005:第3章「運命の庭園茶会」②
「魔王クレヅェクル! おまえまで現世に!?」
茂みから飛び出して銀髪の少年に対峙したウィルフレッドをシルフィーナも慌てて追った。
完全に頭に血が上ってる。前世の宿敵が目の前に現れたのだから仕方がないが。
(ああ、こんなことにならないようにお茶会を抜け出したのに)
なのに、二人は出逢ってしまった。
ゆえに、シルフィーナには惨事を食い止める責任がある。
「待って、ウィル兄様! 彼は……!」
だが、抑止の声など耳に届くはずもない。それは銀髪の少年も同じだった。
「姿は変わっても、やかましく吠えるところは変わらぬようだな」
「なんだとっ!」
ウィルが思わず腰元に手をやるが、今日は茶会のために短剣一つも持ち合わせていない。
剣さえあればすぐに斬りかかっていただろうから幸いだったが、それでも彼の頭の中は『魔王を倒す』一点にしか定まっていなかった。
ゆえに、突き出した手のひらに魔力を集中させる。
「天を貫く怒りよ、轟き響いて眩しき剣となれ! 魔を滅する閃光よ! 勇者ウィルの名の下に!」
「やめて、兄様!」
詠唱に呼び出された雷雲が頭上の空へと集いはじめる。
王国でも一握りの者だけが扱える、最も希有な光魔法。
稲妻を使った光魔法は勇者ウィルが得意としたものだった。
そんな最上級魔法をここで使ったりしたら城にも被害が及んでしまう。
しかも、その魔法を迎え撃つべく、魔王の少年も詠唱を唱え始めた。
「漆黒より暗き果てしなき闇よ、すべてを呑み込め。すべてを無に帰せ。魔王クレヅェクルに逆らう愚かなる者に、永劫の裁き与える闇の世界を……!」
「二人ともやめてーーーーっ!」
二人の魔力が詠唱によって構築され、魔法として具現化していく。
シルフィの懸命な叫びに構うことなく、二人の詠唱はほぼ同時に完了した。
「くらえっ! 極天雷閃光ーー!」
「消え去れ、極暗黒無次元……!」
二つの極大魔法がぶつかる――――そう思った時、
……ぷすん
と、二人の間で気の抜けた音が小さくはじけた。
「――――……???」
一瞬だけ三者の思考と時間が止まったが、いち早く気がついたシルフィは疲労のため息を吐き出した。
「……できるわけないでしょ、五歳児に極大呪文だなんて」
そう。子どもの身体では無理なのだ。
身の丈にあわない魔法も技も、新たに得た幼い肉体の器では、まだ会得できていない状態と変わらない。
「ほら、わかったら二人とも落ち着いて……」
そう宥めようとしたのに、あろうことか「えい」とウィルフレッドが拳で少年の顔を殴った。
ただし、子どもの腕力だから効果音は「ポカッ」程度だったが。
「兄様!? なに殴ってるのよ!?」
シルフィが兄を後ろから押さえて少年から引き剥がそうとしたけれど、二人を引き離すより先に今度は少年がウィルフレッドをグーで殴った。こちらも効果音は「ポカッ」程度ではあったけれども。
「ちょっ、あなたも殴り返さないでよ!」
だが、こうなるともうシルフィーナの腕力では二人を引き剥がせない。
「よくも、われの顔を殴ってくれたな?」
「おまえだって、おれを殴っただろう!」
そして、ひと呼吸後には男児二人による壮絶な乱闘がはじまった。
武器なし魔法なしの素手のみだ。
互いの攻撃にそれほど威力はないとはいえ、殴った痕もひっかき傷も次々と刻まれていく。
そして、双方ともにやめる気配が全くない。
あれほどやめてと言ったにも関わらず。
「――――もう、二人とも……っ! やめなさーーーーいっ!」
「な、なんだ、これは!? 氷が……!?」
「シ、シルフィ!?」
ついに堪忍袋の緒が切れたシルフィーナの魔法により、ウィルフレッドと銀髪の少年の両脚が凍りついて地面に繋ぎ止められた。
「こ、これは、そなたの魔法か!?」
少年に問われたシルフィは怒りの感情のまま「そうよ」と言い放つ。
「わたしは既に基本魔法はすべて習得しているの」
赤子の頃から毎日魔道書を読み込み、今世でも日々魔法の修練を重ねている。
いきなり極大魔法を使おうとした無能な二人とは違うのだ。
「け、けど、シルフィ、氷魔法って上級じゃ……」
「基本魔法だけでも可能よ。水と風を組み合わせればね。あと凍傷にならないように土魔法も使っているわ」
三属性の魔法を一瞬で組み合わせて発動というのは大人の魔法使いでも相当に難しいとされる高等技能だ。
そんな魔法を使わせるほどシルフィーナが怒っているのだと知って、ウィルフレッドはヒュッと血の気が引いた。昔から怒った彼女は……怖いのだ。
「とにかく、これで喧嘩は終わり! 二人ともいいわね!?」
地面に繋ぎ留めていた氷がパリンと割れて解放されたが、二人はシルフィの気迫に圧倒されてぐうの音も出ない。
「……仕方ない。ここはそなたの顔を立てよう。だが、なんらかの処罰は受けてもらうぞ」
高慢な少年の物言いにウィルフレッドの頭にまた血が上りかける。
「おまえ、魔王のくせに何様のつもりなんだ? 子どもの姿で凄んだって……」
「ウィル兄様、いい加減にして。彼はね……」
そこへ騒ぎを察して数名の兵士たちが急ぎ駆けつけた。
「王子様! クレムウェル様! これは何事ですかっ!?」
「……何でもない。些事だ」
「ん、なんでこんな場所に子どもが……いや、この翠玉の髪。もしやエメリス家の!?」
あっという間に双子は兵士たち数名に取り囲まれる。
だが、この状況になってもウィルフレッドの思考は動きが鈍かった。
「は? 王子? 誰が?」
説明する気力も失せたシルフィーナがため息を吐く中、銀髪の少年が氷蒼の瞳を向けて今世での名を名乗るのだった。
「――――クレムウェル・ロイド・エルダイヤ。われがこの王国の第一王子だ」