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028:第15章「新たな明日を、あなたと共に」①

「では、王子。誓いの言葉を」

静謐な神殿の大聖堂に響く厳かな声が静々と儀式を促していく。

聖卵石の儀式の時は身内しかいなかったが、さすがに今日ばかりはそうはいかない。

第一王子の婚礼の儀だけあって、王国中の貴族、近隣諸国からの賓客、儀式を司る神官たち、警護のための護衛騎士たち。巨大な女神像が見守るこの場には、およそ千人以上が儀式に注目していた。

進行役の大神官以外は誰一人として口を開くことを許されず、大聖堂内の空気は静寂を重圧で挟んで上から押しつけたかのようだ。

ピリリと引き締まった緊張感の中、片膝をついて女神の祝福を受け入れていたクレムウェルが立ち上がると、左肩で留められた白銀のマントがゆったりと揺れた。

改めて女神の像を見上げ、心臓の位置に右手をかざし置いて宣誓の礼をとる。

嘘偽りなく心からの想いを言葉にすることを女神に誓うためのものだ。

そうして、一度だけ深く決意の込められた息を吸う音の後に、凜と響く声が刻の凍った聖堂の空気を切り裂いた。


「――――我、クレムウェル・ロイド・エルダイヤは、公爵令嬢シルフィーナ・エメリスを妃として迎え、共に先人の知識を学び、伝統を引き継ぎ、民のための更なる改革に努めることを、この時、この場に刻むことによって、女神に誓う。いかなる困難が立ちはだかろうとも、共に歩むことで希望を見出し、民に対し…………」


女神像に向かって長い宣誓を行っているクレムウェルを、隣で膝をついて控えていた花嫁姿のシルフィーナは、思わずうっとりと見惚れてしまっていた。

(今日のクレルもかっこいいよね……)

普段から彼の執務姿も兵を指揮する姿も目にしてはいるが、長い口上を澱みなく女神に捧げる姿はいつにも増して毅然としている。

黒地を基調にしつつも銀の刺繍が惜しげもなく半身に刺繍された花婿用の礼服。それがサラリと揺れる白銀の髪を映えさせて、より凜々しさを増していた。

肩から背にかけて垂らされた銀のマントは戦時とは違ってゆったりとドレープがかかり、平穏を取り戻した安定を表している。本当に平和な時にしか着ることができない王家用の婚礼衣装だ。

あまりにもよく似合っている彼の出で立ちに、控え室でもシルフィーナは今と同じように見惚れてしまったのを思い出した。


(そういえば、式の前も相変わらずだったよね。あの二人は)


式の直前、シルフィーナは神殿にある控えの間で支度をしていた。

使用人たち数名で着付けてもらった花嫁衣装は、今日のために職人たちが作り上げてくれた最高の一品だ。

ふわりと裾が広がる純白の布地にクレムウェルと同じ銀糸の刺繍がほぼ全面に施されている。一体どれだけの職人が一針一針と縫ってくれたのかを想像するだけで途方もなくて感謝があふれてしまう。

刺繍に沿って散りばめられているのは蒼と翠の宝石たち。クレムウェルの瞳の色とシルフィーナの髪の色を摸してくれたのだという。

エメリス家特有の翠玉色に輝く長い髪。それを結い上げ、王家に伝わる守護のヴェールを被り、銀色のティアラで留める。

花嫁衣装で一つ一つと身を飾っていくたびに、自分が王家の人間になっていくのだと実感が湧いてきた。

今日という日に向けて長年妃教育を受けてきたというのに、やはりどうしても緊張してきて胸が詰まる。

だけど、そんな緊張などとは無縁の存在がシルフィーナのそばにいた。


「今日の装いは最高に美しいな、シルフィ。今からでも遅くはないぞ? あんな奴はやめて、俺と一緒に駆け落ちしてみないか?」

「もう、ウィル兄様ったら」

昨日見せてくれた兄としての姿はなんだったのかと呆れるくらいにウィルフレッドは普段どおりの彼だった。半分冗談だとは思うが、半分本気だったらどうしよう。

だが、そんな兄からの最後の求婚は、背後から頭をポカリと殴られて阻止された。本日のもう一人の主役である花婿に。

「いい度胸だな。堂々と我が花嫁を奪おうとするとは」

「クレル!」

今日はずっと朝から準備で忙しかったから、やっと会うことができてシルフィーナはホッとした。

だが、初めて彼の凜々しい婚礼服姿を目にして、つい言葉を失って見惚れてしまう。

黒地に銀刺繍の礼服は、なんて彼の銀糸の髪と蒼い瞳を映えさせているのだろう。

「シルフィ?」

「あっ、ごめんなさい。その……素敵だな、って思って」

上手く飾る言葉を見つけられなくて素朴な物言いになってしまったが、だからこそ余計にクレムウェルには素直な感想なのだと伝わったようだった。珍しく頬の端がわずかに色づいているのが分かる。

「お、お前も、その……とてもよく似合っている」

「え……っ」

そんな言葉をかけてくれるなんて思っていなかったら、心臓が一際強く高鳴ってしまう。

ありふれた言葉ではあっても、クレムウェルが大切に伝えてくれたことが嬉しくて、先ほどまでとは違う緊張でドキドキと鼓動が響き、顔には熱が宿っていくのが自分でも分かった。


「い……てっ、お前、本気で殴るなよ」

そうしているうちに、うずくまっていたウィルフレッドが衝撃を受けた後頭部を擦りながら立ち上がる。どうやら相当痛かったらしい。

「愚か者。本気で殴ったらお前ごときの頭蓋骨など粉々になっていたところだ」

手加減してやったことを感謝しろ、と普段の調子を取り戻したクレムウェルの態度に、ウィルフレッドは少々カチンときたようだ。

「これでも、お前よりは鍛えているつもりだけどな?」

「魔法も加えた実践ならばお前はまだ未熟だ。剣を振って突っ込むだけが戦いではないぞ? 少しは戦術書からも学んでおけ」

「戦いは終わったんだから戦術より剣技を極める方が効率的だろ!」

「すぐ調子に乗って油断するのがお前の欠点だ! いざという時のために日頃から幅広い研鑽をだな……」

「お前、細かすぎ! その調子でシルフィにもうるさく言って泣かせたりしたら即行で連れ帰るからな!」

「なっ、泣かせるわけがないだろうっ! お前こそ、いい加減に妹離れをしろと……!」

「大切な妹を見守るのは俺の役目だっ!」


「――――もう、二人とも……っ! やめなさーーーーいっ!」


「ん?」

「え?」


シルフィの一喝と共に魔法の気配を察した二人が頭上を見上げる。

そこには球状になった水が二つぷかりと浮かんでおり、そして、バシャッと落ちた。二人の頭に。

「二人とも、これで少しは頭を冷やして?」

「……強引に冷やすな」

「~~っ、誰か拭くもの貸してくれ」

慌てて使用人たちが持ってきた布で二人が顔を拭き、濡れた髪の水分をとっていく。

「少し動かないで、クレル」

シルフィーナはクレムウェルの両頬に手を添えると、簡単な風魔法で細い銀糸の髪を乾かしていく。

「まったく、あなたも兄様も子どもの頃から変わらないのね」

「……お前もな。あの時は氷魔法で凍らされたが」

三人が初めて顔を合わせた庭園茶会。

二人がいきなり喧嘩をはじめ、それをシルフィーナが魔法を使って仲裁した。

思えば、あの事件がきっかけで自分たちは婚約したんだった。

「二人を見ていたら、なんだか緊張していたのが馬鹿らしくなっちゃった」

日々うつり変わっていく三人の関係。それぞれの想い。

それでも、本質的なところは変わらない。

あの日から三人でいる時間はとても楽しいものだった。

今日で絆の名前は少し変わるけれど、要は一緒にいたい人とこれからも一緒にいる。ただ、それだけのことだ。


「婚礼の儀、がんばるね。みんなにクレルのお嫁さんだって認めてもらいたいし」

にっこりと微笑んで心の準備ができたことを伝えると、今度はクレムウェルの方が若干表情を固くさせた。

「どうしたの?」

「あ、いや……その……そうか。本当にお前が今日から我の妃になるのだな……と」

子どもの頃から婚約していたし、戦いのせいで延期になったりもしたせいか、クレムウェルも今更ながらにその事実を実感してきたらしい。

「クレルは、私が妃で嬉しい?」

「う……嬉しいに、決まっている!」

頬をわずかに染めて答えてくれたクレムウェルに、シルフィーナは満足げに微笑む。

人前ではなかなか本音を語ってくれない人だけれど、今のは正直な気持ちなのだと表れていたから。

これからは、もっとこの人のいろんな表情を目にしていきたい。

「ありがと。私もすっごく嬉しい!」

「……シルフィ」

クレムウェルの手が髪を乾かしているシルフィーナの手をそっと掴む。

握られた手のぬくもりからは「同じ気持ちだ」と伝わってくるかのようだった。


「あ~~悪いけど、いちゃついてないで俺の髪も乾かしてくれるとありがたいんだが?」

「に、兄様! ご、ごめんなさい、今すぐに!」

いちゃついていたつもりはなかったんだけど、と心の中で言い訳をしながら、シルフィーナはウィルフレッドの髪も整えたのだった。



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