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様々な年齢  作者: 春馬令
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【勝ち組】と【負け組】

 それにしても……世界って、本当ぉに。

「不平等だなぁ~」

春の穏やかな午後。社会人になれず仕舞いの俺、福田 海(ふくだ かい)、22歳。

 高校受験も第一希望にすんなり入りこみ、大学も浪人なんてせずに済んだ。成績も上々。特に苦労もせず、周りに流されて生活していた。それだから今が後悔の嵐だ……! 

 就職活動も周りと一緒に、自分の大してやりたくもない仕事場を選んだ。そうすれば、面接のときにやる気は周りに劣る。

 ここまでの解説も、自分を第三者目線で観れている、なんて格好着けながら言えば楽だ。

「ハァァァァァ……」

何にでもやる気を見せられない。本心から頑張っていないから、できない。そんな生活を、22年も続けていたのか……。

「仕事、仕事……って、今更ねぇよな」

親が送ってきた求人雑誌に手を伸ばし、引っ込める。

 でも、本当に何もやっていなければ、大学に通うために借りているアパートともお別れをしないといけなくなる。親の仕送りもいつまで期待していいか目星もつく。もって、2ヶ月ってところだ。就職活動を失敗した息子に、早くから「帰ってこい」なんて言える親の方が珍しいだろうけど。

「リモコンは……っと」

気晴らし、というかただ単に現実から目を反らすだけ、というか。

「……」

面白くもないテレビのバライティ。最初は新鮮味があって楽しかったが、毎日同じ番組が続く午前中に、真新しい番組が誕生する方が珍しい。

「福田さ~ん!」

玄関の外から、声が聞こえる。チャイムがどの家庭にでも付いてあるだろう現代で、こんなアナログ的な方法で俺を呼ぶのは、1人しかいない。

「なんだよ?」

見るからに不機嫌を装って、歓迎できない客人、高嶋 信行(たかしま のぶゆき)、22歳を出迎える。

「なんですか、その顔? 具合でも悪いんですか?」

てめぇのせいだっての……!

「うるせぇよ」

「まっ、いいか」

自分で聞いたんだろうがっ。コイツと絡んでいる時ほど無駄な体力を使っていると感じるときはない。

 とは言うものの、信行も俺と同じ【負け組】の1人だ。大学での勉強も、単位ギリギリで通過したが、コイツは就職活動もほとんどしなかった。だから、後悔も俺より少なくて、ノホホンと暮らしている。

「で、何だよ?」

嫌な表情を崩さないまま、俺は用件を聞く。

「それがですね、今日、午後から時間ありますかね?」

「それを俺に聞くか? 有り余ってるっての」

大人としてそれは不味いと感じているが、事実だ。

「だったら、コンパ行きませんか?」

「はぁ?」

俺は、鏡を見る必要もないマヌケ面を見せた。

「いや、どうですか?」

コンパ、か。大学の時は何回も参加したが、元々恋愛をしたいと思う願望も少ない俺にとって、それは暇つぶしにすぎなかった。

「別に、いいけど……。誰来るの?」

行くと決まれば、そうなる。

「俺と福田さんです! 後、女の子が2人」

「少ないだろ……」

「いいじゃないですか。暇なんでしょ?」

人数も少ないし、コイツと2人だけなんて、不安要素が大きいが、どうせただの暇つぶし。熱も上げないし、どうでもいい。

「分かった。どこで集合だ?」

俺は簡単に終わらせようと必要なことだけを聞く。

「え? このまま福田さんの家で時間潰そうって考えてたんですけど……」

「またかよ?」

「はい」

俺の嫌味なんぞ興味がないのか、信行は頷く。まぁ、今までも、その方が多かったが。

「つーかさ……」

「なんですか?」

「タメなんだし、敬語止めろよ」

俺は、いつもの台詞を言う。そう言うと、信行も考えているのか、いつもと同じ台詞を返す。

「嫌です。だって俺、敬語が好きなんですもん」

「どんな理由だよ」

本当に、考えていることがわからない。だけど、それ以上に興味を持つと面倒だ。疲れるし。

「お邪魔していいですか?」

信行が部屋を指して言う。そーいや、ずっと玄関で話していた。これじゃぁ、不振がられても仕方がない。

「仕方ねぇな。入れよ」

俺は奥に動き、信行が入れるスペースを作る。

「お邪魔しま~す」

全くお邪魔とは思っていない口調で、信行は入る。

「適当に座れ」

つい、命令口調になる俺の癖も知っている信行は、何も文句を言わずに座る。

「あっ、|この娘≪このこ≫、可愛いですよねぇ」

ついていたテレビのゲストを見て、信行が笑う。今映っているのは、俺たちとは何も関わりもないし、年齢も7歳も下の少女だ。俺のストライクゾーンには掠りもしない。

「そうか? 俺は、タメが好きだな」

正直な感想を漏らす。

「俺は、バリバリのロリコンですよ? 俺にとっちゃぁ、なんでタメがいいのかなんて、分かりませんよ」

ロリコンなんて、自分で宣言する変態なんだ、コイツは。

「で、何時開始なんだよ?」

俺は身支度を済ませてどこか外で時間を潰そうと考えた。信行と一緒に俺の部屋にいても、退屈な時間が過ぎていくだけだ。

「えっと、12時30分です」

「は?」

この反応が、一番正しいと思う。だって、信行は『午後』と言った。午後と言えば、夜、つまり『7時以降』を指す。それなのに、12時30分か。

 身支度を済ませれば終わるな。

「分かった。すぐに出るぞ」

「えぇ!? なんでですか? 後1時間もあるじゃないですか」

信行は文句を漏らす。

「馬鹿。お前のことだ。どうせ、今から言っても遅いんだろ?」

俺が見通しを立てて言うと、信行は指を振った。

「大丈夫ですよ。今日の場所は、ここから徒歩で30分ですから」

徒歩で30分て……。徒歩で行く気かよ、こいつ? そりゃ、車は持ってないけど、電車を使おうとも考えないなんて。

「電車、使う」

「あっ……そうですね」

あっ、って、今思いだしたのかよ……。

「福田さん。今日の女の子、かなりの成金ですよ」

信行の目が『金』になっている。

「ようするに、【勝ち組】か」

「そうですね~。俺たちから見りゃ、そうなります」

はぁ。一番この日本を支えなければいけない俺たちが【負け組】で、女が【勝ち組】かよ。日本も変わったな。いや、俺たちが負けたのが悪いのか。

「じゃ、いくぞ」

俺は、財布とケータイを持って、信行を誘う。

「は~い」

俺が出て、信行がでる。そんで、俺が鍵をかける。本当は、こことは3月末で離れる予定だった。就職していれば、自然と給料も出るし、もう少しマシな、アパートじゃなくてマンションにも住めただろう。それもこれも、俺という性格のせいだ。

 世の中は、不平等だ。

顔が格好良ければ、芸能界。入れなくても、学生時代は女を連れ回して有意義に過ごせるだろう。少し何かが劣っていたって、気にも留められない。

 勉強ができれば、できるように努力をすれば、大人たちからはチヤホヤされる。勉強ができれば自然とレベルの高い高校、大学に入って、就職も有利になる。

 親が金持ちなら私立の幼稚園から通って、小学校、中学、高校、うまくいけば大学って、エレベーター。親が社長ってんなら、その会社を継いで、そこまで好きでもないが、良い女と結婚。一生安泰だ。

 今まで出した何等かの【勝ち組】要素がなくても、才能があって、それを開花できる状況にあったら、目立つ。少なくとも、俺よりは【勝ち組】に入る。

「どうしました?」

全く話をしない俺に気を使ってか、信行が俺に声をかける。

「いや、なんでもない」

【勝ち組】の要素について考えていた、なんて、死んでも言えるか。

「駅、こっちですよね?」

「あ、うん」

少なくとも、自分を完璧な【負け組】と感じていない時点で、俺よりも信行は【勝ち組】だ。それで、俺も、世界の誰かよりは【勝ち組】。本当に底辺の人間なんて、1人しかいない。

「もし、女の子が、誘ってきたらどうします?」

「そんな時間でもないだろ」

信行は本当に楽観的だ。こんな昼間から、そんな雰囲気を出そうとする女なんて、いても少数派だ。

「いいじゃないですか。考えるくらい。……俺だったら、行きますね!」

信行が自信満々で言う。

「行くって、自分から誘うか、女が?」

「いるかもしれません。俺は、少なくとも信じてます」

「幸せ者め」

俺は、ボソッと、信行にも聞こえないくらいの声量で言った。

 目的地、つまりコンパの会場だが、それは最寄の駅から2つ目。東口を降りて、徒歩2分の大手チェーンの居酒屋。この時間から開いていることには驚いたが、開いている事実があるんだ。驚いても、飽きる。

「少し、早いですね」

当たり前だ。本当は徒歩30分のところを15分で着いたんだ。だが、早い分には構わない。

「いいだろ。ほら、入るぞ」

俺は、ドアを開けた。ガラガラと音を立てて、中に入る。居酒屋とは言っても、ジジイたちが馬鹿みたいに飲んでいるような場所じゃない。ちゃんと客席があって、間がいくつもある。

 席は、6人の客席だった。俺が奥側で信行は廊下側に座った。何かを頼もうにも、まだ全員揃っていないから始められない。

「もうそろそろですよ。今、パーキングに入れたって掲示板に書いてありました」

「年上かよ」

俺としては、信行がコンパをセッティングするくらいだから、俺たちより年下、よくてタメかと思っていた。……それにしても、自分より年下で自分よりも【勝ち組】とは、良いご身分だ。

「う~ん。半分正解の、半分不正解です」

信行が困ったような顔をして言った。

「1人は、年上で、もう1人は年下です」

「そういうことか……」

俺は納得して、頷いた。

「お待たせしましたぁ」

横から、高い声が聞こえた。見るからにキャリアウーマンの雰囲気の2人。だけど、どっちが先輩後輩なんてものは分かる。

「こっちで~す」

信行は緊張していなのか、いつもと同じテンションで話をする。

 2人が座ったところで、何を見計らったのか、お通しが来た。普通の、何か分からない煮物だ。

「じゃ、まずは自己紹介といきませんか?」

自然と、信行が進行役になった。

「まず俺から。名前は高嶋 信行で~す。趣味は、特にないです。年は22歳! よろしくです。じゃぁ、次は、俺の親友の、福田さん!」

信行に自己紹介をしなければいけない空気にされた俺は、相手を悪い気にさせない程度の簡単で自分を教える自己紹介を行った。しかも、その時には笑顔を絶やさず、楽しいという雰囲気を自分でも出すことを忘れずに、だ。

「名前は福田 海です。うみって書いて、かい、ね。信行の敬語は趣味らしいので、悪しからず」

最後に付け足した、意味もないように感じる文面は、遠回しに『俺が強要して使わせてはいない』ことを言っていた。

「じゃ、続きまして、レディースさま! お願いします」

信行、このテンションで今日乗り切れるのか? 俺は横目で信行を見ながら少し笑った。

「私から、自己紹介しまーす。私は、美那子先輩の後輩で、21歳の山沢 藍(やまさわ らん)でーす。高卒ですけど、一応は仕事してます」

高卒? 信行の説明によれば、この2人は成金のはずだ。そして、今の山沢と名乗った女の紹介によると、高卒。高卒で大卒の俺よりも【勝ち組】になるなんて……! やっぱり、この世は不平等だ。

「ではでは、美那子先輩っ! よろしくです」

敬礼のようなポーズで、山沢という女が俺の真正面に座る女性に対して言った。

「うん。名前は桜井 美那子(さくらい みなこ)です。えっと、年は最年長の24歳です。一応、大卒で、ACPの秘書をやってます。緊張してますが、よろしくお願いします」

美那子さんが礼をした。……ヤバい。久しぶりに、一目惚れのような感覚に陥っている。

 馬鹿か、俺は。秘書をやっているような人間だ。しかも、日本を代表するような『ACP』の秘書だ。俺みたいな【負け組】に構ってくれるはずはない。構ってくれても、遊ばれて捨てられるだけだ。本気になるな。

「自己紹介も終わったので、何か頼みませんか?」

美那子さんが言い終わった、何テンポか後で、信行が言った。それぞれ、メニューを開いて、考えている。俺は、信行に静かに「お前に合わせる」とだけ伝えた。

「すみませ~ん」

信行が近くにいた店員を呼ぶ。

「はい、ただいま」

「えっと、まずは俺たちからで。生2つ、と」

『と』という接続語を使うことで、2人に言いやすい空気を作る信行。そこは、さすが、と言えるだろう。

「えっと、レモンサワー1つ」

山沢という女が、女性っぽいものを注文する。

「わたしは、……一緒でいいです」

何にしていいのか分からなかったのか、美那子さんは、山沢という女に合わせた。

「かしこまりました。レモンサワー2つに、生ビールを2つ、ですね。少々お待ちください。おつまみは、何かいりませんか?」

「とりあえず、それだけで」

店員が一礼をして帰ると、それから飲み物が届く。そして、乾杯。と、普通の流れでコンパは続いた。

「ACPって、凄い企業ですよねぇ」

早飲みをする信行は、早くも2杯目に突入しており、ほろ酔いとなっている。

「そんなことないでっすけどー」

……俺は、どうしても山沢という女が苦手だ。なんか、心で思っていることとは逆のことを言っているようでならない。

「私は、精一杯の仕事、ですから」

遠慮を精一杯しているように見える美那子さん。俺は、どっちかっていうと、こっちのタイプの方が好きだ。

「俺たちなんて、大卒でも就職できなかったんですよ~。それに比べたら、いいじゃないですか」

信行が、言わなくてもいい情報を勝手に漏らす。

「就職だけが全部じゃないですよー」

たぶん、山沢という女にしては少し同情を言葉にしたんだと思う。だけど、俺にとっては単なる嫌味だ。

「そうですよね~。俺もそう思います!」

手を握る信行。どんだけ、こいつは度胸あるんだ……?

 それから2時間程度。まだ昼時。仕事をしている人が多い時間帯に、俺たちは体にアルコールが回っていた。

「ヒッ……。それでは~! 今日は解散、と行きたいんですけど! その前に!」

信行の言葉に、全員が反応を示した。ケータイを取り出す。

「アドレス交換んんんんんん!」

交換……か。最近のコンパではなかなかやっていなかったが。今日は少しやる気が出ている。もちろん目標は、美那子さんだ。

「ねぇ、藍さん。交換しましょ」

年下が好きな信行は当然の如く山沢という女に手を伸ばす。つまり、空気的には、美那子さんは俺と交換する流れになる。

「じゃ、その……」

俺の考えに従ったように、美那子さんがケータイの赤外線を向けた。

「俺が、受信ですか?」

「お願いします」

心なしか、頬が赤くなっている気がする。もちろん、それが俺に向けられているものなんて、甘い考えはすぐに捨てる。俺の酔い、もしくは美那子さん自身の酔いがそう見せているだけだ。

 「んじゃま、さようならです」

俺たちは、まだ3時という昼間で、別れた。

「結局、何もなかったですね~」

信行はつまらないように言った。

「そんなこと思うなら、追いかけろよ」

「いや、そこまではしないですけど。それに、藍さん、そこまで軽そうじゃないですし」

「軽い女でも、【負け組】は相手にしねぇよ」

「何でですか?」

この問いは、いつも信行が俺に問う疑問だ。だから、俺も答えは用意できている。

「この世は、不平等だからな」

「そうですか?」

「そうだ」

信行が納得する前に、俺のケータイが鳴った。

『桜井 美那子』

さっき別れたばかりの女性に、メールを受けることなど初めてだった。いつもは、俺からメールすることもほとんどない。その場の退屈凌ぎだ。コンパでもそこまで俺は嬉しそうにしないから、女性からメールをしてくることもない。つまり、今日は例外となる。

『今日は、ありがとうございました。楽しかったです。また今度、一緒にお食事でもいきたいですね』

短い文章だったが、それでも、

「信行、やっべぇ」

「? 何がですか?」

その問いに、俺は薄ら笑いを見せた。

「今年の春は、暑そうだ……!」


今回は、【負け組】視点の小説だったので、いずれ、【勝ち組】視点の小説も書いてみたいです。

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