その110
「おーい、シラユキ、アップルパイ買って来てやったぞ。どうだ? 今食べるか?」
「あ、シラユキ、ほらほらこれこれ、猫のぬいぐるみ。シラユキ猫好きでしょ?」
「お、俺もアップルパイを買って来てしまったんだが……、まさかルーと被るとはな。まあ、好物はいくらあってもいいだろう? 皆で食べようか。それに、シラユキは魔法で保存もできるからな。うむ」
「う、ウルギス様、ルーディン様、今日のおやつはアップルパイなんですけど……」
「なにい!?」「なんだと!?」
「ふふふ、お父様もお兄様も駄目ね。その点私は……、? ねえシラユキ? それって……」
「う、うん……。ね、猫のぬいぐるみ。今日シアさんに貰っちゃった……」
「も、申し訳ありません、ユーフェネリア様……」
「ああ、うん。いいの、いいのよ……。お店の品よりシアの手作りがいいわよね……」
談話室でメイドさんズと本を読んでいたら、突然父様兄様姉様の三人がそれぞれプレゼントを持って乱入してきた。しかも三人ともメイドさんズと丸被りで面白い結果に。
それぞれが私の反応と笑顔を期待していたんだろう、が、逆に落ち込ませてしまったみたいだ。
プレゼントもその気持ちもありがたい。でも、でもさ……
「ありがとう、みんな。でもちょっとあからさますぎるよ……。あんまり心配しなくても大丈夫だよ?」
もうすぐラルフさんナナシさんはカルルミラの町へと行ってしまう。
その寂しさがどうしても顔に出てしまって、みんなを心配させてしまっていたんだろうと思う。
「大丈夫な訳あるかよ、一人で寝れなくなったくせに何言ってんだ。ちゃんと報告は来てんだよ」
「うっ……」
はい、一人で寝られません……。だって寂しいんだもん!
「毎日ちょっとした事で思い出して涙目になってるじゃない。それで心配するなっていうのは難しいわよ」
「ううっ……」
ば、バレてた!? だって悲しいんだもん!!
「最近は用もなく執務室によく顔を出しているそうじゃないか、エネフェアも甘えてくれて嬉しいと言っていたな。ああ、その程度で執務が滞るなどという事は無い、そこは安心していいぞ。本音を言うと俺にももっと甘えてほしいんだがなあ……。まあ、俺は家を空けることが多いし、それも難しいか? 悪かったな、シラユキ」
そう言うと父様は私を抱き上げてくれる。
あ、父様に抱き上げられるのは久しぶりな気がする。
父様はそのまま椅子に座り、私を優しく撫でてくれる。
「ふふふ。ううん、ありがとう父様」
何て優しい父様。ついつい抱きついて頬擦りしてしまう。
「シラユキ可愛い! お父様ずるいわ、私がしようと思ってたのに!」
「ははは。ま、いいじゃないか。ユーネは俺の膝の上でどうだ?」
「え? あ、も、もう! お兄様! シラユキの前でそれは恥ずかしいわ!」
私の前じゃなかったら喜んで乗っていきそうだよね姉様は……
「ふむ……、シラユキには悪いのだがな、俺はこれで良かったと思うんだ。前に一度言ったろう? 辛いぞ、と。今回はただの、と言っては軽く思えてしまうかもしれんが、ただの別れに過ぎん。予行練習が出来て良かったとも俺たちは思ってしまうんだ」
私を撫でる手は止めず、ゆっくりと自分の考えを話してくれる父様。
「う、ウルギス様、それは姫様にはまだ……」
「こら! シアはちょっと黙ってなさいって。あ、ウルギス様、失礼しました」
「メア、私は……、ひ、姫様……」
父様を止めようとしたシアさんだが、メアさんに注意されてそのまま引っ張って行かれてしまう。なんという心配顔だ……
おっと、意識をこちらに戻そう。予行練習? 何の? 前に父様が言ってた辛いって……、あ。
「お父様、私もシラユキにはまだ早いと思う。って、気づいちゃった? この子はまったくもう……」
「俺もユーネも一度は経験してきた事だからな、遅かれ早かれって奴だ、ユーネ。それに、シラユキもそれを知ってあいつらと付き合ってた訳だしな。深く理解はしてないと思うが」
「う、うん……、そうなのかもね。そっちの場合の寂しさ悲しさは今回の比じゃないよね。それに、ラルフさんたちは結婚して幸せになるんだからもっと喜ばないと……」
そう、今回は「ただの」別れに過ぎない。「一時的な」と言った方が分かりやすいか。
二人はラルフさんの生まれた町で新しい生活を始めるんだ。まだまだこの先色々な事が待っている事だろう。
父様が予行練習と言ったのは、そのさらに先の、「一生の」別れについての事だ。平たく言えば死別だね。
「ルー兄様も、ユー姉様も、その……、お友達と? つ、辛かったよね」
「そりゃな、当たり前だ。今だってそうだぜ? ラルフたちが死んだら泣くだろうな。あいつは本当に、親友、なんだよ」
「ええ、そうね。二人とはまだ数年の付き合いだけど、年月は関係ないわ、ラルフはいいお友達で、ナナシは私にとって姉みたいな存在の友人だもの。そのときが来たら、暫く泣き続ける生活が待ってると思うわ」
「ルーにもユーネにも、勿論シラユキにもだ。他種族の友人をあまり作ってほしくない理由はこれなんだ。辛い、本当に辛いんだぞこれは」
ううう、どうしたんだろう。今日の父様は私を脅そうと来てる気がするよ……
「お父様、シラユキ泣いちゃうわよ? すでに半泣きだけど……。あんまり苛めないであげてよ」
「確かにらしくないな。どうしたんだよ父さん、シラユキに嫌われるぞ? まあ、甘やかすだけじゃ駄目だって気づいたのか」
「ええ!?」
「うお!? どうしたシラユキ!?」
いきなり目の前で大声を上げて驚いた私に、さらに父様が驚く。
ととととと父様が私を甘やかさなくなるの!? やだ!! それは絶対嫌だ!!!
「あ、う、え、あうあう。父様ぁ……」
ううう、父様にはもっと甘えたい、甘やかしてほしいな……
「ははは、こらこら慌てるな。安心しろシラユキ、俺は一生お前を甘やかす生活を続ける気だぞ? シラユキの欲しいものは何だって手に入れて来てやる、それこそ世界だろうとな。シラユキが嫌いな奴がいるのなら、そいつのいる国ごと滅ぼしてやるさ。だから安心して甘えて来るんだ」
「よ、よかったぁ……。例えは怖いけど、父様大好き!!」
盛大に安心しました。娘のために世界征服くらい軽くやってくれそうだよね父様は。
何か、一人の女の子のために町を丸々一つ死人の町に変えた赤と黒の悪魔の話を思い出しちゃったよ。
「むう……、父さんはやっぱ凄いな。俺たちじゃここまで素直に甘えてくれないもんな」
「うん、お父様も、後シラユキもちょっと羨ましいかな。たまには私もお父様に甘えたくなるし……」
あはは。姉様もまだまだ父様に甘えたいよね。父様は本当に凄く素敵な、最高に頼りになるお父さんだもんね。
「何を言ってるユーネ、いつでも甘えに来い。もちろんルーもな。お前たちも、成人しようが何千歳になろうが俺の大切な子供だという事に変わりは無いからな」
「ふふふ、私はお兄様に甘えるから大丈夫よ。ありがとうお父様」
「はは、さすがに俺はもう甘えるって年でもないよ。でも、ありがとう父さん、今の言葉は素直に嬉しいよ」
「父様素敵! カッコいい!! ねえねえ父様、今日は一緒に寝よ?」
ああもう! 何この最強お父様、大好きすぎる!!!
「ああ、そうだな。シラユキと寝るのも久し」
「姫様!? 今日は私の当番の日なのですよ!?」
びっくりした!!
父様の言葉を遮ってシアさんが話に加わってきた。
「ちょ、ここで割り込む!? ご、ごめんなさいウルギス様! レン、ちょっと外に出てようか……、今のはさすがに許せないって。メア、後お願いね」
「あ、うん……。シア、落ち着いたらちゃんと謝るんだよ?」
「はっ!? も、申し訳ありません!! 少し頭を冷やして参ります……。それでは、失礼します」
シアさんはフランさんと一緒に部屋の外へ出て行ってしまった。
あちゃー、随分落ち込んでたみたいだけど大丈夫かな……。そういえば今日はシアさんと一緒に寝る日だったね。いやあ、失敗失敗だ。
フランさんも怒ってたね……、ちょっと怖かったよ。怒るような事じゃないと思うんだけどなー。
「話を戻すが、もう友人になってしまったのならば、今さら何を言っても仕方が無いことだ。数十年後、覚悟だけはしておくようにな」
「うん。多分、ううん、絶対大泣きして塞ぎ込んじゃうと思うけど、その時は甘えさせてね?」
今からそんな覚悟も、考える事もしたくはないが、いずれ必ず訪れる別れと悲しみだ。
沢山泣いて、後悔して、落ち込んで。でも、またお友達を作ろうと思えるくらい元気になれるように……
家族みんなに甘えようと思う。
あははは、情けないね私って!
「よし! エネフェアの所へ行くか! ルーもユーネも行くぞ! 仲間はずれにされたと思われるといかんからな!」
「そいつはやばいな……。それじゃ、行くか! どうせならその足で町にでも行くか? みんなでさ」
「いいわねそれ! 家族みんなで町に行くなんて滅多に無い事だし、たまにはいいわよね!」
「うん! なんか凄い大問題になりそうな気がするけど、今日はいいや! 行っちゃおう!!」
今回でこの話、終わりに見えるだろ。
ウソみたいだろ。
まだ続くんだぜ。
これで……
すみません。お別れのお話はまだまだ続きます……
しかし、ちょっと前に100話行ったと思ったら、もう110話です。
これがキングクリムゾンの能力か……