1.【美容院】と【床屋】
今、15歳(高校1年)にて、初めての【美容院】に入ろうとしている少年は、『引く』と書かれた文字の前に、早くも絶望を感じていた。
「……やっぱ、無理」
仲間といるときには元気で明るく、誰に構わず突っ込んでいく。そんな評判を、4月の初旬から早くもゲットした少年だったが、1人になると、自分に自信を持てなくなってしまう。
「あのぉ……入りますか?」
「うわっ! ……いや、すみません、どうぞ」
入り口に立ったままだった少年を、1人の女性客が退ける。
「……このままじゃ、不味いよなぁ~」
そんなこと、自分でもわかっている。分かってはいるのだが、中々その『引く』の文字通りにはいかない。
「ふぅぅぅ」
自分の自信を取り戻すらしく、深呼吸をする。
「よしっ」
気合いを入れ直して、『引く』。
「いらっしゃいませ」
さっきからずっと立っていた客が入ってきたのを喜んだのか、店にいた店員全員の視線が集まる。
「あっ……いや、あの」
初めて入るその威圧感に、少年の心は完璧に壊されていた。今まで、【床屋】にしか行ったことしかなく、好きな髪形と言えば【短め】。それだけで伝わっていた。
「初めてですか?」
柔らかい、若いその高音の温かみのある声が、出迎えた。途端、少年の頬は朱に染まる。
「あ、その……はい」
最後の単語は聞こえないに等しく、その声をかけた女性にしか聞こえなかっただろう。
「でしたら、少々お待ちください」
女性店員が、レジに向かう。
「こちらにご記入をお願いします」
そうして渡したのは『新規登録』と書かれた紙だった。そこに記入すべき項目はそこまで難しいものではなく『氏名』『住所』『電話番号』『生年月日』の4つだけだった。
「終わりましたら、私をおよびください」
「はぃ」
もはや、少年に言葉はない。黙って、長椅子に腰を落とし、渡されたボールペンで記入していく。
『佐々木原 光基(ささきばら こうき)』『1995年10月6日』
記入を続けるが、そんなに時間は取られない。光基ですら、1分弱で終わる。
「えっと……」
さっきの女性を探す。光基の目的はその女性だけだ。
光基がその女性を見たのは、塾の帰り道でのことだった。その【美容院】の横には、コンビニエンスストアがあり、塾の帰りはそこを利用する。飲み物だけを買って、外に出たところで、一目惚れ。だが、年齢どころか、名前も知らない人に声をかけることはできなかった。
光基が持っている情報と言えば、その女性が『女』であることと『【美容院】の店員』である程度だった。
当時中学3年だった光基に【美容院】に行く理由は特になく、高校に入学してから入ろうと決意したのだ。
「書き終わりましたか?」
光基の回想が終わったところで、女性が声をかける。
「あ、はい」
さっきから、最初の発音が「あ」になっていることを、本人は理解していない。
「では、こちらにどうぞ」
そう言って、女性は奥へと進んだ。
「こちらにお座りください」
そう言われて指されたのは、シャンプーをする台。【美容院】では普通のものだが、光
基にとっては未知なる道具だ。
「ここ、ですか?」
「はい」
満面の笑みで、一目惚れの女性に言われれば、男は黙って付いていくしかない。
「では、始めます」
光基は、最初から髪を切られると覚悟していた。だが、最初に頭に浴びせられた湯に、声には出さなかったものの、心から驚いていた。
(なんだよ!? いきなり、何してんだ?)
このときばかりは、今自分の頭を磨いている人が、一目惚れの女性だということを忘れていた。
数分後、つけられたシャンプーの液も落とされ、背もたれを戻される。
「え、終わり、ですか?」
光基が茫然として聞いた。
「え? 髪、切りに来たんですよね?」
疑問を疑問で返された光基は、気が動転して、ただ頷くことしかできなかった。
「では、こちらです」
光基の今日の目標は『告白』ではない。一客の光基が『告白』というビックイベントを実行したところで、無駄なのは知っている。光基の目的は、『会話の中でとにかく情報を聞き出すこと』。ただそれだけだった。
「今日はどうしますか?」
「え? 髪、切ってください」
新しい言葉の連続に、光基は緊張も感じていなかった。
「いや、そうではなくて……。どのように、髪を切りますか?」
女性は、初心者の光基にもわかりやすく言ったつもりなのだろう。しかし、光基の頭は正常に動いていない。
「どのように、って。【美容院】にはいろんな手法があるんですか? 俺、はさみ位しかわかりません」
落ち込みを見せる光基。しかし、女性はそんな光基にも優しい。
「いや、私も、はさみを使います。今言っているのは、どのような髪型にしますか? です」
「あっ、そーゆー」
光基の頭も、意味を理解したらしく、短く簡潔に答えた。
「短く」
「?」
女性の頭には『???』が並んでいた。
「とにかく、短ければいいです」
そういった。
「光基くんは、高校生だよね?」
ドキッ! 光基の心臓はそれこそ飛び出そうだった。まさか、憧れの女性に、自分の名前を呼ばれるなどと思っていなかったからだ。
「は、はい!」
声が裏返り、自分の幼さを実感する。
「そっか。うちは、初めてだよね?」
「そ、そうです」
「緊張してるでしょ?」
無邪気な、子供の悪戯のような顔を見せる女性。
「お姉さんは、何っていうんですか?」
不意に、言葉が出た。今の状況でこんなことを言うのは、誰も想像せず、当の光基も、なぜ自分が今言ったのか分からなかった。
「? 名前?」
「いや、すみません」
「謝らなくてもいいよ。私は、木下 真美(きのした まみ)。よろしくね」
(真美さん……。良い名前だ!)
光基の頭には、『真美』という単語が渦を巻いていた。
「できれば、私が専属になってもいいんだけどなぁ」
今までの年上の余裕を見せず、甘えたような口調の真美。その口調は、光基の胸を貫いた。
その後は、特に変わった話もせず、真美が光基に話をみせ、光基は相槌をみせるだけだった。
「これくらいでいいですか?」
後ろの見える鏡を見せられ、疑問を投げかける。
「はい、大丈夫です」
光基は大変な満足感を得ていた。一目惚れの真美に髪をいじってもらい、それで話もできた。
「それでは、お会計をお願いします」
「はい」
会計をしている間、光基は思った。
(自重しよ……)
初めての【美容院】の緊張。それに耐えられる人間は、少ない、でしょうか?
次回の内容は何にするか、考え中です。
ちなみに、この小説は半永久的に終わらせないつもりです。なので、暇なときに見てほしいと思います。
あっ、でも、ふつうに読んでくれた方がうれしいです。感想、待ってます。