温もり
「お母さん、見て今日学校のテストで98点だったの。すごいでしょ」
少女は母親にテストの結果を見せる。
喜んでもらえると思っていた。
「すごいね」、「頑張ったね」と褒められると。
しかし帰ってきたのは彼女にとって想像もしない言葉だった。
「98点?なぜ100点じゃないの?こんな簡単な小学校の問題も解けないの?よく聞きなさい、あなたは私のなの、あなたの評価は私の評価になるの。だから今後、私の評価を下げるようなことはしないで、テストなんて100点取って当たり前よ。分かったら、二度とこんなことしないために勉強しなさい。」
少女の母親はさげすむような視線を娘に向けて去っていく。
少女は言われた意味をすぐには理解できなかった。理解できるはずがなかった、7歳の少女は褒められたかったのだから。罵倒されるとは叱られるとは思っていなかったから。
それから少女は勉強を頑張った。100点を取るために頑張った、遊びも友達も投げ捨てて。母親に褒めてもらうために。
次のテストでは100点を取った。
今度こそ褒めてもらえると思った。
しかし帰ってきた言葉は
「そう」
だけだった。
少女は理解した、私は彼女にとって自分の地位を守るためのモノでしかないということを。私の感情や意思は関係ない。彼女が望むことを完璧に成し遂げる人形。
それを理解したとき涙なんて出なかった。
何も思わなかった。
きっとこれからのことを考えた結果、私の心が何も感じなくさせたのだろう。
この時、東雲 敦那という人間は死んだ――――――――――――
目が覚める。
保健室の天井が見える。
そうだ、案内してて屋上に行ったときに気を失ったんだった。
「今、何時?」
腕時計を確認すると、時計の針は15時50分を指していた。
丁度、帰りのHRが終わったくらいだろう。
私は2時間半ほど眠っていたらしい。
5、6時間目を欠席してしまったが仕方ない、薬を飲み忘れたり体を動かし過ぎると時々こうなってしまう。
彼女には申し訳ないことをしたな。
そんなことを思っていると、保健室のドアが開いた。
「失礼しまーす。先生、しののんの体調どうですか?大丈夫そうですか?」
彼女だ。
元気な感じではなく、落ち着いた声のトーンで先生に話しかけている。
「あら茉莉さん、敦那さんなら体調は落ち着いて今は寝てるわよ。ちょうど下校のタイミングだし茉莉さんが起こしてくれないかしら」
「先生じゃなくて私が起こしていいの?」
「だってあなた、すごい心配してたじゃない。」
「だって、私が屋上行きたいとか言っちゃったからしののん倒れちゃったんだと思うし。」
そんなことない、元はと言えば私が薬を飲まなかったのが原因なのだから。
「そんなに心配しすぎなくても大丈夫よ、彼女はもともと体が弱いからこういうこともちょくちょくあるの。」
「そうなんですね......」
「だからそんなに落ち込まないで、あと先生これから会議あるから敦那さんのことよろしくね。」
「え、ちょっと先生!?」
「行っちゃった......」
少しの沈黙が続いた後、ベッドを囲んでいるカーテンが開いた。
「しののん起きてる~?」
「起きてるわよ」
「もしかしてさっきの話も聞いてた?」
「ええ、あなたが保健室に入ってきたときには起きてたし。倒れたのは私が薬を飲み忘れただけだから気にしないで」
「そうなの?」
「そうよ」
どうやらよっぽど気にしてたらしい。
お昼までのテンションが嘘かのようにへこんでいる。
「ていうか、しののん毎日ご飯ちゃんと食べてる?」
「食べてるわよ」
「本当?運ぶとき、めっちゃ軽くて細くてびっくりしちゃった」
運ぶとき?
そういえば私はどうやって保健室に来たのだろう。
もしかして.......
「あなたが保健室まで運んでくれたの?」
「うん!ほかに人だれもいなかったし、先生呼びに行くにしてもしののん一人にするわけにはいかなかったから」
「そう」
「私、体力には自信があるからね!しののん一人運ぶのなんてちょちょいのちょいよ!」
腕の筋肉を見せるようなポーズをとりながらそう言ってくる。
昼までのテンションが戻ってきたらしい。
「ありがとう、助けてくれて。あと私のせいで気を使わせちゃってごめんなさい」
そう言いながら私は頭を下げる。
「え!?なんで頭下げてるの!?顔上げてしののん、気にしなくていいよ!私も今日しののんにめっちゃ助けられたし」
彼女がこう言うことなんて分かっていた。
でも私が謝りたかった、感謝したかった。
そう、これは私の自己満足だ。
人のやさしさに触れたのはいつぶりだろうか、もしかしたら初めてかもしれない。
私はそれが嬉しかった、嬉しかったのだ。
「それにさ、私たち友達じゃん!友達はお互いに助け合うものでしょ!」
「ちょっと待って、友達?私とあなたが?」
「そうだよ?え、もしかして友達じゃない!?」
「いや、だって今日あったばかりだし、そんなに話してないし、友達なんてワードさっきまで出てこなかったし、第一こんな私と友達になりたがる人間なんているわけないし、こんな根暗で無口なやつ」
「ちょ、ちょっとストーップ!言いすぎ言いすぎ!途中から自虐しちゃってるし。大丈夫だって、しののんそんな奴じゃないから!」
慌てて彼女が私の話を遮る。
「それにさ、べつに今日あったばかりとか、そんな話てないとか関係ないじゃん?お互いに助け合ったらもう友達でしょ!」
分からない、これが普通なのか。
友達というものが長らくいなかった私には分からない。
友達の作り方も忘れた、人との接し方も分からなくなってしまった。
でも、彼女に友達だと言われて嫌じゃなかった、嬉しかった。
「別にしののんが嫌だったらいいんだけどさ~」
「嫌じゃない......友達」
「まじ!?やった~!じゃあこれからよろしくねしののん!」
彼女は右手を差し出してくる。
「?」
「握手だよ!これからよろしくね、しののん!」
私も左手を差し出す。
「よろしく」
彼女の手は暖かかった。
人の手ってこんなに暖かいんだ。
私は人の温もりを思い出した。




