023:第13章「魔竜王ザヴィグリア」①
「全軍! 魔物どもを左右へ追い詰め道を開けさせろ! 魔王ザヴィグリアへ――――突撃する!」
ついてこれるな? と確認してくれたクレムウェルに、シルフィーナはしっかりと頷き返す。
「大丈夫! 私が絶対にあなたを守るから!」
「……それは我の台詞なのだがな」
気合い十分なシルフィーナと指揮官であるクレムウェル、そして、数名の護衛騎士たちが、斬り拓かれた魔物の海を少数精鋭のみで一気に駆け抜け、魔王ザヴィグリアの元へと辿り着く。
先に着いていたウィルフレッドは聖獣フェルガと共に交戦を始めていたが、足場となる岩や大木が少ない荒れ地ではフェルガの機動力が十分には発揮できていないようだった。
ザヴィグリアの鱗の隙間から溢れる瘴気は一層濃くなり、周辺よりも強力な魔物が発生している。
それらの魔物がウィルフレッドやクレムウェルたちに襲いかかろうとしたが、屈強な護衛騎士たちが近寄らせないよう応戦してくれた。
「クレムウェル様! 今のうちに!」
魔物たちの討伐は騎士たち任せ、クレムウェルはシルフィーナに一つ確認をする。
「シルフィ、跳躍魔法は習得しているな?」
それは二百年前に勇者ウィルにかけていた高度な風魔法だ。
滞空時間は長くはないが、瞬発的な跳躍力と速度を大幅に上げることで巨大な敵とも互角に戦うことが可能になる。
「もちろん! 風よ、立ち向かう勇気ある者たちに大いなる加護の翼を! 疾風飛翼!」
ウィルフレッド、クレムウェル、聖獣フェルガの身体が煌めく風に包まれる。
「シルフィ! 後は……」
「うん、分かってる」
あなたと兄様を信じてるから、とクレムウェルに伝えると、シルフィーナは次の魔法の詠唱へと入った。
「ウォオオオオーーーーン!」
まずは聖獣フェルガが聖なる遠吠えで魔竜王から吹き出る瘴気を吹き払う。これで、しばらくは魔物の発生を抑えることができるだろう。
「……ッ、忌々しい聖なる獣め!」
切り裂こうとした魔竜王の爪を寸前で避け、風魔法でさらに身軽さが増したフェルガはザヴィグリアの手脚を足場にすると首元に噛みついた。
「グォオオッ!? ええい、離せ!」
すぐに長き首を振ってフェルガを振り払ったザヴィグリアだったが、その間に上空へと跳躍していたクレムウェルが、手甲の魔法石が輝く両手の中に闇の魔力を練り上げていた。
そして、圧縮されて球体状となった魔力を魔法としてザヴィグリアめがけて叩きつける。
「地の底に棲まう闇よ、大地の制約を重ね、彼の者の罪深さを漆黒へ閉じ込めよ……極暗黒重力陣!」
「グォオオオオッ!? なんだ、この魔法は!? 身体が……潰される……っ!?」
「それは、己の重量に比例した重力場を生じさせる魔法だ。巨体のお前には効くだろう」
上空から押し潰される重力波の圧力に魔竜王の身体が歪な形に折れ曲がっていく。
だが、それもしばしの間だけ。闇の魔力を身体に張り巡らせたザヴィグリアは、重力の魔法そのものを自らの魔力で吹き飛ばした。
「……っ、貴様、本当に人間か? この魔法はいにしえの魔族に伝わる……」
「お前が永き眠りについていた間に魔法も変わる。これは、もう……人間である我の魔法だ」
そして、ザヴィグリアがクレムウェルに気を取られている隙にウィルフレッドが魔竜王より遥か高くまで跳躍していた。
「そんなに隙を見せていいのか? 魔竜王さん」
大きく振り上げた剣を思い切り振り下ろす。竜の紅き目を狙って。
「グギャアアアアアアーーーーッ! 我の目をっ、よくも!」
左目を傷つけられたザヴィグリアは荒れ狂いながらウィルフレッドたちを切り裂こうとする。だが、痛みと遠近感の狂いで爪は宙を掻き、ウィルフレッドたちの動きを捉えることはなかった。
「この分なら、なんとかなりそうだな」
「馬鹿者! 油断するな!」
楽観視するウィルフレッドをクレムウェルが一喝した矢先、魔王ザヴィグリアの鱗から赤黒い瘴気が勢いよく噴き出してきた。
「なんだ! この紅い霧は!?」
「これは……吸うなっ! この瘴気は……!」
「っ、手足が痺れ……っ! 胸が……肺が焼けつきそうだ!」
赤黒い瘴気を吸った魔法抵抗が弱い騎士たちが次々に身体の自由を失って倒れていく。
地脈を整えたはずの足元の大地も一瞬で干上がり、ひび割れ、黒く炭化する。
さらに、瘴気だけではなく魔竜王の身体を覆う黒き鱗も、赤黒く色を変えていった。ザヴィグリアの怒りの色そのままに。
「――――炎と闇の融合」
クレムウェルが察知したザヴィグリアの魔力は完全に変質していた。
闇灼熱の魔竜王。
この姿こそ、五百年前に世界を脅かした『魔王』の真なる力。当時の勇者が完全に倒せず封印するしかなかったことも今なら理解できる。
「おのれ……人間ども……っ、貴様らが我を排すのならば、我も貴様らを滅しよう……すべてを無にすれば……世界は静寂となる……」
ザヴィグリアの残された右目が紅く光り、口からは紅黒い焔が集束していく。
今までの黒焔弾の比ではない。
このままだと、荒れ地で交戦中のすべての兵、すべての魔物、大地すべてが一瞬で無となるだろう。
「クレル! ウィル兄様! 私が……っ!」
魔力を集中させて詠唱を続けていたシルフィーナが防御魔法を使うべく申し出たが、クレムウェルはそれを却下した。
「お前はそのまま詠唱を続けてくれ。魔王を倒すのは……我らの役目だ!」
「でもっ!」
ここで全員が倒れてしまえばシルフィーナが詠唱を続けていても無意味になってしまう。
「信じる、と言ってくれただろう?」
クレムウェルの言葉にシルフィーナは一瞬戸惑う。
確かにそう口にはしたが、ここで頷くことは魔王ザヴィグリアの最大の攻撃を二人だけに任せるということだ。
「無論、やつの攻撃は我が防ぎきる。その隙に」
「俺がとどめを刺す、ってことだな。了解だ!」
「クレル……ウィル兄様……」
かけがえのない、大切な人たち。
今この一瞬の決断に、自分たちだけでなく大勢の命、世界の命運が懸かっている。
「――――うん。信じてる……二人を。だから、絶対に……生き残りましょう!」
平和で、穏やかな、ただ大切な人たちと笑い合える、そんな明日を掴むために。