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孤高の才女は毒に溺れる  作者: kuroyomi4


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東雲

「いってきます」


 玄関の鍵を閉める。

 マンションから出ると、昨日と同じ場所で東野が待っていた。


「ありがとう」


「いえいえ。敦那様の送迎するのは私の役目ですので」


「そうね」


 後部座席に乗る。

 いつもの車ではないが、運転席に座る東野の後頭部が見える景色が懐かしく思える。


「東雲の家の前までお願い」


「かしこまりました」


 車が発進する。


「おひとりで行かれるのですか?」


「うん。心配?」


「そうですね。茉莉様もいらっしゃると思っていました」


「敦那様は彼女といると気を強く持ててそうでしたので」


 私が彼女の事を精神的支柱としていることに気が付いているのだろう。


「仕方ないわよ。彼女はこれ以上踏み込んではいけないから」


「そうですね......」


 東野も東雲が何をしているのかを知っている。

 この事実を知れば彼女の身の安全を保障できない。

 彼女は権力も無ければ、地位も無い普通の女子高生だ。

 そんな彼女が私のために危険を冒してまで助けようとしてくれている。

 その気持ちでもう十分なのだ。


「大丈夫よ、私には力強い味方がまだいるから」


 私はスマホを取り出し、電話をかける。


「もしもし、お父さん。聞こえてる?」


「ああ、聞こえているよ。こっちの声も聞こえているか?」


 朝とは違って音質がいいし、父の後ろから数人の話し声が聞こえる。


「聞こえてるよ」


「よし。今は車の中か?」


「そうだけど」


「じゃあ、位置情報も大丈夫そうだな」


 位置情報?逆探知でもしているのだろうか。


「位置情報も分かるんだ。逆探知ってやつ?」


「ああ、通話をつないでいる間は位置が分かるようになっている」


 それなら彼女と位置情報を共有しなくても良かったんじゃないかとも思ったが、彼女が安心を得るためでもあったため、しておいて正解だったか。


「それと、朝も言ったが敦那と菊との会話はすべて録音されて菊の自供として扱われるからな」


「了解」


 つまり、私が母から情報を吐き出せば出すほど事が有利に動く。

 すでに十分証拠は集まっていると父は言っていたが、私も知りたいことがあるため、多くを聞き出してやる。


「そろそろ着きそうだな。俺たちの声は聞こえないようになるから安心してくれ」


「分かった」


「頑張れよ」


「ありがと、お父さん」


 スマホから音が聞こえなくなった。

 私はスマホをポケットにしまう。


「着きました」


 東野が車を止めて、後部座席のドアを開けてくれる。


「いってくるわね」


「敦那様、お気をつけて」


 車から出ると、ドアが閉まる。


「帰ってきたのね......」


 屋敷門の前に立つ。

 前まではこの門なんて簡単に開いて、出入りしていた。

 しかし、今私の前にある門は硬く重く、開きそうにない。


「こんなにも開けるに勇気がいるのね」


 深呼吸して、気持ちを落ち着かせる。


「大丈夫。私なら出来る......」


 門を手で押し、中に入る。

 敷地内に人の気配はないが、母屋には人がいるはずだ。


 玄関からではなく、庭に出られる廊下から家に入る。

 今の時代にこんな古風な屋敷、住みにくいと改めて感じる。


 母はいつも自分の部屋で業務をこなしている。

 今日もいるはずだ。


「初めて入るわね」


 部屋を分ける襖に手をかけ、また深呼吸をする。

 襖を開けると、母が椅子に座って書類を見ていた。


「あら、生きていたのね」


 母は顔を少し上げて私を一瞥した後、手元の書類に目を戻す。

 どうやら私が生きていようがいまいが気にしていないらしい。


「ええ、生きてたわよ。あなた達は死んだことにしたみたいだけど」


「東雲 敦那は死んだわよ。死亡届も出したし、戸籍上でも死んだことになってる」


 本人を前にして母は淡々と話す。


「私の代わりに誰を殺したの?」


「そんなの気にすること?」


「あの人たちに殺させたんでしょ」


「あら、知ってたのね......良いわ、教えてあげる」


 手にしている書類を机に置き、私と目を合わせる。

 反応的に私の予測は当たっていたらしい。


「あなたの代わりになったのはね、鈴木(すずき) (あや)っていう子でね」


「綾ちゃんの家は貧乏で、お父さんは借金をしてたの」


「それで、お父さんに言ったの」


『あなたが一生暮らせるほどのお金をあげるから娘さんを私に頂戴?』


「お父さんは快く承諾してくれたわ」


 人の命をお金で買ったのか。

 本人の意思など関係なく、親が抱えた借金のかたとして。


「人の命をなんだと思っているの?」


 こぶしを握る手に力が入る。


「人?あれは私が買った物よ。物をどうするかは所有者の自由でしょ?」


「子供は皆、親の所有物よ。それが、私に移っただけ」


 そうだ。母は私の事も自分の道具としか思っていない。

 そういう人だ。

 彼女に自分以外の命の重要性なんて関係ない。

 吐き気をもよおすほどの邪悪とは、まさにこのことだろう。


「綾ちゃんはあの人たちに渡したわ。死ぬところなんて見たくないの」


 母が言うあの人たちとは反社だ。

 私はこの家で生活する中で、カタギではない人間が母屋に出入りするのを何度か見ていた。

 ここからは予測だが、家に常駐している人もいるはずだ。


「自分は手を汚さないのね」


「餅は餅屋と言うでしょ?私は、一番適している人に任せただけよ」


「それに、あの人たちは東雲の分家の一つ。だから裏切られるリスクもないし、安心安全」


 つまり、綾さんを殺したのは私の親戚という事になるのか。

 身内が人殺しか。


「そうだったのね」


「あら、驚かないのね」


「あの人たちが東雲の者だと分かったら、色々と合点がいっただけよ」


「そう。なら、良かったわ」


 知りたいことは聞き出せた。

 後はここから安全に帰るだけだ。


「私から、一つ質問してもいいかしら」


 母が椅子から立ち上がり、私の前まで来る。


「何よ......」


 母が近づくたびに、私は一歩下がる。


「あなたは何でここに帰ってきたのかしら」


 私の考えを見透かしたような笑みを浮かべる。


「東雲から決別するためよ。私は、もうあなたの道具にならない」


 母を睨む。

 嘘は言っていない。


「はぁ......あの子に毒されちゃったのね」


 大きなため息をついて、立ち止まる。


「やっぱり、あの子を始末しておけばよかったんだわ」


「何を言って......」


 あの子というのは橋本 茉莉の事だろう。

 彼女を始末?


「あなたは、あの子に出会ってから余計なことを考え始めてしまった。人間として生きようなどと思い始めた」


「ずっと私の人形として動いていればよかったのに......」


 憐みの表情を浮かべられる。


「っ!」


 後ろの襖が開き、一人の男が私を後ろから羽交い絞めにする。

 離れようと暴れるが、力に勝てない。


「だれかっ!助けて!」


「そんなに叫んだって誰も助けに来ないわよ」


 いや、来てくれる。

 その時間までどうにかして時間を稼がないと。


「彼女に何かしたら許さないわよ!」


「許さないって...今のあなたに何ができるの?」


 母は私の言葉を嘲笑う。

 そうだ、それでいい。


「彼女は私に温もりをくれたのよ!あんたたちとは違う、私をただの女子高生として接してくれた!」


「あらあら、本当に彼女のせいで頭がおかしくなっちゃたのね。でも、大丈夫よ」


「あの子はもう少しでこの世からいなくなるから」


「ふざけるな!お前ごときが他人の人生を決めて良いわけがないだろう!」


 母の言葉を聞いて感じたことを、怒りをそのまま吐き出せばいい。

 惨めに抗え。


「私の毒になる存在は消えてもらわなくちゃ」


「彼女が毒?そんなわけない」


「いいえ、毒よ。あなたは橋本 茉莉という毒に侵されて私の者じゃなくなろうとしてるじゃない」


「私からしたら、あなた達の方が毒よ。人の人生に干渉して蝕んで、最後は命までも奪う猛毒よ」


「もう、あなたも駄目なのね......」


 母の雰囲気が冷たく、暗いものになっていく。

 私は恐ろしさから息が詰まる。

 今にも私の命を消してしまえそうなほどだ。


「あなたは私の娘だから、少しは情けをかけてあげようと思ったのだけれど」


「壊れた道具はもう直らないのね」


 早く来て。

 私を助けて。

 お願い......


「全員、手を上げろ!」


 後ろから声が聞こえると同時に、大勢の足音がこちらに向かってくるのが聞こえる。


 良かった。助けに来てくれた。


「敦那、あなた私を嵌めたわね」


「そうよ。あんたは私の計画にまんまと乗せられたのよ」


 今度は私が母を嘲笑う。


「随分簡単に全部話してくれたじゃない、お・か・あ・さ・ま」


「調子乗ってたんじゃない?たかが私の人形ごときが何もできるはずないって」


「くっ」


 悔しそうに唇をかんでいる。

 今まで道具としか思っていなかったやつに寝首を搔かれたのだ。

 さぞ悔しい事だろう。


「そこのお前、敦那を離せ」


 後ろから父の声が聞こえる。

 私は拘束を解かれ、父の元へ駆け寄る。


「ごめんな敦那。怖い思いをさせて」


「ううん。助けに来てくれてありがと」


 父は私を抱きしめてくれる。


「やっぱり、あなただったのね」


「東雲 菊。あなたには逮捕状が出ているほか、数多くの容疑が掛けられている」


 父は私を体の後ろに隠すように前へ一歩出て、一枚の紙を取り出す。

 あれが令状と言うものか。

 後ろを向くと、6人ほどの警官が立っていた。


「そこのお前も、東雲 敦那に暴行を行ったとして暴行罪で現行犯逮捕する」


 後ろにいた警官が動き始め、母と男に手錠をかけて連行していく。


 これで終わった。

 私の地獄のような人生が。


「お疲れ、敦那」


 父が頭をなでてくれる。

 頭を撫でられるのなんて初めてだ。

 手は硬くて大きいが、優しくて心地いい。


「私、頑張ったよ......」


 全身から力が抜けて、床に座り込む。

 かなり無茶をしたらしい。


「大丈夫か?」


「力抜けちゃった」


 そう言うと、父は私を抱きかかえてくれる。


「外で東野が待っている。今日は家に帰ってゆっくり休みなさい」


「うん」


「茉莉さんにもしっかりと説明してあげなさい。あの子は敦那のことを相当心配していたから」


「はい」


 屋敷を出て、東野の車まで連れて行ってもらう。


「東野、終わったわよ」


「お疲れ様です敦那様」


「東野、敦那を家まで送り届けてやってくれ」


「かしこまりました」


 後部座席に乗せられる。


「事情聴取などをしないといけないから、その時にまた連絡する」


「分かった」


「じゃあな」


「またね」


 車の扉を閉める。

 改めて辺りを見渡すと、屋敷の前に多くのパトカーが停まっていてかなり目立っている。

 これほどの大騒ぎになれば、必ずニュースになるだろう。


「東野、早くここを離れましょう」


「そうですね」


 車を発進させてもらい、家に帰る。


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