その111
「ふう……。やはり姫様のお側は癒されます……、一生このままでいたいくらいですね」
「んー、気分は晴れた? もう、シアさん落ち込みすぎだよ。フランさんは怒っちゃったけど、私も父様も全く気にしてないんだから、シアさんもそんなに落ち込まなくてもいいのに……」
私は今、落ち込むシアさんの膝の上で、シアさんの心を癒すお仕事をしている。お仕事なのかこれは……
シアさんは先日の、父様と私の会話に無意識に割り込んでしまったのをずっと気に病んで、それがずっと尾を引いているみたいだった。それでちょっと無理を言って椅子に座らせて、私を膝の上へ乗せてもらったのだ。
シアさんの心を癒し、さらには私もシアさんに甘えられて嬉しいという、まさにいい事ずくめの作戦だね。
「そういう訳には参りませんよ。冗談半分で割り込んだ事は今までも多々ありますが、あの状況下でのあの行動は決して許される事では無いでしょう。できましたら何か重い罰を頂きたいところなのですが……、逆に落ち込む私を癒そうとして頂けるとは、本当に姫様はお優しい方です……」
「あー、うん、私も言い過ぎたかな? だってねえ、まさかあそこまで真面目な話してたウルギス様の言葉を遮るなんてね。その真面目なお話も終わりかけてたんだけど、ね。そういう問題じゃないよあれは」
フランさんは私と家族との会話は何より優先してくれるからね、特に酷い行為に見えちゃったのかもしれない。
「フランが怒って、シアは落ち込んでる訳だけど……、当の本人たちは全く気にしてないのが本音なのが困り物だよね。姫はもうちょっと怒ってもいいと思うよ?」
「そう言われても……、何か怒る事なのかなあれって。うーん……、分かんな、わひゃあ!? ちょっ! シアさん耳舐めないで!!!」
び、ビックリした!!
ちょっと考え事をしていたらシアさんに耳を舐められてしまった。
母様と姉様には何度かされてはいるが、シアさんにこんな事をされたのは初めてだ……。心臓がドキドキ言ってるよ。
「えっ!? す、すみません!! 私は今、そんな事をしていました? む、無意識にそんな行動をとってしまうとは……。何故覚えていないのですか私は……!! その時の自分が羨ましいです……」
「うーん、重症だね。大丈夫、シア? たまにはゆっくり休んでみたら?」
「いえいえ、それには及びませんよ、ありがとうございます、メア。ですが姫様、もう暫くこのままの体勢でいて頂いても構いませんか?」
「う、うん……、いいけど……。また舐めたりしないでね? あー、まだドキドキしてる……」
「ふふふ。シラユキの耳は私も舐めてみたいな。今度不意打ちで舐めてあげちゃおう」
ひい! いやらしい計画を立てないでください!!
「舐めて驚かせるのは構いませんが、転ばせてお怪我などさせないよう気をつけてくださいね。……はむ」
「にゃー!!!」
甘噛みされたーーー!!!
「くっくくくっ、あっはは!! おっかしい! 今日のシアはいつもよりなんか、ノリがいいね。はー……、あんまり笑わせないでよもう」
メアさんは涙目で笑っている。笑いすぎて苦しそうだ。
「ムイシキデスヨ」
「無意識なら仕方ないね、ふふ。あ、レン、私はもう怒ってないから安心していいよ、ちょっと過剰反応しすぎたのかもね。ウルギス様とエネフェア様に甘えてるシラユキってさ、なんか見てるだけでこっちも幸せになってくるのよ。それはちょっと邪魔して欲しくなかったと言うか……」
「ええ、分かっていますよ。今はまだ自分を許せそうにありませんが、だからと言ってフランに思う所は何一つありません。貴女も安心してくださいね」
「ビックリさせられた私を放置して、何事もなかったかのように話を続けないで!! むう……。でも、シアさんが元気になってくれたならいいかな」
まったくシアさんは落ち込んでてもシアさんなんだから! 自分で言ってて意味不明だよ!!
おっと、そんな事より、これだけは言っておかなきゃね。
「えとね、ちょっといい? 話を戻しちゃうけど」
「あ、すみません、お叱りですか? さすがに今のはやりすぎましたね、申し訳ありません」
「あ! そのままでいいよ! 叱るとかじゃないから安心して?」
シアさんは謝って席を立とうとするが、行動前に私が先に止める。私ももう少しこのままでいたい、けど、それは黙っておこう。
さてさて、ちょっと恥ずかしいけど私の考え、予想を述べさせてもらおうかな。
シアさんが何故あの真面目?な席で会話に割り込んでしまったのか、という事について、ちょっと私なりに思うことが一つあるのだ。
「うんとね、多分だけど、シアさんが気を抜いてくれたんじゃないかなって私は思うんだ」
「うん? 気を抜いちゃったから割り込んじゃったんじゃないの? 姫?」
「やはり私はお叱りを受けるべきでは? 確かに気を抜きすぎていたのかもしれませんね」
あれ? ちょっと説明し難いなこれは……
自分の考えを言葉にするのは結構難しいものだね。
「そういう意味の気を抜くじゃなくてね、あ! そうだ! 気を許してくれてる、でどう?」
「ああ! あー! なるほど! ふふふふふ、シアー?」
「なーるほどね。うんうん、それなら納得だよね。ふふふ、レーン?」
私の言葉に納得がいったのか、メアさんとフランさんはニヤニヤしながらシアさんを見る。
「や、やめてください恥ずかしい……!! 確かにそうかもしれませんね……、よく言えば気安い仲に、悪く言えば馴れ馴れしくなったのでしょうか私は……」
「それもちょっと違うかな、ふふふ」
「姫様?」
気安いとか馴れ馴れしいとか、気を、心を許してくれるもちょっと違うね。
私が一番言いたかった事はこれだ。
「シアさんも、私たちみんなのことを家族同然に見てくれてるんだよね。私はあのとき怒るどころか反対に嬉しいくらいだったよ? 家族同士の会話に当たり前のように入ってきてくれる、かな? シアさん、フランさんもメアさんもそうだけど、遠慮なんてしなくていいからもっともっと会話に入ってきてね」
ふう……
ちょっと恥ずかしかったけど言いたかった事はこれで全部言えたかな? ガラにも無く少し緊張しちゃったよ。
「姫……」
「シラユキ……」
「姫、様……」
あ、あれ? なんか、静まり返っちゃった?
言い終わった後からかわれまくるつもりの覚悟で話したのに、三人ともどうしちゃったんだろう?
「わ、私何か変な事言ったかな……」
「あ! 違う違う!! ちょっと、ちょっとね……」
「うん……、何て言ったらいいんだろ……。最近子供っぽさが増したと思ったらこれだもんね。やっぱり油断できないわシラユキは」
「姫様……、ありがとうございます。今私は、言葉にできない感動に襲われています」
よ、予想外の反応だ!! これはからかわれるよりキツイ! 恥ずかしい!!
子供らしくない考え方だったかな? でも、メイドさんズはみんな私の大切な家族だ。だから父様母様と話してるときにだって何も気にすることなく、どんどん話に割り込んで来てもいいと思うんだよね。多分、と言うか絶対に、父様も母様も、兄様姉様だってそんな事気にする訳無い。
これはずっと子供の頃から気になってたんだよね。今も子供だけど……
「うーん、ありがとね、姫。でもさ、ウルギス様とエネフェア様との話に割り込むのはやっぱり難しいよ」
「ルーディン様とユーネ様とならそこまで私たちも気にしないんだけどね。ふふふ、言わない方がいいかなこれは」
「確かに王族の方々、特に姫様のご両親との会話に入っていくのは難しいですね。ですが、王族の方という事が一番の理由では……」
「へ? 遠慮して、と言うか、控えてたんじゃないの?」
てっきり父様と母様の前ではさすがに前に出ていけないんじゃないかなと思ってたんだけどな。
「言ってしまいますか。姫様のお考えで大体は合っていますよ。ウルギス様エネフェア様はやはり特別ですね、どうしても緊張が出てしまいます。しかし、絶対に話に入っていけない訳ではありませんよ? もう一つ大きな、とても大きな理由があるんです。ですよね、二人とも?」
「うん、まあね。簡単に言っちゃうと姫のせいかな」
「そうそうシラユキの笑顔のせい。あれは邪魔できないよホントに」
……うん? ん? 私のせい? 私の、笑顔の、せい?
!?
「ええ!? そんな理由で遠慮してたの? 嘘だー?」
「嘘じゃないって。特にエネフェア様に甘えてる時の姫の邪魔だけはしたくないよね」
「ホントホント、あれは見てるだけでこっちも幸せになっちゃうくらいの笑顔だからね。邪魔なんてとんでもない!」
あ、あはは……
父様母様の前では控えてたっていうのもあるけど、嬉しそうに甘えてる私の邪魔をしたくないなんて理由もあったとは……
く、くう……、恥ずかしい!!
「うう……、気を回しすぎちゃった、考えすぎちゃったかなまた」
「ううん、姫の気持ちは素直に嬉しいよ。私たちも言いたいことがあったらちゃんと話しに入っていけるからさ、そこまで気にしなくてもいいよ」
「まったく優しすぎるんだからこの子は。そろそろ代わってよ、レン。私もシラユキ座らせてあげたくなっちゃった」
「え、ええ、そうですね、名残惜しいですが……、その前に。……はむ」
「うにゃー!!!」