009:第5章「結婚という名の現実」②
「互いにきょうだいの相手には苦労するな」
「クレル……」
舞踏会の最中、踊り疲れてバルコニーで一息ついていたシルフィーナの元にクレムウェルが現れた。
休憩とはいっても、そんなにゆっくりとはしていられない。
広間にいないことが気づかれれば、すぐに誰かが探しに来るだろうから。
「ちょうどいいわ。あなたと話がしたいと思っていたの」
手短に結婚の話が進んでいる件を伝える。
「あなたはどう思っているの? 私との婚約はウィル兄様に対しての人質と、他の縁談避けのためだと思っていたけれど」
冷静なクレムウェルは利害でしか動かない。
彼が魔王としての行動を起こさないのも、次期国王として大人しくしている方が簡単に王国を手に入れられると知っているからだ。
だから、彼がもし結婚を望んでいるのであれば、なにかしら利益を見つけたのかもしれないとシルフィーナは考えていた。
だが、クレムウェルはついと視線を逸らすとバルコニーから見える星空を西へと辿った。
「……最近、西の大地から魔力のゆらぎを感じる」
「西? それって西の荒れ地?」
西の大地はその昔、魔族の勢力圏だった地域だ。そして、その荒野は二百年前、勇者ウィルが魔王クレヅェクルを討った場所。
魔王が討伐されて以降、残った魔族は荒野よりも西の果てへと追いやられ、そこでひっそりと暮らしているらしい。
西の辺境地域では小競り合いこそはあるものの、大きな戦いへと発展することはなく、王国内は平和に保たれている。
「ゆらぎはなにかの予兆かもしれないし、二百年前の激闘で大地の気脈が乱れたせいかもしれない」
「調査は派遣しているの?」
「ああ。だが、原因はまだ掴めていない。魔力の扱いに長けた者が辺境には少ないし、西の果てにいる魔族を怖がっている者も多いしな」
もっと詳細な調査が必要だとクレムウェルは言う。
「この二百年で王国内の基盤は整えられている。今後は……」
「西の大地の調査と、それに残った魔族との交渉も必要になりそうね」
王子の言葉の先を正確に引き継いだシルフィーナに、クレムウェルはフッと微かな笑みを向けた。
「こういうことを隣で語り合うことができるのは……語りたいと願うのは――――お前だけ、ということだ」
「え……」
それが最初の問いの答えだと示されて、シルフィーナの心臓がとくんと一つ跳ねる。
「それって……」
どう言葉を選んで繋げるべきかと迷いながら王子を見つめると、僅かにだが銀色の横髪に隠れるように白い肌がうっすらと色づいていた。
「お前の兄には、きっと一生……恨まれるだろうな」
今更だがな、と付け加えると、クレムウェルは広間へ戻るべくすれ違った際にシルフィーナの頭にポンと手を置いて囁いた。
「日取りは、お前の希望に沿わせよう」
「……クレル」
頭に触れられた手のぬくもりは魔族ではなく明らかに人間のものだった。
十三年間、ずっと側で見てきたからわかる。
彼の魂は確かに魔王だったけれども、今の彼は人間だ。
尊大な態度はとるし、利害にばかり目が行きがちで、全然笑顔が足りていないけれども。
平和を知り、いつの間にか民を思い、魔族のことも忘れてはいない。そんな王子へと成長していた。
自分と同じように、新たな人生の中で新たな道を掴もうとしている。そんな人間。
そして、その心が少しでも自分を求めてくれることに、自分は確かに――――「嬉しさ」を感じていた。