家
握手をした後、その状況が恥ずかしくなった私は、帰るのに迎えを呼ばないといけないと言ってその場を去った。
彼女は「え~~~一緒に帰れないの~?」などと不満を言ってたが、そもそも帰る方向が同じかも分からない相手によく言えるなと思う。
少しして迎えが来た。
登下校はいつも家の者が車で送迎してくれる。
誰かと一緒に帰るなんてしたことない。
「倒れたと聞きましたが大丈夫でしたか?」
「薬を飲み忘れただけよ、別に大したことないわ」
「そうでしたか、次からは飲み忘れないでくださいね」
「気を付けるわ」
そう言いながら運転しているのは東野 茂、私が小さい時から身の回りの世話をしてくれているお爺さんだ。
いかにも使用人みたいな恰好をしている。
私の数少ない話し相手だ。
「ねぇ東野、今日クラスに転校生の女の子が来たの。でね、その転校生が倒れた私を保健室に運んでくれたの」
「ほう、ではその転校生に感謝せねば」
「それにね、その子、私と友達になってくれたの」
「なんと、それはそれは。今度わたくしもあいさつしないといけませんな」
「そんなことしなくていいわよ」
そう言うと東野は、はははと笑った。
「だから今日は少しテンションが高いのですな、楽しそうなのは良い事ですぞ」
「え」
私が楽しそう?
確かに彼女に友達と言われて嬉しかった。
「本当に良かったですな......」
「ん?なんか言った?」
「いえ、今日の夕食は8時ごろでよろしいですかな?」
「そうね、それくらいの時間でお願い」
東野が何を言ったか聞き取れなかったが、まあ良いだろう。
もう一度言わなかったって事は、あまり重要なことじゃないんだろうから。
「ただいま」
「おかえりなさいませ」
返ってくる声は後ろからしか聞こえない。
私が暮らしているのは屋敷の離れだ。
ここには私と東野しか暮らしていない。母や東野以外の使用人は母屋で生活をしている。
最初は他の使用人もいたが、私の体質や性格のせいでどんどん人が寄り付かなくなった。東野だけは私を見捨てずにずっと世話をし続けてくれている。
自分の部屋に戻り、部屋着に着替えベッドに横になる。
今日は疲れた、少し休もう。
疲れた理由は明白で倒れたのもあったが、人とあんなに話したのは久々...いや初めてだった。しかも今日知り合った女の子と。
「橋本 茉莉さん、友達......」
改めて口に出すとなんだか歯がゆい気分になる。
握手をした時のことを思い出す。
まだ握った左手が暖かく感じる。そんなことはないはずなのに。
それに比べて私の家は冷たい。人が生活していないかのような暗い雰囲気が漂っている。
私がいるのも冷たく感じる要因の一つだろう。
今は春だというのに、この家は冬に取り残されているみたいだ。
彼女がいる家は暖かいんだろうな。
眠気が襲ってくる。
私は彼女の温もりが逃げないように体を丸めて目を閉じる。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ただいま~」
そう言いながらマンションの扉を開ける。
返事はない。
「聞いてよお父さん。今日、初登校だったんだけどね隣の席の女の子がめっちゃきれいだったの!」
「でね、東雲 敦那って言うんだけどその女の子。しののんに学校案内してもらってたら、しののん倒れちゃって!もうめっちゃ焦った!で、私が保健室まで運んだんだ~」
「でね、友達にもなれたの!」
返事はない。
当然だ、私が話しかけているのは仏壇に向かってなのだから。
お父さんは6歳の時に交通事故で亡くなった。
今はお母さんと二人で暮らしている。
転校が多いのはお母さんが銀行員で転勤が多いから。
「しののんの手、めっちゃ冷たかったな~」
あんなに冷たい手を触ったのはあの時以来だ。
お父さんが亡くなった後、お母さんは元気がなかった。消えてしまいそうなほどに。
お母さんの手はとても冷たかった。
私は何もできなかった。何をするのが正解なのかも分からなかった。
そんな時、お父さんの言葉を思い出した。
『茉莉、悲しい顔をしてる人がいたら笑顔で話しかけてあげなさい。茉莉の温もりを分けてあげなさい。茉莉の笑顔は人を笑顔にするから』
それから私は笑顔でいるようになった。悲しいことがあっても悔しいことがあってもできるだけ元気で笑顔で。
お母さんに楽しかったことを話すようになった。楽しいを分けてあげようと思った。
ある日、いつも通り話しているとお母さんが抱きしめてきた。
『茉莉、ありがとうね。もうだいじょうぶだよ』
そう言いながら強く抱きしめてくれた。
お母さんは暖かかった。あの時の消えそうな冷たさは無かった。
私は暖かさを分け与えることができたのだ。
その時、私は久しぶりに泣いた。泣き疲れて眠ってしまうまで。
「しののんにも私の温もり分けてあげれるかな?」
彼女が笑ったところを見てみたい。
「よし、明日からもっと話しかけて仲良くなろう!」
ふと気になって時計を見ると18時半になっていた。
「やば!ご飯の準備なんもしてない!」
「今日はママが食べたいって言ってたエビフライとキャベツの千切り、あとは味噌汁でいいかな。あ、昨日の残りもちょっとだけあるっけ。」
家事は基本的に私がやってる。料理も掃除も好きだし、お母さんの負担を少しでも減らしたいから。
晩御飯の準備をしていると玄関の扉が開いた。
「ただいま~~」
お母さんだ。
今日も疲れた声してるな。
「おかえりおつかれ~」
「美味しそうなにおいがする~」
「今日はね~、ママが食べたいって言ってたエビフライだよ~~」
「やった~!いつも家のことやってくれてありがとね、茉莉」
「どしたの急に、なんかあった?」
いつも感謝されてないなんてことはないが、こう口に出して言ってくれたのは久しぶりだ。
「いや、仕事から帰ってきたらご飯を作ってくれてて、掃除も洗濯もやってくれてるなんて、改めてありがたいな~って思ったから」
「いいよ~、好きでやってるしママの負担も減るし」
「私の娘はなんていい子に育ったのかしら!茉莉、ハグしてあげる!」
そう言いながらハグしてくる。
「ちょっと、ママ。油使ってるから危ないってば」
「ごめん、ごめん。そういえば、今日どうだった?学校でうまくやっていけそう?」
そうだ、ママにも話したかったんだ。
「うん!全部ばっちり!そう、聞いてよ――――――」
私は先ほどお父さんに向かって話したことをもう一度話した。
「――――ってことがあったの。いや~初登校にしてなかなか濃かったよ!」
一通り今日あったことを話し終わるころには晩御飯を食べ終えていた。
「そう、うまくやっていけそうで良かったわ。茉莉、東雲さんの事助けてあげなさいね。」
「まかせてよ!しののんとは友達だし、隣の席だし。あとめっちゃ美人だし!」
「はぁ、あんたはパパに似て面食いね」
なんかディスられた気がするけど気のせいか。
それからはお風呂に入ってスキンケアとボディケアとヘアケアして水飲んでからベッドに横になる。
明日はしののんと何話そうかな。
好きな事とか食べ物ってなんだろ。
スマホ持ってるのかな、持ってたらLONE交換してもらおう。
「早く明日になんないかな~」
私、今浮かれてる。
明日がもっといい日になるようにと願いながら目を閉じた。




