022:第12章「勇者の帰還」②
「――――弓兵隊、下がれっ! 魔法師団! 炎魔法……撃てっ!」
瘴気の魔物が溢れる西の荒れ地では、王子クレムウェルの指揮の下、魔王ザヴィグリアとの激しい攻防が続いていた。
しかし、通常武器では巨大な魔竜にダメージは大して与えられず、魔物も尽きることなく瘴気から生じ続け、王国軍は明らかに苦戦していた。
だが、何も打つ手が無かったわけではない。
最初にクレムウェルが採った策は、ザヴィグリアの周囲にある地脈を封じることだった。
二百年前の戦いでこの大地には闇の魔力が残存している。魔王ザヴィグリアが己の魔力回復にこの地を選んだのも最も効率的だったゆえ。
だから、クレムウェルは最初に大地を魔法で凍らせた。
「おのれ……小賢しいっ」
闇の魔力を地脈から奪えなくなった魔竜王は苛立ちのままに巨大な足で踏みならす。
分厚く凍ったはずの氷は衝撃でバキバキと割れていったが時間稼ぎにはなった。
「――――大地を巡りし闇の力よ……我のもとへ……還れ!」
クレムウェルの両手の甲を覆う装飾が彫られた銀手甲。そこに埋め込まれた魔法石が輝いて闇色の魔方陣が出現する。
ザヴィグリアの周囲だけを氷で遮断している間に、クレムウェルは大地に残っていた闇の魔力を吸収した。
元々、魔王クレヅェクルが残した魔力だ。馴染みがあるクレムウェルの方に流れていく魔力の方が強い。
「今だ! 魔法師団! 土魔法を荒れ地に!」
更に王国屈指の魔法使いたちが闇の魔力が激減した大地へ効率よく土魔法を巡らせ、地脈を整えていく。先遣隊が予め調査していたお陰だ。
これでもう、魔王ザヴィグリアが地脈から魔力を得て回復することはできない。
「……っ、貴様らぁーーーーっ!」
怒りくるった魔竜王が黒炎を吐きまくり、吹き出る瘴気からは数多くの魔物が生まれていく。
そこからは全兵士と魔物との壮絶な消耗戦だった。
クレムウェルができたのは、できる限り兵たちを死なせないよう采配し、致命傷となりそうな黒焔攻撃を魔法で守ることだけ。
「王子! 左翼歩兵が押されております!」
「前線は下げても構わん! 重装兵を援軍に! その隙に隊列を整えさせろ!」
魔物の攻撃により少しずつ乱れていく隊列。
無限に生まれていく魔物。疲弊していく兵。
回復薬も兵たちに持たせているとはいえ、長期戦が不利なことくらい容易に想像できる。
だが、クレムウェルがその策を採ったのは希望があったからだ。
そして、その『希望』が東の空に金色となって輝いたのが一瞬だけ見えた。
「――――諦めるな! あいつが戻ってくるまでっ!」
「ウォオオオオオオーーーーッ!」
その檄に兵たちは大いに呼応して最大の鬨の声で吠えてくれたが、クレムウェル自身は思わず口を突いて出た己の言葉にフッと口の端が上がっていた。
(我があいつを待ち望むとはな)
忌々しく、覇道の邪魔者でしかなかった黒髪の勇者。あの真っ直ぐに見据える瞳が特に気に食わなかった。おそらく、今ザヴィグリアが我ら人間を邪魔だと思っているのと同じほどに。
それが、年月が経ち、生まれ変わり、立場が同じ人間となっただけで、すべてが昔とは違って見える。
……いや、そうではない。
生まれ変わって初めてあいつに逢った時、やはりあいつは忌々しい存在に見えた。
自分を手にかけた、憎むべき勇者。
二百年経とうとも、また邪魔をする存在だと認識していたはずなのに。
(ああ……そうか。彼女がいたからだ)
かつて、勇者を愛していた魔法使い。生まれ変わって、あいつの双子の妹となった少女。
彼女を通して見たあいつが興味深い男だったからだ。
呆れるくらいに己の妹を溺愛して、過保護ぶりが異常で、婚約者の我に散々「手を出すな」と牽制しておきながら……。
(そういえば、帰ってきたら殴る予定だったな)
それはともかく、いくら無茶な命令でもこなしてくるし、酷使しても毎日城にやってくるし。体力と精神力の図太さ、それと剣の腕の上達ぶりは、さすが元勇者といったところだった。
そして、王国内でも最も希有な光の魔力を持つ者。
平時では光魔法はそこまで貴重とされない。むしろ生活に密着する自然四大元素の魔法の方が栄える傾向にある。
だが、戦乱の世では別だ。
光は、闇の中でこそ最大の力を発揮するのだから。
「クレムウェル様! 魔竜王の攻撃がっ!」
兵たちの声でハッと気づくと、ザヴィグリアが溜めに溜めた巨大な黒焔弾を口から放ったところだった。明らかに指揮官であるクレムウェルを狙ったものだ。
「漆黒防壁!」
即座に闇魔法を展開したが、今までの攻撃よりも格段に威力が強い。
「ぐっ……!」
互いの魔法の威力がぶつかり合って拮抗する。いや、魔法展開までの時間が少なかったクレムウェルの防壁が押される形となっていた。
しかし、そこへ銀色の疾風が戦場を駆けてくる。
「――――クレルっ!」
「シルフィ!?」
一陣の風の如く駆けてきた銀狼フェルガから飛び降りたシルフィーナが、すぐさまクレムウェルの隣で魔法を展開する。
「水よ、風よ、すべてを凍らせて! 氷撃凍結!」
シルフィーナが放った氷魔法はクレムウェルの闇魔法と融合すると、迫ってきていた黒焔を一瞬で凍らせて粉々に砕ききった。
氷の粒が雪のように目映く舞う中、銀狼の背に乗ったウィルフレッドが魔竜王へと突撃していく。
「くらえっ、ザヴィグリア! 極閃光刃ーー!」
「グォオオオオオオーーーーーーッ!?」
光を纏った一撃が衝撃刃となって黒き鱗を切り裂き、初めて魔竜王の黒き血が噴き出す。
溢れた黒い血は次々に大地へと染みこんでいった。
「間に合ったか、ウィルフレッド!」
「当たり前だ! お前が言ったんだろう!? 剣を取ってこいって! 俺がお前の命令をこなさなかったこと今まであるか!?」
無いな、とクレムウェルが答えると、ウィルフレッドは満足げににやりと笑うと手にした伝説の剣を構え直した。
「じゃあ、もう一つ命令しろよ! 魔王ザヴィグリアを……倒せ、ってな!」