030:第15章「新たな明日を、あなたと共に」③
溢れんばかりの祝福の光と拍手によって締めくくられた婚礼の儀の後。
参列者たちが王城の広間へと移動する間、シルフィーナとクレムウェルは王都を見渡せる城門のバルコニーで民に姿を見せていた。
神殿に入れたのは残念ながら貴族に限られていたゆえに、城門前の広場は一般の民たちで埋め尽くされている。皆、笑顔で大きな拍手とあらん限りの大きな声を二人へ懸命に届けてくれていた。
「クレムウェル殿下! 万歳ーー!」
「シルフィーナ妃殿下! おめでとうございまーーす!」
広場だけではない、周囲の建物の窓からも身を乗り出すようにしてこちらを見ている。
シルフィーナも以前は平民だったから気持ちは分かる。
王族だなんて完全に別世界の人で、目にする機会も一生に一度あるかないか。勇者と共に旅をした時ですら、凱旋の時に挨拶した程度だった。
それなのに、今はこうして王家側の人間として注目を浴びているのだから不思議なものだ。
「すごいね。みんな、こんなに私たちを祝ってくれるなんて」
必死に祝福をしてくれる民に感謝をして手を振り返す。今はそれしかできないのがもどかしいくらいだ。
「我らの婚礼が多少なりとも復興の役に立てば……くらいには思っていたが、ここまで他者を手放しで祝福して歓喜できるのは人間の特異だな」
クレムウェルもここまでの熱量ある支持は初めてだったらしく、民へ手を振りながらも圧倒されているようだった。
祝ってくれる民になにかお返しをしたいが、広場に降りることは禁止されている。真っ当に考えれば、これからの政で民に返すしかないのだけれど。
「ねぇ、クレル。そういえば、さっき……緊張、してた?」
誓いの口づけの時、と囁くと、クレムウェルは頬をわずかに赤くさせた。
頬に手をかけて引き寄せてくれた時、手つきが少しぎこちなく感じていたのだ。
「き、緊張するのは当然だろう。我はあいつとは違う。何年も我慢して……っ、いや、なんでもない」
最後は口篭もってしまったクレムウェルに、思わずシルフィーナはフフッと笑ってしまう。
時々こういう表情を目にすると、いくら傍目には冷静で立派な王子様でも中身は純粋な人なのだと思い出す。
種族を違えて生まれ変わったことで戸惑うことも多かっただろうに、それでも彼は子どもの頃から『人間』に相対して生じる疑問を考え、時には尋ね、自分の感情とも向き合ってきた。それゆえに、人一倍、純粋な『人間』なのだ。
彼のそういうところにシルフィーナはとても惹かれている。
「私もね、あの瞬間だけはすっごく緊張したの」
おあいこだね、とシルフィーナは吐露する。
唇が重なり触れた時、心臓がどきどきとうるさくて、胸の奥がきゅうっと愛しさで苦しくなった。
前世の時ともウィルフレッドの時とも少し違うクレムウェルへの愛情は、いつだって触れあうたびに嬉しさと幸せで胸がいっぱいになってしまう。
「でも、もう一度だけ……緊張させるね」
と、シルフィーナはクレムウェルの首元に腕を回すと、精一杯背伸びをして頬にチュッと唇を寄せた。
「い、いきなり、なにを!?」
真っ赤になって狼狽えるクレムウェルを除き、目にした広場の民たちは、おぉぉと歓声とどよめきに揺れている。とくに女性の声援が一際大きくなったようだ。
「ごめんなさい。でも、こうした方がみんな喜んでくれるかな? って」
シルフィーナの言うとおり、広場は更に熱狂を増していった。
「きゃああっ! クレムウェル様! シルフィーナ様! 素敵ですーーっ!」
「あのお二人、本当に仲がよかったのね~~」
「なんだよ、めちゃくちゃ熱愛じゃんか! ちくしょう、おめでとうございます!」
民からの声は多種多様だが、おおむね肯定的などよめきだ。
王家と公爵家の結婚だから、単なる政略婚だと思っていた民も多かったのだろう。
だけど、これでちゃんと自分たちが愛し合って結ばれたことを民にも知ってもらえたはずだ。
「まったく、お前は……。それなら、こっちの方が効果的だろう?」
「ん……っ」
今度はクレムウェルがシルフィーナの頬を引き寄せて唇を奪う。
さっきまで「緊張した」とか言っていたはずなのにスムーズすぎる反撃だ。
「ん……はぁ……クレ……んっ」
しかも、式の時のように一度だけではない。
少しずつ角度を変えて探るように口づけてくるクレムウェルに、降参したシルフィーナは必死に彼の服をぎゅっと掴んだ。
「もぅ……人前でする口づけじゃないでしょ」
「だが、民を喜ばせたいんだろう? お前は」
クレムウェルに言われて広場へと目を向けると、先ほどよりも割れんばかりの黄色い悲鳴が大きく響いていた。
確かに喜んではもらえたようだ。めちゃくちゃ恥ずかしかったけれども。
(でも、これからもこんな風にクレルと口づけしていくの? 心臓……もつかな?)
まだドキドキと鼓動が響く胸に手を置いて心配していると、表情に出ていたのだろうか、クレムウェルが耳元に唇を寄せて囁いた。
「言っておくが、夜になったら余計に緊張する羽目になるんだからな。その……今から覚悟しておいてもらわないと、困る」
「……え?」
一瞬なんのことか本気で分からなかったが、しばし思考を巡らし、ようやく当たり前のことにはたと気づく。
「あ……えっと……その……」
思い当たった答えに、今になって顔にカァッと熱が篭もってきた。
結婚式の夜にどうするかなんて知識としては知っていたのに、今まで他人事のようにしか思えなくて実感できていなかったのだ。
だけど、もう結婚式は済んでしまった。心臓がもつかどうかに関係なく、今夜すべきことは定められている。
だから、怯むわけにはいかない。自分はもう、彼の妃なのだから。
「が、がんばるもの! 今夜のことも。これからだって、ずっと」
そう、ずっと。これからは二人で王国の歴史を新たに未来へと繋いでいく。
「あなたが一緒にいてくれるのなら……あなたが手を握ってくれるのなら……どんなことがあっても、きっと大丈夫」
「共にあると、誓ったばかりだろう? 我の手をとり、隣にいられるのは……お前だけだ」
言葉のとおり、指を絡め、手のひらを合わせ、固く繋ぎ、二人で共に立って民たちに向かい合う。
その仲睦まじくも凜々しい姿に、広場に集まった者たちは『明日』を見出し、なお一層大きな拍手で二人を讃え続けた。
「キュィィィィーーーー!」
二人の頭上を聖獣の子竜が嬉しそうに飛び回り、祝福の花びらが柔らかな風に舞う。
若き王子とその妃を祝う歓声は、いつまでも、いつまでも、王都じゅうに響き渡り、歴史書には幸せな一文が新たに綴られたのだった。
【Fin.】




