顔面インフレの果て
顔の美醜で価値判断が決まりそうな社交界で、「みんな美形だったらどうなるのかな」と想像して書きました。
「ごきげんよう、今日もお美しいですわシャルロッテ様」
「そのお声は…ガーベラ様? ガーベラ様こそ、今日もお美しい…」
「いえわたくしは、マリアンヌですわ。先週からこの顔にしましたの」
「まあ! そうだったのですね、失礼しましたマリアンヌ様」
「よろしいんですのよシャルロッテ様」
「わたくしも実はシャルロッテではなくビアンカなんです」
「あらあらまあまあとんだ失礼を」
「しょうがないですわこのご時世ですものねえ」
「ほほほほ」
「おほほほ」
下位貴族同士のやりとりはこのように和やかに行われる。
ドレスや身に着ける宝石、家紋の刺繍などである程度予想がつくけれど、それでもまちがえることはしょっちゅうだ。
しかし身分の高い貴族に対して、名前をまちがえることは許されない。
声をかける前に鑑定スキル持ちに確認を取らねばならないので、どこの夜会でも鑑定スキルの出張サービスは欠かせない。
伯爵令息クラウスもまた、気になる人物の鑑定サービスを頼んだ。
「鑑定を頼む、あそこにいらっしゃる背の高い紳士とお隣の奥方らしき二人連れはどなただろうか」
「はいお待ちください…あのおふたかたは…ロード伯爵と伯爵夫人ですね」
え! なんかロード伯爵夫妻の、お互いの浮気相手に似てるなあと思って見てたけど、本人たちがあの顔にしちゃったのか!
どういう夫婦なんだよ…。
それにしても、最近の夜会は…紛らわしすぎる。
誰が誰やらさっぱりわからない。
それというのも、「美容整形魔法」が確立したからだ。
体形は変えられないが、顔だけはどんな顔でも好きなように変えられる、幻術魔法だ。
もともとは、傷や火傷の跡を消す方法を探していた研究者が、
「すでに治っている皮膚なのだから、治療の必要はないのだ。幻術で見た目だけごまかせればいいのだから…」
と、顔面を変える魔法を編み出したのだ。
ちょっと前までは、皮膚を美しく見せる程度だったが、進化が進んだ現在では「もうちょっと目を大きく」「鼻筋をすっきり」「唇を厚く」等の希望を、瞬時に叶えることができる。
そういうわけで、現在の社交界は、顔だけではさっぱり個人を判別できない状態なのである。
そして、美しい男女しかいない。
形のいい眉、大きくくっきりしたアーモンド形の目、鼻筋が通っていてバランスのよい鼻、形のいい、大きくも小さくもない口。
いわゆる「整った顔立ち」の人が大半を占めるが、
困ったような眉とたれ目で、庇護欲をあおる顔にしてみたり、
色気マシマシでまつ毛を長く唇をふっくらさせてみたり、
幼い可愛らしさに特化して、どでかい目、鼻と口を小さめにしてみたり、
きりりとした眉、きりりとした釣り目でワイルドさを出してみたりと、
個性を演出する人も一定数いる。
「この人にとっての美はこれなんだな」
というこだわりを感じさせる。
そういう俺はというと、
「ちょっと目を大きめに」「ちょっと鼻の下を短く」
している。
いきなり完璧な美形にしたら、鏡やガラスに自分が映るたびに「誰これ!」とぎょっとなったので、少しずつ変えようと思ったのだ。
今度は口の形をちょっといじろうかなあ。
やり始めるとあちこちが気になるのが、整形というものらしい。
この整形魔法が出回った頃、社交界は一時、大混乱に陥った。
「なんであんたなんかがもてはやされるのよ! 整形魔法がなきゃドブスのくせに! もとから美しい私とは格が違うのよ!」
と美しい令嬢が騒ぐと、
「そうだね、君とは違うよ、彼女は賢く謙虚で穏やかで優しい。顔だけしかいいところがないのに、わがまま放題に育った君とは雲泥の差だよ」
と言われて婚約を解消されたり。
「なんで僕好みの顔に変えてくれないんだい?」
「どうしてそんなこと言うの? あなたは私のことをあんなに可愛いって言ってくれたのに…!」
「えーだってせっかくもっと可愛くなれる方法があるのに、やらないのは損じゃない? 僕も君好みの顔にするからさー」
「私はそのままのあなたが好きなのよー!」
というような諍いはあちこちで起こった。
そうかと思えば、
「なんでそんな鼻にしたの!?」
「だってだって…あなたがいつも鼻ぺちゃってバカにするから…!」
「ごめんよ、バカにしたんじゃないんだよ、俺はその鼻ぺちゃが大好きなんだよ。可愛くて可愛くて、つい、からかっちゃったんだよ。そんなに気にしていたなんて、本当にごめん! 君の鼻ぺちゃは、世界で一番可愛いよ!」
「ほんとに…?」
このように、愛が深まるきっかけになったりもした。
いずれにしろ、世界はオオムネ良くなった。
「顔で態度を変える人たち」があぶり出せたから。
「顔はいまいちだけれど優秀な人たち」が、自信を持って行動できる
ようになって、正当な評価を受けられるようになったし、「顔はきれいだけれど中身ドブス」が明らかになって、みんなに蔑まれるようになって「ざまあ」だし。
幻術なので、いつでも元の顔に戻せるのも良かった。
そういうわけで、大混乱だった社交界だが、現在はだいぶ落ち着いて、「ぼくの私の考えた最強の美形」を発表する場になっている。
ところで、俺がこの夜会に出席しているのはなぜかというと、
「いいかげん嫁を探せ」
と親に言われたからだ。
しょうがなくここで嫁を探しているが、惹かれる顔はまったくない。
誰もかれもが、まごうことなき美女なんだもの。見飽きた。
だったら性格で選べばいいと思うんだが、なにしろ、名前がわからないし、「気になる人を鑑定してもらおう」と思っていても、気になる人がいないのだ。
話術が得意であれば、名前がわからなくても話しかけることができるのだろうが、人見知りするクラウスにとって、ここで嫁を探すのはあまりにもハードモードであった。
「国王ご夫妻がお見えになります」
会場がざわついた。
え? こんな普通の夜会に国王陛下がわざわざ? 何で?
何か重大な発表でもあるのか?
と不安になる中、陛下のお姿を見て、疑問は氷解した。
陛下、パイレーツ・オブ・カリソメンの主人公になってるー!
パイレーツ・オブ・カリソメンは、海賊の世界を描いた冒険活劇である。
主役男性がとにかくかっこ良く、市民はもちろん貴族の女性にも大人気なのだ。
陛下、この姿を見せびらかしたかったのね…。
王妃はというと、これまた有名な映画「ローマのホリディ」に出てくる王女そっくりだ。
もともと、お二人とも、彫りの深い、彫像のような美しさだったので、整形魔法の必要などないんだけど、もしかして、これだけ美男美女に囲まれていると、さすがの国王夫妻でも埋もれてしまうから、差別化を図ったのではないだろうか。
差別化、つまり、個性の付加だ。
役者の役柄のイメージも、美しさに足す。
これでより魅力的になれるのだ。
この日から、整形美容の流れが変わった。
美しいだけではない、「俳優の個性」を借りてくるのだ。
有名な俳優の顔が次々と社交界に現れる。
「まあ~~あの映画、大好きでしたのよ! 素敵ですわ」
「おっ、あのお芝居に出ていた時の主演ですな! これは麗しい」
まるでアカデミー賞授賞式のような顔ぶれに、社交界はますます活気づいた。
が、しかし、その活気も長くは続かなかった。
いくら「俳優の個性」という付加価値をつけたからといって、美男美女であることには変わりはない。
そしていくら顔が同じでも、性格も声もしぐさも違うので、すぐに飽きがくるのである。
差別化はしたい。キャラを立てたい。
だからといって、醜くなる方向に舵を切るのは嫌だった。
優れたいのであって、劣りたくはないのだ。
だから、社交界の住人たちは、「どうしたら、誰より個性的で、誰より魅力的な顔になるのか」を考えた。考え続けた。
その結果…
みんな猫や犬になった。
顔だけなので、猫耳や犬耳のついたウィッグをかぶることになるし、手は肉球つき手袋をつけることになるけれど、見事に猫(犬)だ。
猫(犬)がドレスやタキシードを着て踊っているのだ。
ああ…和む…。
俺も、この流れに乗って、三毛猫になった。
飼い猫のさんちゃんと同じ模様なのだ。
目の前に白猫がいたので、
「ピンクの耳にピンクのドレス、可愛いなあ」
と思って見ていると、
「あら、三毛なのに男性なんですのね」
と話しかけられた。
「そうですね。三毛にオスはめったにいないですものね。うちの三毛猫もメスです。同じ模様にしたんです」
と返すと、
「私も、私の飼っているふくちゃんと同じ毛色にしたんです」
と微笑んだ。
話術は苦手だったけど、猫の話なら話が弾む。楽しい。
また会う約束もできた。彼女の家のふくちゃんに会わせてもらうのだ。
なんだか…もしかして…嫁をみつけられた気がする。猫バンザイ!
噂によると、国の重鎮が猫や犬になってから、国政も外交もぐっとスムーズになったらしい。顔見てるだけで癒されるから、ギスギスしないのだ。
なんだか良いことずくめのようだが、猫や犬の顔には、大きな欠点があった。
かわいくてかわいくて、一緒にいるだけで幸せになれるけど、
性欲がわかないのだ…。この国、少子化になりそう…。
オチがこれだと、R18判定になるのかな…どうなのかな…。
さんちゃんふくちゃんは友人の猫です。勝手に名前出してごめんにゃ~。




