その103
「んーと、ナナシさんは来ってるっかなー、っと、いたいた!」
「久しぶりにお友達に会えると心弾む姫様、大変可愛らしいです」
「シアさんうるさーい! ふふふ」
「あー……、シラユキちゃん久しぶりー……、元気してた? 心配してたんだよー……」
「元気無い!? ナナシさんの方がもっと心配だよ!!」
やっと……、ええと、実に約二ヶ月ぶりにナナシさんに会える事になった。
外出許可が中々出なかったり、ナナシさんたちと都合が合わなかったりと、やけに遠回りさせられた気がするよ。
今日はナナシさんだけがギルドでお留守番してると聞いて、急いで会いに来たのだ。
それはもういい、こうして会えたんだからね。問題は今、この状況は何?
ナナシさんはやけに体調悪そうに机に突っ伏している。
さっきの挨拶も顔だけ向けて、手をヒラヒラさせてくれてただけだし……。何があった!!
「ど、どうしたのナナシさん! まさか私のせいで……?」
私の能力で作った癒しの魔法のせいか!? うう……、そんな……
「あー、違う違う、生理痛。シラユキちゃん治してー……」
「なんだ生理痛ですか……、よかった。それは女の人なんですからしょうがないですよ。多分治せますけど、癒しの魔法を使う事は止められちゃってて……」
今日また使おうとしたのなら、シアさんに即座に強制送還させられる事になっている。
でも、優しいシアさんのことだから、軽く、少し使うくらいなら見逃してもらえそうだけどね。
「えー……。だるいよー、お腹痛いよー……。癒しの魔法とか軽く言っちゃう辺りが何と言うか、シラユキちゃんだねえ……」
どういう意味よ!
でも、よかった、ただの生理痛で。勘違いしちゃったじゃないまったくもう……
「痛み止めの魔法薬は使われないのですか? この町の調薬ギルドで売っていると思いますが」
あ、そんなのあるんだね。魔法薬は全然知らないし、今度本でも読んでみようかな。癒しの魔法のイメージの底上げになるかもしれない。
「んー、あれはそこまで安くないしね、高くも無いけどさ。どうせ毎月の事だから、慣れないとねー……。だるいよシラユキちゃーん」
「あはは。私はまだですから辛さは分かってあげられませんけど、辛そうですねー」
前世の知識として結構辛かったっていう記憶はあるね。私の場合はどうだっただろう……、お、思い出せない……
「治してもらっておいてなんだけどさ、これはつら……、あ! ごめん!!」
「え? え? な、何がですか?」
急に元気になって謝られてしまった。一体何のこと?
「この痛みも本来は喜ぶべき事なんだよね。本当にありがとう、シラユキちゃん。あたし、子供作れるようになったみたいだよ。思いっきり気づいてなかったっしょ?」
「ああ、言ってしまいましたか。姫様がいつご自分で気づくのかと楽しみにしていたのですが……、今回は良しとしましょう。おめでとうございます、ナナシさん」
ん? え? 子供作るとか恥ずかし……い? あああ!!!
「治ったの!? 治ってたの!? そうだよ! 生理痛で普通は気づくよ!! シアさんも言ってよ! あ、ナナシさんおめでとう!! よかった! よかったー!!!」
ななななな治ってたー!!!
やった、やった! 駄目だ、嬉しすぎて他に言葉が出てこない。とりあえず、バンザーイ!!!
「可愛すぎる……。メイドさん、抱き締めちゃ駄目?」
「死ぬ覚悟で、と言いたいところですが、姫様の許可を取ってからにしてくださいね」
シアさんも嬉しそうな笑顔だ!
ああ、テンションが下がらない! 抱き締める? OKOK むしろこっちから抱き付くよ!!
「ナナシさーん!! よかったね!! 私も嬉しい! すっごく嬉しいよ!!」
椅子に座ったままのナナシさんに飛びつく! はしたないなんて言ってられない!!
「ひゃあ可愛い!! いい匂い! 舐めたい!! もう痛みもだるさも全部飛んだよ! これこそ本当に癒しの魔法だね!!」
「舐められる!? でも今日はそれくらい許せちゃいそう!!」
「姫様の笑顔はまさに万能薬と言ったところですか。ちょっと羨ましすぎるのでナイフを投げてもいいでしょうか?」
「メイドさん笑顔が怖い!! もうちょっとだけー!」
さらに抱き締める力を強めるナナシさん。
「よかったー! よかった、よかったよう……」
「あ、あれ? ちょ、シラユキちゃん!? め、メイドさんどうしよ。泣いちゃったんだけど……」
「暫くそのまま泣かせて差し上げてください。泣くほどの嬉しさ、安心感があったのですよ。まったく、ただの冒険者にそこまでのお心入れをなさるとは……。本当に姫様はお優しい方ですね」
よかった、本当に、本当によかったよ……
「ご、ごめんなさい泣いちゃって。恥ずかしい……」
暫くナナシさんに抱きついて泣き続け、ようやく涙も落ち着いた。
私が泣いている間、困ったように頭を撫で続けてくれたのが嬉しかった。
くう、ナナシさんの前で大泣きしちゃったよ。他の冒険者の人にも見られちゃったし、恥ずかしすぎる……
「いいよいいよ、あたしも嬉しい。実際初めて生理来た時はあたしだって泣いたしね、ラルフもエディも自分の事みたいに喜んでくれてさ。そのせいかちょいと過保護になった気がするんだけどね。それはそれで嬉しいからいいんだけどさ。ふふふ」
あれから二ヶ月経ってるし、二回目かな? ああ、生理痛のおかげで今日はお留守番だったのか。宿で休んでてもらえばいいのに……、ん? ギルドはミランさんがいるから安心なのかな。
あ、そうだ、これは聞いておかなきゃ。
「体の方はどうですか? 他に、何か変わっちゃった所とかあります?」
最大の悩みは消えたとしても、そのせいで他の所にに異常が出ていたらいけない。これはしっかりと確認を取っておかなければね。
「ん、悪くなったっていう所は無いよ、安心して。むしろいい事ずくめ。いやー、肌つるっつるよこれ!! ミランさんに羨ましそうに触られまくったし、ラルフに抱かれてるときも、おっと……」
また何か危険な事言おうとしてたな……。まあ、そのー、ミランさんラルフさんにも大好評だったという事で……
「よ、よかったですね……。体の表面だけ癒せば美肌の魔法として使えるのかなこれ……。シアさん?」
「ええ、そうだと思いますよ。姫様らしく、とても優しい素晴らしい魔法ですね。ですが」
「うん、大丈夫、使わないよ」
怪我人が出ないと練習もできないしね。ん? 手荒れを治すくらいならいいんじゃないのか? フランさんに今度こっそり使っちゃおう。
「私の前でお願いしますね! まったく、姫様は懲りないんですから……」
「いきなりバレた!!」
さ、さすがシアさんだ。でも使っちゃ駄目って言わないところが優しいよね。
うーん、シアさん大好きだ!
「あはは。美肌の魔法かー。ミランさん喜ぶんじゃない? さっきから聞き耳立ててるよあの人」
ナナシさんの言葉に指差す方へ顔を向けてみると。
興味津々という顔のミランさんと目が合ってしまった。
お互い気まずく、照れ笑いで軽く会釈をし合う。
「ミランさんも、こっち来る?」
「行きます行きます!!」
パタパタと嬉しそうにカウンターから出て来るミランさん。やっぱりミランさんは行動が可愛いな……
「早速お願いします!!」
「森に住む権利を得た早々に命を散らすおつもりですか?」
「ごめんなさい!!」
「あはは。ミランさんそんなに肌荒れてしてるの? そうは見えないんだけどなー」
パッと見た感じ、んー、肌綺麗だよね? 表面には見えない所か? うーん、謎だ……
「でもさ、ミランさんはお菓子の食べ過ぎなんだと思うよ?」
「えっ? そ、そうなんですか?」
「うん。一日一回おやつの時間にならいいと思うけどね、ミランさんいっつもポリポリ何か食べてるし……。それに、太っちゃうよ?」
食生活の乱れはお肌の乱れと直結してるからね。それにお菓子は太りそうだ、女性は特に気をつけないといけないんじゃないかなー。
「私はあまり太らない体質らしいのでつい……。でも、もう癖の様なものになっちゃってますし……」
「姫様、ここはミランさんのためにも」
「うん、強く言ってあげるといいよ。食べても太らないとか許せないよ……」
ナナシさんは凄くスマートな体してるよね。日頃から気を使ってるのかな? 冒険者は体が資本なんだしね。
冒険者という事を抜きにしても、女性として太らない体質というのは羨ましく、そして許せないものなんだろうね。
私もそうだとは言わない方がよさそうだねこれは……
いけないいけない、また考え込んじゃってたよ。とりあえずミランさんへの判決を下さなければね。
「よし、ミランさんはしばらく間食禁止!!」
「そんな! シラユキ様!! どうかお許しを!!」
おやつ抜きはさすがに堪えるのか、必死に許しを請うミランさん。
「ほう……? 王族の、いえ、姫様のお言葉に従えないと?」
わざとらしくナイフをチラつかせるシアさん。
「わわわわ分かりました!! うう……、でも、美肌のためよ……!!」
「そうそうその意気だって。ミランさん今でも充分可愛いけど、もっと可愛くなればきっと恋人もできるってもんよ?」
ナナシさん上手い!! ミランさんの目標に上手く繋げたね。
「が、が、頑張ります!!!」
「ふふふ、頑張ってねミランさん!」
やはりミランさんだった! この人にはこれが一番効くわ……
「あ、忘れてた。悪かったというか、ビックリした事があったのよ。これはシラユキちゃんの魔法の効果で間違いないよ」
「ええ!? ごめんなさい! ど、どうしようシアさん……」
「落ち着いてください姫様。ナナシさんは驚いただけですよ?」
「うんうん。言い方が悪かったかな? まあ、確かに痛かったんだけどね。考えようによってはいい事かもしれないし」
「痛かった? 体を癒す魔法の筈なのに? ちょっとナナシさん、はっきり言いなさいよ。シラユキ様泣かせたら私も怒るよ? 刻まれたいの?」
「うぇ!? 怒らないでよミランさん。やっぱこの人可愛いけど怖いなあ……。事が事だけに、あ、場所が場所だけに、かな。シラユキちゃんに言っていいものかちょっと悩んでるんだけどね」
「ああ、なるほどなるほど。ふふふ、どうぞ、今日くらいはいいでしょう」
「むむむ、シアさんはもう分かっちゃったんだ?」
「あ! あ、あー……。シラユキ様は聞かない方がいいのではないかなーと……」
「ミランさんも分かったの? むう、教えてよナナシさん。調子悪そうだったらまた治すから」
「ちょ! また治すのは勘弁して!! 痛いのよあれ? まあ、シラユキちゃんには、あ、ミランさんも分からないか」
「う、うん……。まあね、そうなんだけどね、いずれは経験するわよ!」
痛い? 経験? 場所が場所だけに? 私には、言っていいものか悩む? ……うわあ!!
「あれよ、シラユキちゃん。しょ」
「やめて!!! なんかもう! ごめんなさい!!!」
シアさんとナナシさんのタッグにからかわれまくってしまった。
いつもならナナシさんの言動を窘めるシアさんだが、今日ばかりはあまり怒るようなこともせず、むしろ結託して私を、さらにミランさんをからかいに来ていた。
やっぱりシアさんもナナシさんの体が治った事は嬉しいんだよね。ツンデレだよねこの人。
ナナシさんの膝の上に座らせてもらったり、デレ成分多目のシアさんを見ることもできた。
さっきのナナシさんの言葉じゃないけど本当に今日はいい事ずくめだ。からかわれるのも良しとしようじゃないか。
でもね?
「ナナシさんって……」
「いやー、やっぱ柔らかくていい匂いだねシラユキちゃんは。今なら舐めても怒られな、うん? 何?」
「ナナシさんってちょっと汗臭いですよね」
「うぇ!? お姫様にそう言われるとさすがにショックなんだけど……」
「ふっ、ふふふ……。し、失礼」
「あははは。やり返されちゃったわね、ナナシさん」
ちょっとくらいやり返したっていい筈だよね。ふふふ。