その113
「っすん、ううう……。母様ぁ……」
「あああ……、泣かないで、泣き止んでシラユキ……。あなたが泣いていると私まで悲しくなってきちゃうわ……」
「ああ、姫様、お労しい……。カイナ、どうにかできないのか?」
「ええ!? そんな、エネフェア様でも無理な事を私ができる訳無いでしょ。姫様が落ち着かれるまではどうしようもないわ。ううう、私も泣きそうよ……。姫様の泣き顔は心に来るわ……」
「二人とももう少し声を落としなさい。悔しいですが、ここはエネフェア様にお任せする外ありませんよ。自分の無力さが恨めしいです……」
一夜明けた今日。ラルフさんたちに会いに行く兄様と姉様を見送った私は、また泣き出してしまった。
泣き出したといっても静かにぐずっているだけなのだが、シアさんたちではどうしようもない、お手上げ状態になってしまったので、こうして母様のお仕事を中断させてまで私を……。恥ずかしい話だが、私をあやしてもらいに来た、という訳だ。
「母様、ごめんなさい……」
「どうして謝るの? お友達とのお別れは誰だって辛いわ。沢山泣いて、私に、私たちに甘えなさい。こういう時こそ家族に甘えるものなのよ?」
母様は優しい、とても優しい言葉で私を慰め、撫で続けてくれる。
「お仕事のっ、邪魔、ぐすっ、うう……」
「ふふ、馬鹿ね、もう。優しいのにも限度があるのよ? この子ったら……。あのね、シラユキ? こんな時くらい相手のことなんて気にせず、もっともっと我侭言っていいのよ。普段我侭を言い慣れてないからかしら? まったくもう……。甘えと我侭は違うのだけれどね? 本当に今日くらいは気にせずに甘えなさい。……そうね。カイナ、クレア、それにバレンシアも。悪いのだけど、少し外してもらえるかしら?」
「は、はい! すみません、気が利かず……。行きましょ、クレア」
「あ、ああ。姫様……」
「そういう意味ではないと思いますが……。分かりました、部屋の外で待機しています。何かありましたらいつでも、すぐにお呼びください」
三人とも丁寧なお辞儀の後、母様の言うとおりに部屋の外へと出て行ってしまった。
執務室には、私と母様の二人だけが残された。ドア一枚、壁一枚挟んだ向こうにはシアさんたち三人が待機しているので、本当に二人きり、という訳でもないのだけれど。
「母様……?」
どうしたんだろう母様。人払いしてまで私に何か、大切な事を話してくれるんだろうか?
「もう、心配そうな顔しないの。メイド達の前、あの子達も家族だけれど、言い難い事だってあるし、甘え辛いでしょ? ほらほら、もっとギュッて抱きついてきなさい」
「え? あ、母様……。ありがとう、大好き……。ホントに大好きだよ」
少し強めに、体全体を押し付けるくらいのつもりで母様に抱きつく。
「ゆっくりでなくても、落ち着かなくてもいいわ。今思っていること、悩んでいる事……、言いたくても言えない事とかね? 全部私に言っちゃいなさい。大きな声で、寂しい、悲しい、って泣いたっていいの。ふふふ、私は誰? あなたのお母様よ? ね、シラユキ、愛する娘がどんなことをしたって、迷惑に思うなんて事はありえないのよ?」
母様優しすぐる天使か。
あまりに優しすぎる母様の声に、ちょっとした冗談を考える余裕が出て来てしまった。
「寂しいよ、悲しいよ。行っちゃイヤだって、ひどい、ズルい事言っちゃったよ……。ラルフさんも、ナナシさんも、これから幸せになるのに……、幸せになるために行くのに……」
言葉が、言いたい事が纏まらない。でも、私が今思ってることを母様に聞いてもらっちゃおう。聞いてもらってもどうにかなる問題でも無いんだけど、そんな事は考えない、気にしない。
「私、ひどい子だよ、自分の事ばっかり考えてる。お友達と別れたくない、それだけしか……。ごめんね母様、私、悪い子に育っちゃったね……。ホントに我侭なお姫様だよね……」
最近ふとした時、夜寝る前などに、ラルフさんたちはどうしたら残ってくれるのか、と、あまりにもひど過ぎる事ばかり考えてしまう。
本当にお友達の事を思っているのなら、笑って見送ってあげなきゃ駄目なんだよね。それは分かってるんだ……。でも、でもね……!!
「……え? な、何言ってるのこの子? ちょっと、さすがにその考えは……、え? あれ? シラユキ? それって当たり前、普通の事よ? お、お姫様とか、我侭とか関係ないわよ? 予想外すぎるわこれは……」
はぇ? 当たり前? 普通?
私の本音を聞いた母様は、私が思っていたのと間逆の反応を見せている。
悪い事を考えてばかりの私を叱って、その後思いっきり甘やかしてもらおうと思ってたのに……。どういうことなの?
「う、うーん……。てっきり寂しくて悲しくて泣いてるんだとばかり……。あ、それも多分にあるのよね。まさか、自己嫌悪? そんな馬鹿な事、あ、ごめんねシラユキ、ひどい事を言ってしまったわ、許してね? そんな、ええと……、そんなの、本当に当たり前の事よ? 誰だってお友達が遠くへ行ってしまうなんて辛いわ。辛くて、悲しくて、寂しくて……。私だって絶対に引き止めてしまうわよ? 結婚して幸せになる二人っていうのが大きいのかしら? もう……、本当にこの子は、可愛い子ね」
か、母様でも?
「でも、母様。ラルフさんは今まで離れてた家族とまた一緒に、しかもお嫁さんと暮らせるようになるんだよ? ナナシさんだって、新しい家族がいっぺんに何人もできちゃうんだよ? それを止めるなんて、止めようと考えるなんて……。私、悪い子だよ?」
「違うのよシラユキ。もう、本当に何を言ってるのかしらこの子は……。さっきも言ったでしょ? そんな事誰だって考えちゃうの! つい言っちゃうの! ああ、もう! その二人の家族、リーフサイドに呼び寄せちゃおうかしら……」
「だ、駄目だよ母様!! 何言ってるの!? ラルフさんの家は宿屋さんなんだよ? もう! 迷惑掛けちゃ駄目!!」
「ふふふ、ごめんなさいね? すっかり泣き止んじゃったかしら? いつもの調子が戻ってきたみたいね。ほら、その調子よ。今度は私の言った事をよく考えてご覧なさい? 考えるのは得意でしょう? 悩みと考えは違う物なのよ」
「へ? あ、うん……?」
確かに涙は完全に止まっちゃったかな。ありがとう母様。
それじゃあ、考えてみよう。母様の言った事?
別れを寂しがる、悲しがるのは当たり前。うん、これは当たり前だね。私も寂しい、悲しい。
その悲しい別れを嫌がり、引き止めてしまう事も当たり前? 確かに行かないで欲しいと思うのは当たり前のことだと思う。その人が自分にとって大切であればあるほどその気持ちは大きくなるはずだ。これは寂しさ悲しさにも言える事だね。
でも、その人にだって事情があるからこその別れだ。前世の話になるが、両親の仕事の都合で引っ越す子だっていたよね? もう思い出せないんだけど。
特に今回、ラルフさんたちは幸せになるために他所の町へ、カルルミラへと行く、行ってしまうのだ。それを止める、止めようだなんて考えるのは悪い事、いけない事だと思うよ!!
結論が出た。有罪!!
「やっぱり私悪い子だよ! 母様、叱って!!」
私って最低のお姫様じゃん!! これはもう母様に本気で叱ってもらうしかないね!!
「あん、もう、いけない子ね。駄目よ? 悪い事考えちゃ。はい終わり。どう? これで分かったかしら?」
!!!?
「分かっちゃった!! は、恥ずかしいいいいい!!!」
「ふふふふ。可愛いわ……、この子可愛すぎるわ……。明日はお祭りにしましょうか」
「またお祭り!? 駄目だよ、もう!!」
「はい。それでは早速手配して参りますね」
「カイナさんいつの間に!?」
「私もいますよ?」
「シアさん!? あれ? クレアさんも!?」
「え? まさか本気で気づかれていなかったのですか? さすが姫様、なんという集中力。私も見習わなければな……」
「変な方向で褒められた!?」
カイナさんはクレアさんを連れて、引き摺って? 早速明日のお祭りの準備をしに行ってしまった。クレアさんを連れて行ったのは、自分がいない間に私とクレアさんが、自分以上に仲良くなってしまう事を避けるためなんだろうと思う。面白いなカイナさん。
どうやら三人とも私が長考してる間に母様に呼ばれていたようだ。まったく気づかなかったよ……。こ、今回ばかりは私も真剣に考え込んじゃってたからね? 気づかなくてもしょうがないよね?
おっと、話を戻そう。
あの母様の軽い怒り方でやっと気づかされた。
私の考えは確かに悪い事、いけない事、なのだが……。母様が言うように、誰だって思ってしまう、「当たり前の悪い事」なんだと思う。
まあ、本音を言えばまだそこまであっさりと気持ちの切り替えはできていないんだけどね。それは、うん、しょうがないよね。
その当たり前の悪いことを考えてしまった私を叱るのは、あの程度の叱り方にしかならないんだろう。
「でもね、シラユキ。何度も引き止めてしまうのは子供だから許される事よ。それだけは気を付けなさい。あなたのことだから、これは言わなくても分かっている事かしらね」
「ええ、本当に限界が訪れてしまった場合に口に出てしまう、くらいしかありませんね。エネフェア様、姫様は本当にお優しい方ですよ。まず第一に相手の事を考えられてしまっていますね。悪く言うのなら遠慮深い、と言いますか……、? 悪く?」
「あまり悪く聞こえないわねそれは……。悪く言うなら、そうね……、? ええと……」
「どうしたの母様?」
「ば、バレンシア、お願い」
「も、申し訳ありません! 私も思い付きませんでした……。姫様を悪く言うなどとできる筈がありませんでしたね」
「ええ、本当にそうね。まさか悪く言う言葉が出て来ないなんて思わなかったわ……。ふふふ」
「なにそれこわい。でも、母様から私の悪口なんて聞いたら私、泣いちゃうかもね」
「!? 私の言葉でこの子を泣かせてしまうところだったわ!! ごめんねシラユキ、悪いお母様を許して頂戴!!」
「どうしてそうなるの!? ふふふ、母様大好きだよー!!」
今回はイミフな内容だったかもしれません。