その104
「ただいま母様ー!! ナナシさん治ってたよ!! やったよ!!! ……とうっ!」
執務室に駆け込み母様に報告。
嬉しさを留めておく事ができないので飛び付いてみた。
「きゃっ! っとと……。こーら、シラユキ? 急に飛び付いて来るなんて危ないわよ? 私としては嬉しいのだけどね。ふふふ、可愛いわこの子……」
「えへへへ、母様大好きー……」
母様は私を叱りながらも優しく抱き留めて撫でてくれる。
ああ、幸せすぎる。
ナナシさんの体も治り、母様に抱きついて喜びを表現。
私の幸福度が有頂天になった。この喜びはしばらくおさまる事を知らない。
「よかったわねシラユキ、本当に。でもね、ノックも無しに部屋に駆け込んでくるのはいけないわ。飛び付いて来てくれるのも嬉しいけれど……、はしたないわよ?」
「あう……、母様ごめんなさい……」
テンションを上げすぎてしまって怒られてしまった。もっとお姫様らしくしないと駄目だね……
「でも可愛いから許しちゃうわ! シラユキはまだ子供だし、話半分程度に聞いておけばいいわよ」
やはり母様だった!!
そうだよね、まだ子供だからいいよね!!
「うーん、可愛い……。ねえカイナ、もう今日はお休みにしちゃいましょう?」
母様は、自分の膝の上で全力で甘える私を見てお仕事のやる気が無くなってしまった様だ。
「そういう訳には……、明日の仕事が増えるだけですよ? はあ……」
カイナさんが、またか……、と言いたそうに溜息をつく。よくある事なんだろうか?
確かに母様ってちょくちょく私の顔を見に、と言うか、私を可愛がりに来てくれるよね。
まさか……、それってお仕事が終わったんじゃなくて、私を可愛がりたいから途中で逃げ出して来ているのだろうか?
母様に甘やかされるのは嬉しいけど、カイナさんたちに迷惑を掛けているとなると……、複雑だ。
「カイナが女王にならない? 私はこの子を可愛がるお仕事に就きたいわ……。私、貴女なら問題ないと思うの、どうかしら?」
「むむむ無理ですよ! 大問題ですよ!! いきなり何を言うんですか!! 姫様からもお願いします……」
母様のいきなり過ぎる発言にカイナさんもビックリだ。私に助けを求めてきた。
「私から? いいよ? カイナさん女王様のお仕事頑張ってねー!」
「はい! 頑張ります!! ……あれえ!? 姫様ぁ……」
「この子ったら……、可愛すぎるわ」
「あはは! 冗談だよカイナさん。ごめんね? もうちょっとだけー……」
ここしばらく母様と姉様にいつも以上に甘やかされてたからね、ちょっと離れると寂しく感じてしまうようになってしまった。
またすぐに慣れるとは思うけど、甘えられる時は全力で甘えにいくのだ。
「凄い笑顔だぞ、バレンシア。珍しく油断し切っているな」
ん? 今の声はクレアさん?
わ、ホントだ、シアさん満面の笑顔だ……。でも、そう言うクレアさんこそ、珍しく分かりやすい笑顔だ。
「貴女の方こそ鏡をご覧なさい。まったく、姫様にからかわれるカイナを羨ましく思ってしまいますね……」
「まったくだ……。また抜け駆けを……!!」
「私は悪くないと思います!!」
何か今日のカイナさんいつもより可愛いな、落ち着いてるし。母様の前だから?
「姫様が悪いとでも言うのですか?」
「え? 私?」
「それとも、エネフェア様が悪いと言いたいのか?」
「あら? 私?」
「すすすすみませんでした!!!」
ああ、どうしよう、面白楽しすぎる! でも、あんまりカイナさんだけ苛め過ぎるのも駄目だね。
母様の膝の上も充分に堪能したし、そろそろ談話室に戻ろうかな。本音を言えばまだまだ甘えたいんだけどね。
名残惜しいが、母様の膝の上から降りる。
「もういいの? もっと座っててもいいのよ? と言うよりもっと甘えて欲しいのだけれど……」
名残惜しいのは母様も同じの様だ。
「ううん。これ以上はお仕事の邪魔になっちゃいそうだし、そろそろ戻るね」
「シラユキを可愛がった後のお仕事は辛いわ……。ねえシラユキ、今日は一緒にお風呂入りましょうね?」
「うん! ふふふふ」
やった! 今日は母様とお風呂だ!!
母様と一緒って言っても二人だけで入るわけじゃないんだけどね。母様も私も、さらには姉様も一人で髪を洗えないし、メイドさんズの誰かが一緒に入る事になるのだ。大体はシアさんだね。
父様と兄様は、それぞれ母様と姉様をお風呂に入れてたみたいだからそういった事も慣れているみたい。凄いね二人とも……
「エネフェア様羨ましいぃ……」
「カイナも一緒に入ればいいじゃない。ね、シラユキ?」
そうだ、今日はカイナさんにお手伝いをお願いしちゃえばいいね。
「うん。今日はカイナさんも一緒に入ろう?」
「え……? ええ!? いいのですか!? ありがとうございます!!」
何でお礼!? そんなに私の裸が見たいのか!! 無いわー……
カイナさんは私を可愛がりたくても怖くてできないって、クレアさんもシアさんも言ってたもんね。たまにはいいよねー。
「くっ! カイナぁ……!!」
「殺気飛ばさないでよクレア!! あなたも一緒にお願いしたら?」
「何? いや、それは、その……」
「クレアさんも一緒に入る?」
家のお風呂なら十人くらい余裕で入れるよ。
「よ、宜しいのですか? ぜ、是非お願いします!!」
「いつもの馬鹿力で姫様の柔肌に傷でも付けようものなら……、楽に死ねるとは思わないように」
「う……、やめておくか……」
シアさんのちょっと怖い脅しに、手加減する自信が無いのかあっさり引いてしまうクレアさん。
「シアさん怖いよ!! 大丈夫だからね二人とも!」
「姫様お優しい……」
「うん、本当にお優しい、素晴らしいお方だ……」
「何を当たり前な……」
「ふふふ。この子は優しくて良い子に決まってるじゃない」
絶賛された! 恥ずかしい!!
何かこの二人って凄く仲良いね? 喧嘩友達と言うか、親友と言うか……。いいな、こういう関係。
確か二人とも三百歳くらいだっけ? 年も近いのかな。私って同年代のお友達は全然いないからね。一番近い年だとエディさんかな? でも種族が違うし実年齢は当てにならないね。
エルフで一番年が近い人はえーと……。成人はして無いけど見た目はもう完全に大人っていう人しかいないね……
「クレアさんとカイナさんはお友達なの?」
おっと、馬鹿な事を聞いちゃったかな。友達以前にみんな家族なんだから、仲が良いのも当たり前だよ。
「え? ええ、同い年ですしね。エネフェア様にお仕えするよう子供の頃から一緒に育てられて来たんですよ」
「私は主に護衛として、カイナは内政の補佐としてです。私は戦う事のみなのでお恥ずかしいのですが」
同い年? め、珍しい……
エルフで同い年の人なんていないと思ってたよ。まあ、そういう珍しい事も実際あるんだね。
「クレアは料理が得意じゃない。私は何でも普通にこなせるってだけで、これが得意っていうのは一つも無いし」
「何でも普通にこなせるのが羨ましいんじゃないか。私は料理と剣だけだ」
「その容姿で料理ができれば充分よ。自分がおかしいくらいの美人だって自覚あるの? 嫌味に聞こえるわよ、もう!」
「なっ!? カイナの言えた事か? 何でも出来るなどと嫌味にしか聞こえないぞ!」
あれ? 何か険悪な空気に……?
あ、何か違和感を感じると思ったらカイナさん敬語じゃないね。
いいなー、本当にお友達との会話っていう感じがして羨ましいな。
「その喋り方だって直そうと思えば直せるくせに! ああ、直ったら求婚の嵐ね、羨ましいわ」
「求婚!? わ、私は一生をエネフェア様に捧げると決めているんだ、この喋りは男避けにもいいだろう? そう言うカイナは何度も求婚されてるじゃないか、余裕の現れか? ああ、男とまともに話せないんだったな、悪かった」
「くうう! 痛い所を……。さ、さすが恋人がいる方は違いますね!! その辺りご教授願いたいものですわ!!」
「表に出ろカイナ!!!」
「望むところよクレア!!!」
二人とも勢いよくドアを開き、外へ出て行ってしまった。
どういうことなの……
「ふふふ。相変わらず仲が良いわねあの二人は」
「ええ、まさに親友と言った感じですね。丁度よく休憩の時間ができましたね、すぐにご用意致します」
二人とも今のを見てそんな感想なの? け、喧嘩だよ喧嘩。
「いいの母様? クレアさん凄く強いんだよね?」
クレアさんは冒険者で言うとAランクの上位並、カイナさんは父様が言うにはBランクくらいの強さのはずだ。
あれ? そんな二人が本気で喧嘩したら……? 森が荒地に!?
「ああ、違うのよシラユキ。あの二人はこれ以上ここで口喧嘩する訳にもいかないから場所を変えただけよ。ホントに仲が良い二人だから安心していいのよ? 最初は私も驚いて注意してたんだけどね……、もう慣れちゃったわ」
そう言いながら、また私を膝の上に乗せる母様。
「よくある事なんだ……。喧嘩するほど仲が良いっていうやつなのかな?」
「ふふふ、まさにそうね、あの二人にピッタリ。あ、見に行く? 面白いわよー、あれは。最後の方になるとお互いをどんどん褒めだしてね、二人同時に謝って仲直りするの。もう結婚しちゃえばいいのにっていうくらい仲良いのよ?」
あー、何となく想像できちゃうわ……
「クレアさんは恋人いるんだよね? さっき、その、母様に一生を、とか言ってたんだけど……」
これは聞いちゃいけない事かもしれない。でも、クレアさんが恋人をいることを隠している、いや、バレバレなんだけど、隠したいっていう理由は何なんだろう?
「その事なんだけどね、私も悩んでるのよ。いくら進めても絶対に結婚しようとしてくれないし……。もう命令しちゃおうかしら」
「め、命令しちゃ駄目だよ……。何か理由でもあるの? 結婚できない理由……、あ……、ごめんなさい」
またズカズカと人の心に土足で踏み入るような事をしてしまった……。ナナシさんと同じ様な理由があったらどうするんだ私は!!
「ホントに優しい子ねあなたは。そこまで重い理由じゃないから大丈夫よ。ただね、子供の頃から私を守る、その為だけに育てられて来たのよクレアは。恋人って言うのも本人は男避けの偽の恋人だって言ってたんだけどね。まあ、実際最初はそうだったのよ。でもね、本当に好きになっちゃったみたいで、ん? それも違うわね、多分初めから好きだった筈よね。私には分かるわ」
「け、結構重い理由だよ……。でも、カイナさんも同じ様に育てられたんでしょ? なんでクレアさんだけ……」
カイナさんは男の人が怖いだけで、恋人を作らないとかそういうのじゃなかったよね。直そうとはしてたみたいだったし。
「カイナはカイナで悩みものなのよね……。あの子、もう結婚以前に男の人と話す事も諦めちゃってるし、困ったものだわ……」
「ええ!? カイナさん美人なのにもったいない!!」
美人と言うか可愛らしい人か。それでいて頭が良くて、何でもできて、胸も大きい……、あれ? パーフェクトメイドさんじゃない? シアさんくらい凄いよ!!
「まあ、そんな事はどうでもいい事ではないでしょうか。さ、お二人とも、お待たせしてしまって申し訳ありません。紅茶です、どうぞ」
「シアさんはもっと私以外に興味を持とうよ……」
「バレンシアもあの二人とは違った意味で困った子よねえ……」
「多分メイドさんの中で一番困る人だよね」
「う……、申し訳ありません。ですが私は姫様第一、それはこれからも決して変わる事はありません! ありませんとも!!」
「困りすぎて逆に安心しちゃうよ……」
「ありがとうございます」
「褒めてないからね!?」
でも、安心だね。