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00:00:00

作者: asd
掲載日:2026/02/03

 ⅰ その日、僕が自動販売機の下に手を突っ込んで取り出したのは、10円玉ではなく「銀色の小さな鍵」だった。

 鍵には見覚えのない文字で「絶対に開けるな」と書かれたタグがついていたけれど、そんなことを書かれたら開けたくなるのが人間の性というものだ。僕はその鍵を握りしめ、あたりを見回した。すると、いつも通っているはずの公園の真ん中に、昨日までは確実になかった「真っ赤な公衆電話ボックス」がポツンと佇んでいた。

 公衆電話は一般的に緑色だろう。しかし、その不思議な公衆電話は真っ赤だった。一瞬、僕は目を疑ったがこういうこともあるだろうとあまり深く考えずじっと電話を見ていた。

 恐る恐る近づき、試しに電話ボックスのドアノブに鍵を差し込んで回すと、カチリと音がしてドアが開いた。

 僕は自動販売機で10円玉ではなく鍵を拾ったので、小銭を持ち合わせておらず公衆電話を使おうとしてもできなかった。

 数分後、突然電話からアナウンスが流れ出した。時報だ。僕はもうこんな時間かと思い、足速に帰宅した。

 ⅱ 家に着いた僕は、買ってきたコンビニ弁当を温め、テレビもつけずに静かに夕食を済ませた。あの赤い電話ボックスのことは、「変なこともあるもんだ」と脳内のゴミ箱に放り込みかけていた。

 しかし、寝る前に歯を磨こうと洗面台の鏡を見た瞬間、心臓が跳ねた。

 パジャマのポケットが、妙に重い。 手を入れると、そこにはさっき電話ボックスの鍵穴に残してきたはずの「銀色の鍵」が戻っていた。

 さらに、どこからか「プー……プー……」という、あの公衆電話の受話器を上げたときのような音が聞こえてくる。音の主は、僕の枕元に置いてあるスマートフォンだった。画面を見ると、発信元は「00-0000-0000」。

 僕は迷った。それと同時に急に恐ろしくなったのだ。僕は友達も家族も恋人もいない。そんな孤独で平凡な日常にようやく慣れ始めてきたという時に、非日常的な体験はごめんだ。僕は無視して寝ることにだけ集中した。

 それから数日、なにも起こらなかった。僕は安堵した。あれはなんだったのだろうか。

 ⅲ しかし安堵は長くは続かなかった。

 一週間後の仕事帰り、僕はふと、駅前の高層ビルの巨大ビジョンを見上げて足を止めた。 ニュース番組の街頭インタビュー。通行人が「最近の物価高について」答えている。しかし、その通行人の背後に映り込んでいるものを見て、僕は血の気が引いた。

 人混みの中に、あの「真っ赤な公衆電話ボックス」が立っていたのだ。

 あり得ない。そこは地下鉄の入り口で、あんな大きなものが設置されるスペースなんてないはずだ。しかも、画面の中の電話ボックスのドアが開き、中から「僕と全く同じ格好をした男」が出てくるのが見えた。

 慌てて目をこすり、もう一度ビジョンを見たときには、すでにニュースは別の話題に切り替わっていた。

「見間違いだ。疲れてるんだ。」

 自分に言い聞かせながら、逃げるようにアパートの階段を駆け上がる。息を切らして自室のドアを開け、鍵を閉めようとしたその時、

「カチャン」、と足元で金属音がした。

 見ると、玄関のタタキにあの「銀色の鍵」が100本ほど、まるで雨のように天井から降り注いでいた。 そして、誰もいないはずの部屋の奥から、あのアナウンスが聞こえてくる。

「……現在時刻は、あなたの人生が終わる3分前をお知らせします。チッ、チッ、チッ……」

 血の気が引くような思いだ。普段は冷静沈着な僕でも「死までのカウントダウン」が始まったことを聞かされては気が気でなくなっていた。

 だがふと思い出した。この声聞いたことがある...。

「母さんだ」

 それは紛れもなく3年前に死んだ母親の声だった。母さんは穏やかで、でもパワフルで優しい人だった。そんな彼女の死因は病死だ。当時はそんなはずはないと思っていた。正直、今も疑念を抱いている。

 僕はこの母さんの声が「本当は病死じゃないのよ、」と訴えているように思えた。その言葉が、僕の脳裏にこびりついて離れない疑念と共鳴する。あの時、医師が見せた不可解な表情、急いで行われた葬儀……。

 考えている間にタイムリミットは残り2分。さて、これからどうしようか。そうだ、この鍵でなんとかできないだろうか。

 僕は床に散らばる100本の鍵の中から、直感だけを頼りに「一本」を掴み取った。他の鍵は冷たい鉄の塊なのに、その一本だけが母さんの手のひらのような温もりを帯びていたからだ。

「この鍵は、どこを開けるためのものだ?」

 必死に部屋を見渡すと、クローゼットの奥、亡き母の形見をしまっておいた古い木箱がガタガタと震えている。僕は迷わず駆け寄り、その温かい鍵を木箱の鍵穴に差し込んだ。

「カチリ。」

 蓋を開けると、そこにはアルバムでも手紙でもなく、一台の「真っ赤な受話器」だけが鎮座していた。コードは木箱の底を突き抜け、床下の闇へと伸びている。

「……出なさい」

 母さんの声が、今度は直接頭の中に響いた。 僕は震える手で、その赤い受話器を取り、耳に当てた。

「……もしもし?」

 すると、電話の向こうから聞こえてきたのは、母さんの声ではなく、「今の僕」と全く同じ声をした男の、低く冷ややかな笑い声だった。

「やっと気づいたか。母さんは殺されたんじゃない。『交換』されたんだよ。 3年前のあの日、あの電話ボックスでね」

「交換…?」一体なんのことだ。全く検討がつかない。今、僕に話しかけているこの男は一体誰だ。

 僕は思いついた言葉を何も考えず口から吐き捨てていた。

 いつのまにか電話は切れていた。

 慌てて残りの時間を確認すると何故かタイムリミットが残り1:27のところで止まっていた。

 進む気配もない。僕はほんの少しだけ安心して気絶するように眠ってしまった。

 ⅳ 翌朝、僕は警察署の門を叩いた。昨夜の不可解な出来事——降り注いだ鍵、母の声、そして謎の男との電話——をすべて、わらにもすがる思いで話した。

 しかし、対応した刑事の反応は、僕の予想とは全く異なるものだった。

「……君も、まだ苦しんでいるんだな。無理もない。身内があんな事件を起こせば。」

 刑事の言葉に、僕は耳を疑った。「事件? 母さんは病死だったはずですが……」

 刑事は痛ましそうな目で僕を見つめ、古い捜査資料をめくった。そこに記されていた事実は、僕の記憶とは似ても似つかないものだった。3年前、母さんは自宅の階段から突き落とされて亡くなっていた。そして、その容疑者として逮捕・起訴され、今も刑務所に収監されているのは、僕が誰よりも慕っていた母の弟……叔父さんだった。

「叔父さんが、母さんを? そんなはずはない」

 動揺する僕に、刑事は追い打ちをかけるように言った。「動機は未だ不明。だが、叔父さんは一貫して否認し続けているんだ。『俺が行った時には、もう誰かがいた。真っ赤な受話器を持って立っている男がいたんだ』とな。」

 頭の奥で、またあの音がした。 「1:26……1:25……」

 止まっていた秒針が、再び冷酷に刻み始める。それも、信じられない速さで。 僕はふと、自分の右手を見た。警察署の蛍光灯に照らされたその手は、白く、震えている。

 叔父さんが見たという「真っ赤な受話器を持った男」。 昨夜、僕の部屋の木箱から出てきた「真っ赤な受話器」。 そして、なぜか僕の記憶からだけ、母が殺されたという事実がすっぽりと抜け落ちている。

 ポケットの中の「銀色の鍵」が、妙に熱を帯びてきた。まるで、「本当の犯人は、君のすぐ隣にいるよ」と囁いているかのように。

 ⅴ 僕は時間が惜しい。すぐに警察署を後にした。

 叔父さんのことはよく知っている。昔からよく僕と遊んでくれていた。おっちょこちょいでよく怪我をしていたっけな。

 そんなことを考えているうちに残り5秒。「4321...0...」。時間だ。

 僕はもう死ぬんだ。何もなし得なかった人生だったな。母さんと天国で再会できるかな。

 その瞬間、ボクの中で雷に打たれたような強い衝撃が駆け巡った。

「ウワ、ヤットデテコラレタウレシイナ」

 僕の意識は、急激に深い暗闇の底へと沈んでいき、「誰か」の冷たい思考が指の先から脳の隅々までを支配していくのがわかる。

 視界の端で、現実の景色が歪む。警察署の前の見慣れた街並みが、まるで古いフィルムのように色褪せていった……。



ご覧いただきありがとうございます。

この物語がどこへ着地するかは、読者である皆様の中で決まるのだと思います。

わたくしが語るのは野暮ですのでご想像にお任せします。

ごきげんよう。

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