰からの、お土産……?
「嘘……、嘘だよね、兄様?」
二通の手紙、差出人は、二人。
「何をどうやったらそれだけで気づくんだよ……」
二人、今日兄様たちが会いに行ったのは、ラルフさんとナナシさんの二人。
「ごめんね、シラユキ……、ごめんねえ……」
ラルフさんとナナシさんが、態々手紙を書く理由。
「くそっ! 最後の最後まで厄介事残して行きやがってあいつらは……」
何か私に言っておく事があるのなら、最後のお別れの日に言えばいいだけのこと。
「本当のこと、なんだ、ね……」
それはつまり、直接私に言えなくなったんだ。
もう、ラルフさんとナナシさんは、リーフサイドに、いないんだ……!!
「ごめんね……!! ごめんねシラユキ! ラルフとナナシ、もう、行っちゃった、の……。う、うあ、あああああ……」
「泣くなよユーネ……。シラユキ、最初からそのつもりだったんだよ、黙ってて悪かったな。あー、悪かったの一言で済ませれることじゃないんだが……」
「いつ?」
「あ? ああ、今朝だ。日が出てすぐにな」
「今朝? 今日、行っちゃったんだ……」
「どうした? 泣いていいんだぞ? 俺たちを責めたっていいんだ、いや、責めてくれよ」
「え? あ、そうだね。なんでだろう? 涙が出てこないや。驚きすぎちゃったのかもね……。全然、頭が回らないや」
「大丈夫? ウル、シラユキをお願い。ユーネ、泣き止んで? もう、シラユキが泣いてないのに、お姉ちゃんのあなたが泣いてどうするの」
「お母様ぁ……、ごめんなさい……。ごめんなさいシラユキ……」
「シラユキ、シラユキ? ふむ……、これは大泣きされるより堪えるな……。ルー、お前も辛かっただろう?」
「いや、辛いっちゃ辛いが、泣くほどじゃないよ。俺は時間さえあれば会いに行けるし。それより、シラユキは大丈夫なのか……?」
「姫様? ど、どうしましょう? まさかこんな反応をされるとは……。いえ、まさか何も反応を返されないとは……」
「姫? 泣けない? どうしましょうって、シアが考え付かない事が私たちに思いつける訳無いよ」
「うーん、食べてすぐだけど、お風呂入る? あ、姉さん、今日シラユキと一緒に入るんだったね。お願いね」
「ええ!? な、なんてタイミングでお呼ばれしちゃったのかしら私は……。ま、これも年長者の仕事かな、任せなさい」
「さ、さすがはコーラス様、頼りになります。ああ、こういった時、剣のみに生きてきた自分を恨んでしまうな」
「誰だって無理よこれは……。でも、姫様のお力になれない自分の能力の低さは確かに恨めしいわ……」
「あ、そうだ、お手紙読まなきゃ」
「姫様!? あ、あまり無理をなさらずに……」
「思いっきり泣いて、落ち着いてからでもいいのよ? なにも今すぐに読まなくたって……」
母様は心配そうにしてるけど、今の私、なぜか落ち着いてるのよ。
落ち着いていると言うか、ええと、何て言えばいいんだろうね? 落ち着きすぎて、心が凍ってしまったような感じだ。
まずは白い封筒。こっちは多分ラルフさんからだね。もう片方はピンクだし、こっちは絶対にナナシさんだ。
特に糊付もされていないので、簡単に取り出して、って一枚だけか……。ラルフさんらしいや。
「ええと……、うん? ……え?」
は? え? ええ!?
急いでナナシさんの封筒も開けて、中身を取り出す。こちらも一枚だけだ。
早速目を通す、と……
「あ、あはは……、ふふっ」
「お、おい? 何でそこで笑うんだよ。一体なんて……、シラユキ!?」
「姫様!? ああ、やはり泣かれてしまいましたか……。エネフェア様」
「もう……、だから言ったのに。いいわ、そのまま暫く泣かせてあげて頂戴」
「シラユキ? ううう、私お姉ちゃんなのに情け無いわ……」
「ユーもまだまだ子供なんだし、気にする事無いわよ。うーん? 何か複雑な泣き方ねこれは。ふふ、その冒険者二人、消しちゃおうとも考えたけど、やめておいた方がいいみたいね」
「姉さん怖い! 冗談に聞こえないから困るよホントに……」
「うん、ある意味シアより怖いよね……」
「ははは。コーラスは怖いぞ? あまり怒らせんようにな」
「う、ウルギス様まで! ちょっとカイナ、コップに水一杯貰えるかしら?」
「え? 何をするおつもりです?」
「やめろカイナ!! コーラス様に水を渡すんじゃない!!!」
ああ! もう! 分かった! 分かったよ!! 頑張るよ!!!
うあー、凄い量の涙だ。ハンカチじゃなくてタオルが欲しいね。
寂しい! 悲しい! でも、何でだろう? 嬉しい!!!
「なんて書いてあったんだ? ソレ」
あの状態の私をここまで泣かせる文章に興味を持ったのか、兄様が聞いてくる。
でも駄目だ、私は現在進行形で大泣きをしているので言葉にできない。
ああ、言葉にできないなら見せればいいね。大きな文字だし、これで読めるだろう。
私は手紙を二枚とも手に持ち、みんなに見えるように掲げる。
「ん? な……、お、おいおい! やってくれたなあいつら……。はははっ」
「ふふ。これはしょうがないわよね、お母様?」
「あらら、ホントにやってくれたわね。うーん、その内考えましょ? ふふふ」
「まあ、やろうと思えばどうとでもなる。安心していいぞシラユキ」
「なるほど。これは50点を取らざるを得ませんね。ふふふ……。腕が鳴ります」
「50点? 冒険者らしいねこれは。私もその二人に会ってみたかったな」
「ホントホント、冒険者らしい勝手なセリフよね。不思議と悪い気はしないわ」
「切り刻みに行きたい……」
「吹き飛ばしてやりに行きたい……」
「貴女達も充分怖いわよ……」
その手紙には、便箋の真ん中に、大きく、でかでかと、こう、一文だけ書かれていた。
『またな お姫様 約束だ』
『またね お姫様 約束だよ』
十二歳以上編終了です!!
いい区切り、という訳ではありませんが、毎日更新は多分今日で終わることになると思います。
なるべく長く日数を空けない様にしたいとは思っているのですが、難しいかもしれません。