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006:第4章「歪な三角関係」①

王国暦1228年――――運命の庭園茶会から十三年後。

王都の一角にある荘厳で広大なエメリス公爵家。

かつて毎日のように騒がしかった邸内も、双子が成長して成人となった現在はとても静かな……


「待ってくれ、シルフィ! 今度の舞踏会こそ俺にエスコートさせてくれ!」

「はぁ、何度も言っているでしょう、ウィル兄様。それは無理です。相手の顔に泥を塗ることになりますから」

「あいつの澄まし顔になんて、泥でもジャムでも好きなだけ塗りたくっていいだろう!?」

「よくないです! そんなことをしたら今度こそ我が家が取り潰されてしまいます!」


激しく言い合いをする二人はもう五歳児ではなく、立派な十八歳の成人だ。

王立学園を共に優秀な成績で修め、卒業後、ウィルフレッドは王族の側近兼護衛騎士として、シルフィーナは魔道研究所に通う傍ら花嫁修業にも努める多忙さだ。

二人がこの進路になった原因は、五歳の頃、あの庭園茶会でウィルフレッドと第一王子クレムウェルが起こした騒動のせいだった。




「われを傷つけたエメリス家への処罰は――――そこの女を差し出すことだ」


茶会の翌日。一家全員が呼び出された王城にある謁見の間。

若き銀髪の王子クレムウェル――元・魔王クレヅェクル――から無表情のまま冷淡に申し渡された処罰は、手を上げたウィルフレッドではなく争いを止めたシルフィーナへ向けられた。

要は、シルフィーナを王子の婚約者に、ということだ。

「ふざけるなっ! どうしてシルフィをおまえなんかに……!」

当然のごとく怒りまくったウィルフレッドは暴走寸前のところを兵士たちに押さえつけられ、両親は処罰というには僥倖すぎる申し渡しに戸惑うばかりだった。

そもそも王族に傷をつけるなど、家が取り潰されても文句は言えない不祥事なのだ。

「ねえ、あなた。これって本当に処罰なのかしら?」

「さあ……どうなんだろうね」

王族と縁続きになるのだから普通の貴族ならば手放しで喜ぶだろう。

処罰という名目でなかったら、いくらのほほんとしている双子の両親でも満面の笑みで承諾していたに違いない。

「おまえはどう思う? シルフィーナ」

これは交渉ではなく処罰の決定だ。だから拒否権などあるわけないのに、優しい父はそれでも幼い娘に意見を述べる機会を与えてくれた。


「……いいわよ。むしろ、わたしとっても好都合だわ」


「シルフィ!」

ウィルフレッドは兵に押さえつけられたまま何度もやめろと叫んだけれど、既に決意は確定していた。

「クレムウェル王子。あなたはウィル兄様からわたしを奪って報復としたいし、人質として手元に置きたい。だけど、わたしもあなたを近くで見ておきたいもの。……人間の民に対してどんな(まつりごと)を行うかをね」


――――元・魔王である彼を誰かが監視する必要は絶対にある。


初対面の時、既に彼が昔の魔王とは違う人生を歩んでいることは理解していた。

今すぐに王国の害にはならないだろう。むしろ、害があったとしても訴えることすら立場的に難しいとシルフィーナは判断していた。

かといって、放置するのは無責任だとも思っていた。

よって、この処罰は彼の動向を見極めるには最適だ。

「ふっ、いい度胸だな小娘」

自分だってまだ子どもじゃない、と言い返したいのをグッと堪え、代わりにニコリと淑やかに微笑む。

貴族にとって、こういう場面では笑顔こそ最大の攻撃であり防御だ。

ウィルフレッドだけは最後まで断固反対してはいたけれど、兄に妹離れしてほしいシルフィーナとしては一石二鳥。よって、王子との婚約に合意した。

そして、


「婚約したからってシルフィに近寄らせてたまるか! おれがあの魔王からシルフィを守る!」


そう決意したウィルフレッドは、なにかにつけて王子と張り合うようになった。

剣術・体術・魔法・社交。持ち前の素質だけでなく幼い頃から努力を重ね、学生時代にはシルフィーナと共に学年上位の成績をとり続け、対抗試合では王子クレムウェルと何度も対決し、数々の名試合を残した。

そんなこともあり、いつの間にか王子の側近の役目を周囲から押しつけられ、傍ら騎士団の鍛錬にも通うという異色な護衛騎士となってしまった。

護衛も調査も仕事の手伝いも何でも行う、言うなれば王子専属の何でも屋だ。


「我に護衛など不要だ。もう家に帰ったらどうだ?」

「騙されるか! これからシルフィと会う予定なんだろう!? お前らを二人きりにさせてたまるか!」

「もう、ウィル兄様クレルも、毎日毎日、喧嘩しないでっ!」


シルフィーナを手元に置くことでウィルフレッドに嫌がらせをする王子クレムウェル。

王子を監視がてら兄の妹離れを期待するシルフィーナ。

二人の婚約を破棄させて愛する妹を取り戻したいウィルフレッド。


歪な三角関係は激しい火花を散らし続けたまま、平和な王国で十三年の年月を重ねたのだった。


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