その115
「ルー兄様たちは、今日も?」
「ええ。お昼もあちらで済ませられるそうです。ふふ、またお土産が増えてしまいますね。専用のお部屋を用意致しましょうか?」
そう、今日も、なのだ。
あれから兄様たちは、毎日のようにラルフさんたちに会いに町へと行っている。ラルフさんたちももう長く町から離れるような依頼は受けていないので、いつでも会いに行ける。簡単な雑務依頼はまだ受けているみたいだけどね。エディさんもそれに付き合っている様な感じで、まだ一緒に行動をしているようだ。
何をしに行っているかと言うと……、まあ、お節介を焼きに行っているのかな?
カルルミラまでの旅の移動手段の手配、馬車だね。それと護衛の手配。冒険者に護衛なんて必要ないと言っていたらしいけど、無理矢理国から何人か同行させるらしい。護衛と言うよりも、馬車を貸し出す形になる訳だから着いたらそれを返す人員が要る。だから連れて行けと半ば強引に押し付けたのだそうだ。長旅の最中万が一が起こる事もありえるからね、兄様いい仕事だ。
その護衛の内の一人に、なんとクレアさんのお父さんが入っているらしい。これはもう万が一が起こったとしても全員の安全は確約されたような物だね。
後は到着後の話かな。連絡を取り合う手段の確保などなど。
二人とも冒険者から引退してしまう事になる。そうなると冒険者ギルドを通じて連絡をとる、というのが難しくなってしまう。その辺りを、こう言ってしまってはなんだけど、王族権限で認めさせる感じかな?
私たちは王族だし、他の町の各ギルドとは簡単に連絡をとることができる。後はそこからラルフさんの家へとその伝言を運んでもらったり、口伝えができない様な内容の話の場合は、精霊通信を使って直接会話ができるようにしてもらう、などなど。一般の町人が与えられる権利を軽く逸脱してしまっている。そこを王族の権限で押し通す、っていう事だね。
でも、幸いラルフさんの実家は宿屋、それなりに古くから続く老舗宿らしい。そのおかげであまり難色は見せられなかったみたいだ。夫婦揃って元Cランクっていうのも大きいのかもしれないね。考えてみたら凄いな二人とも……
連絡は、とろうと思えば割と簡単にとり合えるみたいだね。色々な所に迷惑を掛ける事になるかもなので、あまり頻繁にはできそうも無いけど……、少し、安心したよ。
勿論それだけが理由じゃないと思うけどね。兄様たちだって親友と呼べるお友達と離れてしまうことになるんだ、寂しいに決まってる。
もう大体の事は全部決めてしまった筈だし、それでも毎日のように足を運んでいるというのは、そういう事なんだろうと思う。
あ、シアさんの言うお土産が増えてしまう、というのは……。兄様たちが町へ行く、行ったついでに私にお土産を買う。というのが続いているのだ。
内容は、お菓子に果物に、服にぬいぐるみに本にと様々だ。もう出発の日まで会いに行けない私に気を使っているのか、それとも寂しがる私を慰めるためなのか。……多分両方かな? ぬいぐるみを並べておくスペースが無くなってきてしまったのが地味に悩みものだ。でも、専用の部屋を用意するほどじゃないよ……。遊び部屋か!? こ、子供っぽい!!
お土産は確かに嬉しい、嬉しいんだけど、私としてはできたら二人とも家にいてほしい。でもそんな事は口が裂けても言えないよ。
ん? そういえば口が裂けても言えないって、実際口が裂けてしまったら痛くて喋れないんじゃないか? 唇の端が切れると……
「姫? 姫ー? こら! ひーめっ!!」
「う? あ、何? メアさん」
また長く考え込んじゃってたみたいだね。メアさんに怒られてしまった。うん? 怒られた?
「え? 私何かしちゃった?」
「おや? 気づいて無い? めーずらし! シラユキ、下見てみなさいって。こぼしてるよ」
メアさんの代わりに、フランさんが指を差しながら答えてくれた。
「こぼしてる? ……あ」
フランさんの指差す先、すぐ下へと目を向けると……、ボロボロとパンくずがこぼれ落ちていた。よく見ると膝の上、スカートにまで……
「ご、ごめんなさい! お行儀悪い……。子供みたいで恥ずかしい!」
「ああ、姫様はそのままで結構ですよ。そういった事は私たちにお任せください。お召し物も食後に着替えてしまいましょうか。少し不快かも知れませんが、今は我慢してくださいね」
パンくずを片付けようとしたのだが、シアさんに止められてしまった。
着替えるほどの汚れじゃ無いと思うんだけどな。これくらいパッパと手で払っちゃえばいいのに。
シアさんが軽く目の前を掃除、服に落ちた方も丁寧に取り除いてくれた。
「ふふふ。久しぶりにボロボロこぼすなんて可愛いところ見せてもらったんだけどね、考え事しながら食べちゃ駄目だよ、シラユキ? 行儀のいい悪いはそこまで気にしなくてもいいんだけどね、やっぱり作ってる私からすると味わって食べてもらいたいのよ」
「う……、ごめんなさいフランさん……」
ううう、食事中に考え込んじゃうなんて……。いつも美味しいお料理を作ってくれてるフランさんに申し訳ない気持ちで一杯になってしまった。
「怒ってないから大丈夫。さあ、さっさと食べちゃおう? あ、でも、ちゃんとよく噛んで食べること!」
「はーい! ごめん、じゃない、ありがとうフランさん!」
考え事なんてやめやめ! フランさんの言うとおりちゃんと味わって食べよう。お行儀も悪いしね。
まったく、パンくずをこぼしちゃうなんて本当に小さな子供みたいだよ。まあ、私は実際小さい子供なんだけど……。あれ? いいのか? よくない! 私はお姫様だよ!!
そういえばもっと小さい頃、まだナイフとフォークに慣れていない頃はよくこぼしてたなあ……
「あ、また何か考えてるよ。無理も無いか……。姫、大丈夫? 食欲無い?」
また考え事を始めてしまった私に勘違いしたメアさんが、心配そうに話しかけてくる。
「あ! 違うの違うの! ごめんねメアさん、大丈夫だよ。今のはちょっと小さい頃のこと思い出しちゃっただけだから」
「姫様は今も小さくて可愛らしいですよ?」
「そういう意味じゃないから!!」
朝食後、何度も別にいいよと言ったのだが、結局着替えさせられてしまった。シアさんが言うには、私の着る服はいつも綺麗に清潔に、後、可愛らしく、らしい。ちょっとパンくずが付いたくらいで大袈裟な。
まあ、いい。もう着替え終わった後に何を言っても今さらだ。さてさて、今日は何をしようかな?
「姫様、今日は天気もいいですし、外へ出られませんか? 広場……、いえ、花畑は如何でしょう。コーラスさんもお誘いしてお昼も外で、サンドイッチでいいですね。フランに用意させましょう」
今日読む本を探しに書庫へ行こうとしたら、シアさんに外出を勧められた。勧められたと言うか後半はもう決定されたような口振りだ。
ここ数日は家にこもりきりで読書の毎日だったからね。本に逃げているように見えたのかもしれない。と言うか実際そうなんだよね。本を読んでいる間は忘れられる、考えなくて済むからね。
気晴らし、気分転換のため、かな。気を使われてしまったみたいだ。
フランさんメアさんはお昼を作りに台所へ、シアさんは私の外出用の準備。さっき着替えたばかりなのに……!!
メイドさんズ三人と一緒にお出掛け。ピクニック気分でちょっと楽しいね。
シアさんは必ずと言っていいほどだが、メアさんフランさんも一緒に、というのは久しぶりかもしれない。二人とも嬉しそうだ。勿論私もね。
さすがはシアさんだね。とてもいい気分転換になってくれた。
「ふふ。よかったわ、今日は泣いてないみたいで。ちょっと前はホントに大騒ぎだったものね……」
お昼も食べ終わり、ゆったりと休憩をしていたときに、コーラスさんが思い出したかのように話し出した。
「大騒ぎ? ちょっと前って、何かあったの?」
少し前にあった騒ぎ? なんだろう? 私は特に何も聞かされてないな……。コーラスさんの言い方からすると、私が泣いていた事に何か関係があるのかな?
「え、ええ……。姫様が町から帰られたあの日、あの後のことですよ。何か大きな事件があった訳ではありませんので、ご安心くださいね」
「あ、あー、アレね。姉さんも聞いてたんだ? ふふ、事件って言えば事件かな。私も人伝えで聞いただけなんだけどね」
「私もそうだね。まあ、姫が気にするような事じゃないよ。私たちには面白い話だったけどねー。ふふふ」
三人ともにこにこニヤニヤ顔で気にするなと言ってくる。
そういえば、それらしい事を父様と兄様からも聞いたような覚えが……?
気にするなと言われると反対に気になってくると言うもの。丁度いい食後の休憩の話題だし、ちょっと聞いてみようかな。この三人の反応からすると悪い話ではない筈だ。
「教えて欲しいなー。気になるよ、そんな言い方。コーラスさん、教えて教えてー」
「ううっ、久しぶりのシラユキの可愛らしさには勝てないわ! 私が何でも教えてあげちゃいましょう!! フラニー凄いわね……、毎日この可愛らしさを目の前にしてよく平気でいられるわね。……よいしょっと」
コーラスさんは話しながら私に近寄り、軽く抱き上げて自分の席へ戻り、私を自分の膝の上へと降ろす。
なんという自然な動き……。さすが千年以上生きているコーラスさんだ……!!
そして目前に迫る巨大な双峰。……ごくり。
「まあ、確かに多少は慣れたんだけどね。時折見せる可愛すぎる仕草にはまだまだやられちゃってる毎日よ。もうどうせなら姉さんもメイドになればいいのに。家事、得意でしょ? シラユキはメイドさん大好きだし、今まで以上に甘えてくれるようになると思うよ。シラユキも姉さんと毎日一緒にいたいよねー?」
こ、コーラスさんがメイドさんに……? ば、ば、爆乳メイドさんの誕生であるか……
全力でコクコクと頷く私。
「め、メイドさん大好きなんだこの子。お姫様の趣味としていいのそれは……。うーん、でも……、ごめんねシラユキ。私も毎日遊んであげたいんだけど、この仕事は他の誰にも任せる気は無いのよ。呼んでくれればいつでも遊びに行ってあげるから、ね? 勿論毎日遊びに来てくれたっていいのよ」
うーむ、残念! でも、コーラスさんの言うとおりだ。会いたくなったら会いに行けばいい話だからね。
「うん! 毎日、は来ないと思うけどね。ふふふ、コーラスさんにこうされるのって久しぶりで、なんか嬉しいなー」
「かかか可愛いいいい、可愛すぎるううう……。私も相手さえいればこんな可愛い子を……、? こんな可愛い子は無理!!」
コーラスさんに全力で抱き締められてしまう。
苦しい! 力も意外に強い!! な、何これ!? む、胸に溺れる!!!
「姫様? こ、コーラスさん、もう少し力を緩めて差し上げてください。ああ、でも何か幸せそうなお顔をされていますね」
シアさんの言葉に即座に抱き締める力を緩めるコーラスさん。
「く、苦しかった……。胸に潰されそうになるなんて初めての経験……、でもないや」
母様、フランさん、メアさん。この三人に日頃抱き締められる事に慣れていなかったら今のは危なかった!!
「あら? ちょっと強すぎちゃった? ごめんね。しかしね、ホントにこの子、ルーディンの妹よね。女の子なのにおっぱい好きとか……」
「ルー兄様と一緒にしないで!! でも、うん、嫌いじゃないかな……」
むしろ好きとも、大好きとも……。あれ? 母様以外の大きな胸は敵じゃなかったか!? だ、駄目だ!! このままでは姫様巨乳大好き説が再浮上してきてしまう!!!
「夜も寝てる間無意識に揉んでくるしねー。あれくすぐったいけど、なんか幸せな気分になるよね。姫、おっぱい好きは悪い事じゃないよ? 姫だから許されるっていうのもあるけどね」
「ふふふ。私のも揉、え? メアリーが一緒に寝てるの? はー、意外だわ。てっきりバレンシアと一緒に寝てるんだとばかり」
「ああ、違うよコーラスさん、毎日日替わり。姫一人で寝れなくなっちゃってさ。昨日は私、今日はフラン、明日はシアだね」
「え? は? 今まで一人で寝てたの!? よく皆そんな事許してたわね……。私だったらお風呂だって寝るときだって絶対に放さないのに」
確かに言い出したときは反対されたね。部屋の外にメイドさんズの誰かを待機させる、っていう条件で許されたんだけど。
当時はお姫様だから当たり前の事なのかなー、なんて思ってたっけ? 今思うと普通にメイドさんズに迷惑掛けてただけなんじゃないかと思ってしまう。
「私もシラユキと一緒に寝てみたいな……。ねえ、フラニー? 今日はあなたの番なのよね? 代わりなさい」
「命令形!? まあ、いいんだけど。姉さんもホントシラユキにメロメロだよね。見てておかしいったらないわ」
ああ、なんか姉妹の会話っぽくていいなこれ。
年はもの凄く離れてるけど、二人ともとっても仲良しに見えるね。うんうん、いい事だ。
「今日はコーラスさん泊まりに来るの? 嬉しいな。うん! 一緒に寝ようね!」
「ああああああああ可愛い!!! 家の子にしたい!!」
「あはは。コーラスさんが私の家族になっちゃえばいいんだよ。メイドさんしながらお花のお世話も出来るんじゃないかな? ふふ、忙しくなっちゃうね」
「うわ、悩むわこれは……!! うーん……、でも、ルーディンに日常的に揉まれるのは……、うーん……、でもシラユキを毎日可愛がれる……」
コーラスさんはうんうん唸りながら深く悩み始めてしまった。
その問題があったね……
兄様のことだから、目の前にコーラスさんがいたら絶対揉みに行くよ! そうなると姉様も不機嫌になっちゃう? くう、それは駄目だ!!
「とりあえず保留! 今日はお風呂も一緒に入ろっか。特別に直に好きなだけ揉ませてあげちゃおうかな。あ、吸う?」
「吸わないよ!! もう! 赤ん坊扱いはやめてよ。 でもお風呂に浮かぶコーラスさんの胸を見るのは楽しみかも」
「やっぱりオヤジくさい趣味してるわねこの子……。ふふ、さすがにおっぱい吸う年じゃないかー、ちょっと残念ね」
「寝てるときに口元に寄せれば吸うよ、この子」
「あらそう? それじゃ今夜早速やってみようかしら。楽しみだわー」
「あ、フランもやってみた事あるんだ? 可愛いよねー」
「ええ!? ふふふ二人ともなんて事してるのさせてるの!!? コーラスさんもやめてね? ……はっ!? シアさんは!?」
「いえいえ何を仰りますやら私がそんな不埒ないやらしい行為を姫様にするとでもお思いなのですか悲しいですねそれは」
「分かりやすい!」
結局何が大騒ぎで面白かったのかは聞きそびれてしまった。でも、もう全く気にならない。
そんな事より私がそんな、赤ん坊のような行動をしていたことが地味に、いや、本気でショックだ……