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102/338

その102

 いつもより五割り増しくらいの過保護も今は鳴りを潜め、ん? 五割で済むのかあれは……? まあいいや、とにかくまた、変わらない日常が戻ってきた。


 あれからナナシさんについての連絡は特に何も来ていない、そろそろ一月も経とうというのだが……。やっぱり治らなかったのだろうか? うーん、残念だね。

 曖昧に全部治す、というイメージがいけなかったのかな? でも体のどこが原因になってのことなのか全く分からない。多分あの方法しか無い筈だ。


 むう……、魔力を使い切って、気を失って三日も寝込む程の魔法の効果が美肌効果とは、ちょっと納得いかないぞ……

 いや、女性からして見るとそれほどの効果なのだけどね。だって美肌よ美肌。私はまだ子供肌だし、ツルツルすべすべ卵肌っていう感じなのでまだ気にはならないが……、うん? もしかして私は一生肌荒れと縁の無い、一生美肌でいることのできる方法を手に入れてしまったのではないだろうか? あれ? 凄くね?


 ナナシさんの体の細かい生傷や、古い傷跡なんかも全部治ってしまったみたいだし、それはそれでよかったのかもしれないね。女性に傷跡なんてあって欲しくは無いからね。

 そう考えると、損をした、納得いかない、という考えは捨てられそうだ。うんうん、純粋によかった、と思えるね。


 おっと、考えを戻そうか。方法はあれしかないとなると、だ。

 イメージはあのままでいいとして、問題は私の魔力量なのか? そうなると現状どうしようもないんだけど……。いきなり手詰まりだよ。

 魔力の総量は年齢を重ねる事でしか増えていかないんだよね確か。初期値や増えていく量の個人差はあると思うが、いきなり劇的に増やす、なんて事は無理に決まってる。私の能力を使ったところでもこればかりは何ともなりそうに無い。






 ぐぬぬぬぬ……


「考えてもしょうがないか……、本の続きを読もっと」


 ぐるぐる回る考えをやめ、『家庭の医学』、と、どこかで聞いたことのあるような本に目を戻す。


「何かお悩みですか? 姫様。お一人で考え込む様なことはなさらずに、遠慮なく私たちにお申し付けくださいね」


 さすがにここまで長く考えるとシアさんでも読み切れないみたいだね。何か悩んでいるっていうのは簡単に分かってしまったみたいだけど。


「んー、今はいいや。ありがとねシアさん」


 現状どうしようもない、という事で答えは出てしまった。いくらシアさんでも私の魔力を増やすなんて事はできる訳無いしね。できないよね……?

 い、一応聞いてみるか? だってこの人、シアさんだよ? メイドさんだよ?


「そうですよね……、私なんて何の頼りにもなりませんよね……。しくしく……」


「しくしくはっきりと口に出して泣く人はいないよ!! もう……、シアさんでも私の魔力の総量を増やす、なんて無理でしょ?」


「え、ええ……、申し訳ありません」


 謝られちゃった!!

 シアさんは私の力になれない事を本気で悪いと思っちゃうんだよね。


「謝らないでよ……。誰にだって無理だよそんな事」


「魔力の総量を増やす、というのは確かに無理な相談なのですが、魔法の使用回数を増やすことはできるのですよ。こちらではどうでしょうか? 根本的な解決策と呼べるものではありませんが……」


「へ? どういう事?」


 使用回数を増やす? ああ、同じ様な効果を持つ、それよりも魔力消費の少ない魔法を考えるのか。

 ナナシさんの体を治す場合は、体全体ではなく、原因となってる部分を治すイメージにするとか、かな? やっぱり無理じゃん!!


「一言で説明すると、慣れですね」


「な、慣れ? え?」


 どうやら全然違う話みたいだね。

 よし、今日の読書はここまで。詳しく聞かせてもらおうかな。




 分厚い本を閉じて、横にずらし置き、シアさんと向かい合う形に座り直す。

 メアさんとフランさんはつまらなそうにしてるけど、ごめんね。これは今必要な、本当に大切な事だと思うんだ。


「以前にも少しだけお話しましたよね、魔力運用の効率化についての事です。また少し簡単に説明しますと、何度も同じ魔法を使い、イメージをより強く固めることにより、それまで以上の効果と魔力消費の効率化が成されるんです。日常的に使う魔法の魔力消費量が少ない理由はこれですね」


「ん? あ、えーと、慣れないうちは魔力の消費が多いっていう事?」


 言いたい事は何となく分かる。でも、魔法ってそんなものなの?


「はい。分かりやすい例を挙げてみましょうか。キャロが持っていたあの鉄塊、魔法で動かしていると説明しましたよね。操作系の魔法は特に魔力の消費が激しい、それは姫様にも何度もお教えしたと思います」


「あ! そうだよ! キャロルさん、あ、ラルフさんもそうだった。ラルフさんは背負ってても違和感が少ないけど、キャロルさんは絶対魔法がないと潰れちゃうよ!」


 大剣に潰されてもがいているキャロルさんを想像してしまった……、可愛い。


「私がキャロに初めて出会ったのは、……あの子がまだ今の姫様くらいの子供の頃ですね。自分の何倍もある岩を投げて遊んでいたんですよ」


「なにそれこわい!!」


 どんな遊び方よ!? がんせきおとし? どこのバトルマスターよ!?


「ふふふ、続けますね。あの子は特に、別段力が強い、という訳でも無いんですよ。どちらかというと弱い方でしょうね。それはあの見た目から分かると思います」


 キャロルさん小さいもんね、小さくて可愛いもんね。手足も細かったし、力が強いとは誰がどう見ても思えないと思う。


「もうこれは才能としか言い様がありませんね。物体を動かすという魔法に関しては、恐らく大陸中探したところでキャロ以上の使い手は見つからないでしょう。ああ、流体に関してはコーラスさんにはるかに多く分があります、あの方もまさに天才としか表しようが無いですね。と、すみません、話が逸れましたね。あの子、キャロは子供の頃から日常的に操作魔法を使い、生活して来ているんですよ。その長所を伸ばすために手足に重りを付け生活させ、こほん」


 やはり手足に重りを付ける修行方法は、こちらでも一般的なものなのかな。いや、どんな形状の重りかにもよるね……

 一瞬手足に鎖で鉄球を繋げられたキャロルさんが頭に浮かぶ。……い、いやらしい……。しかし、シアさんのことだし、普通にありえてしまいそうなのが怖い。


「な、なるほど、半分くらいはシアさんのせいなんだね。コーラスさんも本当に凄いや……。でもさ、あの大きさの武器二つだよ? 普段持ち歩いてるだけでもそれなりに消費してるんじゃないの?」


「姫様が使う明かりの魔法、魔力を消費した気はします?」


 質問を質問で返されてしまった。

 でも怒らないよ。爆弾魔やマフィアじゃあるまいしね。


「ううん、全然……、え? さすがにそれは、嘘でしょ?」


「本当の事ですよ。あの巨大な質量の武器二つを振り回す事の魔力消費より、魔力の自然回復量の方がそれを上回っている、という事なのでしょう。恐らくキャロは自然回復量も多いのでは、と思いますが……、それは測りようがありませんね」


「う、嘘だー……。でも、そうでも言わないとあの大きさには納得できないよね……。キャロルさんって私が思ってるよりも、もっともっと凄い人だったりするのかな?」


 私には、可愛くてすっごく強い人、としか……


「Aランク最上位の二つ名持ちの冒険者ですよ? む、姫様には分かり難い表現でしたか……。姫様はまだ操作系の魔法は数える程しかお使いになられてないですよね。そうですね……、一度あの武器のどちらかと同じくらいの重量の物体を魔法で動かしてみては如何です? 今の姫様では三秒持つかも怪しいところだと思いますよ」


「三秒どころか多分持ち上がらずに気絶しちゃうと思うよ……。またみんなに心配掛けるのは絶対嫌だし、それはやめておくね。ラルフさんも凄いんだなー……」


 キャロルさんのと比べると何倍も軽い武器だとは思うんだけど、2mくらいある両手剣だしね。かなり重いんじゃないかなあれも。


「ラルフさんの場合は実際に手に取り、動き回る、振るう、という二点に関してのみ使われているようですね。さらにラルフさんは、両手剣以外を魔法で動かす事は苦手らしいですよ?」


「え? なんで? 同じ操作系の魔法だよね」


「イメージのし易さの差でしょうか。ラルフさんは両手剣を動かす事に関してのみの才能の様ですね。人間種族ですから魔力の総量もそこまで多くは無いだろうと思いますし、やはりCランク止まりなのではないかと」


 なるほどなー。魔法の強さ、使いやすさは、その人、実際使う人の生活環境によって大きく変わってくるんだね。これは面白い事を教えてもらっちゃったな。


「うーん、シアさん凄い! ありがとね!!」


「い、いえいえ、どういたしまして。あああ、なんて可愛らしい……。ちょっと失礼しますね」


 シアさんに優しく撫でられる。ふふふ。

 私は甘やかされてる日常だから、甘やかされる事に特化した魔法が……、無いよ!!!




「でもさ、姫が使いたいのって癒しの魔法だよね? それを日常的に使うってのは無理なんじゃないかな」


「私の指先の包丁傷も態々魔法で治す程のものじゃないからねー、確かに無理そうだねそれは」


 話が一段落したのを感じて、メアさんとフランさんも会話に加わってきた。


「母様も魔法頼りになっちゃうから簡単に治しちゃいけないって言ってたもんね。中々上手くはいかないものだねー」


 本当に上手くいかないものだ。

 私が珍しくやる気を出して練習しようと思う魔法ほど、その練習方法が無いというのは……


「簡単に練習できますよ? 例えば私がこのように」


 左手にナイフを作り出し、右手の平へ近づけるシアさん。


 !?


「駄目!!! 絶対に駄目!!!」


「ひ、姫様?」


 ななな、何をしようとしてるのよこの人は!!!


「そんな事したら絶対に許さないからね!!」


「シア、さすがにそれは無いよ……」


「んー、今のは無いよね。エネフェア様には黙っておくから二度と考えないようにね。私らも怒るよ?」


 メアさんフランさんも怒っている。怒るのも当たり前だよ。


「え? あの……、申し訳ありませんでした……」


「つ、次にまたやろうとしたら、いくらシアさんでも絶対に許さないんだから……」


 あ、涙が出てきちゃったよ。驚きすぎたかな……


「姫様!? しません! 絶対に致しませんから!! ああ……、本当に申し訳ありません……!」


 慌てて私を抱き締めるシアさん。

 私たちが怒った理由、分かっているのかな……?






「まあ、シアはさ、元冒険者だし、ちょっとした切り傷なんてどうって事ないんだと思うけどさ……。包丁傷と自分でナイフで付けた傷、しかも姫のために傷付けるなんて事は……、全然重さが違うよ」


「シラユキはその包丁傷でも心痛めちゃう子なんだよ? それはアンタが一番よく分かってるんじゃないの? ……あ、ごめん、ちょっと興奮しちゃったわ」


「そう、ですね……。私の考え足らずでした、すみません……。フランが謝る事は何一つありませんよ」


 シアさんが責められてる……。珍しい事だからもう少し見てみたいけど、そろそろ止めに入らないとね。


「いつも心配ばっかり掛けちゃってる私の言える事じゃないけど、シアさんも無理しないでね、ホントに」


「姫様がナナシさんに思わず能力を使ってしまったお気持ちが分かりました。自分にできてしまう事は了解を得ずともついやってしまうものですね……。姫様、愚かな私をどうか、お許しください……」


 深々と頭を下げて謝るシアさん。


「わわわ、あんまり自分を責めないでね? 明らかに私の方がもっと色々やっちゃってると思うし……」




「ここで強く出れないのが姫のいい所だよね」


「悪い所じゃなくて? んー、確かにいい所かな」


「姫様に悪い所などある訳が無いでしょう」


「あれ? もう息ぴったり仲直り? いいけどさ……」




 この三人にはいつも笑顔でいてもらいたい。笑顔で私を甘やかして……、こほん。







感想欄で100話おめでとうコメントを沢山頂いてしまいました。

本当に嬉しいです。ありがとうございます!!

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