027:第14章「想いはこれからも廻りゆく」②
「あの……ね、ウィル兄様。私ずっと……謝りたかったの」
一つ深く息を吸い、勇気を溜め込む。
前世からの想い。
生まれ変わってからの想い。
混ざり合った今の想いを、きちんと伝えられるよう願って。
「――――ごめんなさい。私ずっと……兄様の気持ちに向き合うのを避けていた」
子どもの頃からずっと。
前世からの勇者ウィルとしての想い。
二百年後も変わることなく伝えてくれた真っ直ぐな愛情。
双子だから。兄妹だから。
その言い訳を盾にして、正面から向かい合うことをしなかった。
だから、あの夜に彼がぶつけてきた衝動に理不尽だと涙しながらも、心の何処かでは思っていた。今まで向き合わなかった罰が当たったんだ、と。
「ウィルのことが……本当に好きだった。あの村で式を挙げて、ずっと共に生きていきたかった」
「ああ、俺も……そう願ってた。最期の瞬間も」
山津波が村に迫り、必死に魔法を繰り出しながらも大量の土砂に呑み込まれてしまった暗闇の中。願ったのは愛する者と共に在ることだけだった。
その願いだけで必死に手を伸ばした。
「でも、私……あの時に思ったの。あなたが最期に私の手を掴んでくれた、あの瞬間」
息もできず、周りも見えず、ただ闇の中で掴んだ手の感触。
「ああ、ウィルと一つになれたんだ、って。式は挙げられなくても。生きることはできなくても。一つになれた……って」
「……シルフィ」
一つの恋の結末を、シルフィは受け入れた。
「だからこそ、私は、変わらなきゃって思ったの。生まれ変わった意味は新たな道を見つけるためだと考えて」
「だからか。俺は……逆だったな。あの結末の続きを求めることが意味あることだと考えていた」
すれ違ったまま育ってしまった互いの感情。そして、兄妹としての絆。
複雑に絡み合ってしまった愛情は、解けることのない迷図だった。
「私がもっと早くに正面からぶつかって考えていれば……。だから、ごめんなさい、ウィル。ごめんなさい、兄様」
「……謝るのは、俺の方だろ」
頭を下げたシルフィーナをウィルフレッドは抱き寄せた。
クレムウェルに見つかれば殴られるのだろうが、明日からは彼の役目になるのだから今日だけは目を瞑っていてもらいたい。
「怖がらせて悪かった。変わろうとせずに……悪かった」
「兄……様……」
最後の抱擁があたたかすぎて、シルフィーナの視界が優しさで滲んでいく。
自分を両腕でしっかりと包み込んでくれるのは、かつて将来を誓い合った大切な人。生まれた時から共に育った、魂を分け合った双子の兄。
そんな人が、今こうして、自分のそばにいてくれる。
自分を愛おしく想ってくれる。
それがとても幸せで。切なくて。
あたたかくて。寂しくて。
この感情を名付けることなんてできはしない。
どうして自分たちは、またこの時代で廻り逢ったのだろう。
「あ……わかった……かも」
「……シルフィ?」
顔を上げたシルフィーナの瞳から奥底に残って迷いが消える。
ふと思い当たった一つの答えがシルフィーナの中ですとんと腑に落ちた。
「生まれ変わる、意味。それは、きっと……変わり続ける……ため」
勇者だった自分たちは貴族に。
魔王だったクレムウェルは王家に。
魔竜王だったザヴィも聖獣となった。
けれど、気づいていないだけで、もっと多くの人たちが何度も別れ、何度も生まれ変わっているのだろう。
「私たちは……ううん、私たちも、クレルも、父様や母様、きっとみんな……廻りながら愛する形を変えているのよ」
そうやって、互いの魂に様々な形の愛を刻みつけていく。
全く同じ愛情ではなく。新たな愛情を。
「私は、ウィルのことを愛していた。兄様のことも……愛してる。そして、クレルに……恋をして……。そうやって、これからもずっと、形を変えて愛情を増やしていくんだわ」
生まれ変わるたびに変わっていく想いの形。
それは、一枚一枚、いろんな色の花びらがゆっくりと咲いていくような。
「つまり、俺たちは道半ばってことか」
永い、永い、悠久の時間の中で。
これから何度でも出逢うための。
「だったら、今の俺の想いは……これだな」
「あ……っ」
頭を引き寄せられ、前髪をかき分けた額に、触れるだけの……ささやかな口づけ。
「――――幸せになれ、シルフィ。お前の幸せを守ることが、兄としての……俺のお前への愛だ」
涙が、頬を伝う。
声を出そうとして、でも息が震えて。
それでも構わず、揺れる声のままでシルフィーナは頷いた。
「うん……っ、うん……っ、ありがとう……ウィル……兄様。……だいすきっ」
明日を迎えても、絆が無くなるわけじゃない。
どんな形に変わろうとも、自分たちは繋がっている。
だって、双子だから。
溶け合った魂を分け合って、共にこの世界に生まれ出でた半身。
だから、今は……互いを抱きしめる。
幸せと想いをめいいっぱい育んで。
そうして、魂に深く、強く、刻みつけるのだった。




