父親
「行きましょうか」
私達は外出用の服に着替えて外に出る。
服は彼女の物を貸してもらった。
彼女がいつも着ている服なので、私には可愛すぎる。
マンションの前に出ると、黒い車の近くにスーツを着た東野が立っていた。
あの電話の後、東野も同伴すると言う連絡を貰った。
私達としても、東野がいてくれた方が心強い。
「東野さん、結構目立ってない?」
黒い車にスーツ姿の老紳士と言う絵面は皆の注目を集めそうだ。
実際、マンションから出てきた住人は珍しそうに見ていた。
「そうね、早く行きましょう」
私達が車に向かうと東野が車のドアを開けてくれる。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
全員が乗ると車は発進する。
「これからどこに行くんですか?」
「これから警察庁本部の方に向かいます」
彼女の質問に東野が答える。
警察庁か。確かに、話をするならそこが一番適任だろう。
「彼女も話の場に同席させたいという話は通っているのよね?」
「お父様に敦那様のご友人で命の恩人だと説明したと所、ぜひ同席してくれとおっしゃってました」
「それなら良かったわ」
それ以降、特に会話はせずに警察庁に到着する。
「運転ありがとうございました」
「「ありがとうございました」」
私達は運転手にお礼を言って警察庁の中に入る。
「お待ちしてました。私について来てください」
中には別の人が待っており、私達を案内してくれる。
「この先で総監がお待ちです」
私達は扉の前まで来る。
この先に父がいる。
足が進まない。
正直、父と会うのは怖い。
今まで私がいることを知っていながらも、一度も会わなかった人。
もし、良い人じゃなかったらどうしよう。
そう思っていると、私の手を彼女が握ってくれる。
「しののんなら大丈夫だよ。それに、私もいるから」
そうだ、私はひとりじゃない。
「ありがとう」
大きく深呼吸をする。
もう大丈夫。
目の前の扉に手をかけ、奥に押して開く。
「失礼します」
部屋の中には50歳ほどの男性が一人、机の前で立っていた。
優しい顔つきだが、ガタイがしっかりしていて厳格な雰囲気を感じる。
あの人が私の父親、菖蒲 誠。
「はじめまして、東雲 敦那です。あなたの娘です」
私の挨拶を聞いて父は目に涙をためる。
「あぁ...敦那。生きていたんだな......」
父は私にゆっくりと近づき、手を頬に触れる。
手は震えていた。
「お父さん......」
「すまなかった。こんな事になるならお前を菊の所に居させなかった」
父は私の頬から手を放し、一歩後ろに引いて頭を下げる。
そんなことしなくていいのに。
「や、やめて。私は生きてるし、こうして会えたから」
「しかし、お前につらい思いをさせた。自殺しようとするくらい......」
父は頭を上げない。
これは警察官だからか、父親だからか、どっちなのだろう。
いや、どちらもだろう。
「お父さんが後悔してることは分かった......なら、私があの人から解放されるのを手伝って。お父さんにしかできない事なの」
父の気持ちを利用する行為だと分かっていても。
私には必要な事なんだ。
手を握る力が強くなる。
「......」
彼女は何も言わずに手を握り続けてくれる。
「分かった。私にできる事なら何でもやろう」
父はゆっくりと顔を上げる。
「ありがとう」
「話をするならそこに座ろう」
私達はソファに座る。
私と彼女が隣に座って、父が対面に座る。東野は立ったままだ。
「で、私は何をすればいいのかな?」
「その前に彼女の紹介をさせて」
私は隣に座っている彼女に目を向ける。
「私は橋本 茉莉です。しのの、敦那さんの友人です」
「いつも通りしののんでいいわよ」
その呼び方は距離を感じて嫌だ。
「君が敦那を助けてくれたのか。君には感謝しきれてもしきれないよ」
父はまた頭を下げる。
警察のトップがそんなに簡単に頭のつむじを見せるものではない。
「お父さん、頭を上げてください!」
彼女は慌てて頭を上げさせようとする。
「彼女がいたから私はこの場に居れるの。本当に感謝しきれてもしきれないわ」
「ちょっとしののんまでやめてよ~!これからの話をしましょ?」
からかい交じりで感謝を述べる。
「そうだな。本題に戻ろうか」
父は頭を上げ、姿勢を正す。
「じゃあ、これを聞いて」
私はスマホを取り出し、一つのファイルを開いて再生する。
『何をしてるのかな?』
『いや~もしかしてと思って浴びるふりをしてみたんだけど、本当に逃げようとするなんてね』
『本当は優しくしてあげようと思ったんだけどもういいや、君が悪いんだからね』
ボフッという音が入る。
『やだ......やめて......』
「しののん、これって......」
「ええ、そうよ。これはあの時の音声よ」
私が原田一真に辱められた時の音声。
二度と思い出したくない記憶。
「原田一真を逮捕してほしいの。お父さんならあいつらの圧力に負けたりしないでしょ」
「っごめん、しののん。聞いてられない......」
彼女が私のスマホから流れる音声を止める。
顔色が少し悪くなっている。
「ごめんなさい。聞いてていい気分になるものじゃないわよね」
彼女だけじゃなくて皆の顔色が悪くなっている。
親しい人間が辱められている音声なんて聞きたいはずがない。
「敦那、その音声データを今すぐこのUSBに転送しなさい」
父は怒りに満ちた声色で言う。
私に向けられたものではないと分かっていても、少し身じろぎしてしまうほどに。
「分かった」
データをUSBに転送して、父に渡す。
「約束しよう、絶対に原田一真を逮捕すると」
「ありがとう」
父なら、誰からの権力にも屈せずにいてくれると信じている。
なぜなら、彼は警察で私の父親なのだから。
「まだ手伝って欲しいことがあるの」
「良いよ」
「私はこれから母に会いに行く。その時の会話を聞いて欲しいの」
「菊に会いに行くのか?」
「うん。私が自由になるためには母との決着は付けておかないと」
母には今まで私にしてきたことの報いを受けてもらう。
彼女が一番嫌がることで。
「それは分かった。でも、なんでその会話を私が聞いておかないといけないんだ?」
「それは、今説明するより実際に会話を聞いてもらった方が早いと思う」
説明するには信じにくい話なので、こればかりは説明ができない。
しかし、絶対に母に絶望を提供できる自信はある。
「まあ、いいだろう。彼女には敦那の死の偽装に関して複数の嫌疑がかけられている。敦那との会話の中に容疑を裏付けるような何かがあればすぐにでも捜査に移れる」
「そうなのね」
やはり、私の死を偽装したことは彼女の首をかなり絞めつけてるようだ。
「でも、菊と会うのはまだ待っていてほしい。こちらも発見された死体をもう一度、私の監視下の元調査してみる」
「ありがとう。じゃあ、時が来たら教えて」
私はスマホを父に向ける。
父はよく分かってない顔をしている。
「連絡先、教えてよ。お父さん」
「ああ!そうだな!」
父もスマホを取り出し、連絡先を交換する。
父は彼女とも連絡先を交換した。
後日改めてお礼をさせてほしいからだそう。
「じゃあ、私達帰るわ。あまり長話していい場所でも役職でもないからね」
「そうだな」
私達はソファから立ち上がり、扉に向かう。
「なあ、敦那」
後ろから名前が呼ばれる。
「なに?」
「落ち着いたら私と敦那と紗季の家族3人でご飯を食べに行こう」
紗季は私の姉。
家族......
私には一生縁のない物だと思っていた。
それがもう少しで手に入るんだ。
「いいよ。でも私、味が濃すぎたり脂っこい物食べれないから。頑張ってお店探してね」
「それならいい店を知ってるよ」
「じゃあ、約束ね」
私は振り返ってそう言う。
「ああ、約束だ」




