第3話 幽霊を論破する
「で、あれ何だったんだよ」
翌日、学食で開口一番それだった。
例の空き家のやつ。
「足音、足跡、窓叩くやつ。説明できるんだろ?」
「できる」
俺はカレーをかき混ぜながら言った。
「マジで?」
「マジで」
「いや無理だろあれは」
「順番にいくぞ」
俺は指を一本立てた。
—
「まず音」
「ザッザッってやつな」
「砂を踏む音、に聞こえた」
「聞こえただけ?」
「そう」
俺はスプーンを置く。
「人間って、“それっぽい音”に意味を当てはめる」
「どういうことだよ」
「例えばさ」
俺はテーブルを軽く指で叩いた。
トン、トン。
「これ、足音に聞こえるだろ?」
「……まあ」
「でも俺は“机を叩いてる”だけ」
「……ああ」
「昨日のも同じだ」
「いやいや、あんなリアルに——」
「風」
「は?」
—
「庭、見ただろ」
「見た」
「雑草あったよな」
「あったな」
「乾いた草が風で動くと、砂を擦る音が出る」
「でもあんな規則的に——」
「風は一定じゃないけど、“耳は一定に聞く”」
「……」
「人間の脳はパターンを作るんだよ」
—
「じゃあ足跡は?」
「次いくぞ」
俺は指を二本立てた。
—
「小麦粉」
「お前が撒いたやつな」
「あれ、均一じゃない」
「まあ、適当に撒いたし」
「だから“濃い場所”と“薄い場所”がある」
「それが?」
「風で動いた草や小石が、部分的に粉をどかす」
「……それが足跡に見える?」
「見える」
「いや、でもちゃんと“形”になってたぞ?」
「人間の脳は“形を補完する”」
「……」
「曖昧なものを、勝手に“それっぽく”する」
—
「じゃあ窓叩いたのは?」
「三つ目」
—
「小石」
「やっぱりそれか」
「庭にあっただろ」
「あった」
「風で転がる」
「いや、窓に当たるか普通?」
「当たる」
俺はスマホを取り出して動画を見せる。
「これ見ろ」
別の動画。
同じ庭を昼に撮ったやつ。
風が吹く。
カラ、と小石が転がる。
カツン。
窓に当たる。
「……マジか」
「再現した」
「お前……」
—
「で、最後」
俺は指を四本立てる。
「カメラの“何か”」
「それだよ一番やばいの」
「“映ったやつ”」
「ああ」
「結論から言う」
俺は言った。
「映ってない」
「は?」
「動画見たろ」
「見たけど……」
「何もなかった」
「でもお前、“いる”って——」
「気のせい」
「いやいやいや!」
—
「人間は“期待したものを見る”」
「……」
「怖いと思ってると、見える」
「でもお前そんなタイプじゃ——」
「だから一瞬で否定しただろ」
「……」
—
「全部、説明つく」
俺はカレーを食べる。
「幽霊じゃない」
しばらく沈黙が流れた。
やがて、友達がぽつりと言う。
「……すげえな」
「何が」
「全部潰したじゃん」
「普通だろ」
「いや、普通じゃねえよ」
—
その日の夜。
俺は一人で部屋にいた。
スマホを開く。
例の動画。
再生。
ザッ。ザッ。
足音。
足跡。
窓。
全部、説明できる。
問題ない。
「……よし」
俺は動画を閉じる。
そのとき。
ふと、違和感があった。
「……あれ?」
もう一度開く。
再生。
ザッ。ザッ。
足音。
そして——
一瞬だけ。
音が“ズレた”。
「……今の」
巻き戻す。
もう一度。
同じ場所。
今度はズレていない。
「……気のせいか」
俺はスマホを置く。
—
数分後。
通知が鳴る。
知らないアカウントからのDM。
《あの家、まだ調べてますか?》
「……誰だ」
開く。
《あなた、あれを“風”って言ってましたよね》
「……見てたのか」
《違います》
少し間が空いて、次のメッセージ。
《あれ、風じゃないです》
「……は?」
《“来てた”んです》
既読をつけるか迷う。
その間に、また送られてくる。
《一度だけじゃない》
《毎晩来ます》
《そして——》
一瞬、入力が止まる。
そして、送られてきた。
《中に入ってきます》
—
そのとき。
コン。
部屋のドアが、小さく鳴った。
—
「……誰だよ」
返事はない。
もう一度。
コン。
今度は、少しだけ強く。
俺は立ち上がる。
ドアに近づく。
覗き穴を覗く。
誰もいない。
「……」
ドアノブに手をかける。
一瞬だけ迷う。
そして、開ける。
—
廊下。
誰もいない。
静かだ。
「……なんだよ」
ドアを閉めようとして——
気づく。
床。
ドアの前。
白い粉。
「……は?」
足跡が、ついていた。
外から、
中に向かって。
—
俺はゆっくりと顔を上げる。
部屋の中。
さっきまでいなかったはずの場所に、
何かが“立っている気がした”。
—
「……いや」
俺は目を逸らす。
「違う」
そう言い切る。
「説明できる」
—
その瞬間、
すぐ後ろで、
ザッ。
と音がした。




