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021:第12章「勇者の帰還」①

「炎よ、爆ぜて敵を撃ち払え! 火炎爆(レア・プロージョン)!」


黒き瘴気を纏った獰猛な大型猛禽たちが一斉に突っ込んでくるのを、シルフィーナは杖を掲げ、火魔法で迎え撃っては数羽ずつ焼き払っていた。

だが、上空にはまだまだ大量の鳥たちが黒雲かと思うほどに群れをなしている。

「っ、このままでは剣を探すどころじゃ……!」

丘の土砂を土魔法で崩そうとしていた矢先にシルフィーナは瘴気鳥の襲撃を受けた。

魔王ザヴィグリアから吹き出る瘴気から生まれた、かりそめの生命体。

シルフィーナの魔力を感知したというより、西から次第に勢力圏を拡大させていたところを見つけたのだろう。

つまり、西の荒れ地ではこのような瘴気の魔物が満ち溢れ、兵たちが苦戦していると予想される。

瘴気の猛禽たちは一匹一匹なら倒せないことはないが、なにせ数がとにかく多い。隙を見せれば命取りになる。

こうして鳥たちを相手にしている限り、剣を探すなんて到底無理なことだった。

(こうなったら、一気に極大魔法を放って一掃するしか)

だが、この後に剣を探す土魔法が必要になること、さらに魔王ザヴィグリアと対峙することを思うと、できるかぎり魔力を温存させたかった。

しかし、そのわずかな迷いが一瞬の隙を生む。背後の上空から狙っていた一撃に気づくのが遅れてしまった。

(しまった!)

だが、鋭い爪が身体に突き刺さろうとした寸前、視界に走った一筋の閃光が瘴気を断ち切る。


「――――無事かっ!? シルフィ!」


「ウィル兄様!? どうして!?」

そこには、雄々しい銀狼に乗った翠玉の髪の剣士、ウィルフレッドの姿があった。

てっきり前線である西の荒れ地にいると思っていたのにと驚愕すれば、ウィルフレッドは周囲の敵を一閃でなぎ払いつつシルフィーナを背に庇う形で剣を構え直した。

「あいつが『行け』と。 自身の剣を取ってこいと言ったんだ!」

いつものように偉そうに。

馬より速いからと大切な王家の聖獣を貸し与えて。

(クレル……っ)

身を案じてウィルフレッドを遣わしてくれたのか、それとも伝説の剣とウィルフレッドが『揃う』ことが最優先事項だからなのか。

おそらく、理由としては両方の。

だけど、きっと……彼は知っていたから。私が、どんな想いで兄の帰りを待っていたのかを。


「――――ウィル兄様……会いたかった」


自分を守りながら戦うその背に、言いたい文句は山ほどある。

そうだ、クレルと一緒に殴るって決めていたんだった。

だけど、喧嘩するより先に溢れた想いは、たったその一言だった。


「……シルフィ。その……すまなかった。お前に合わせる顔がないと思って、俺は……。けれど、俺も……お前に会いたくて、会いたくて、仕方がなかった」


離れていた日々が心底堪えたのか、最後の一言はとくに重たい息が混ざっていた。

勝手に家を出て勝手に調査隊に加わったのはウィルフレッドなのだから、さっさと戻ってきてくれればよかったのにとシルフィーナとしては思うのだが、そんな不器用さがウィルフレッドらしいとも思えて微かに笑みが漏れてしまう。

(ああ、本当にウィル兄様がここにいるんだ)

言葉が交わせる。

顔が見える。

共に戦える。

魂と身体を分かち合った存在がこうして隣に在ることに、一呼吸ごと喜びが満ちてくる。

彼をこの場に遣わしてくれたクレルに心から感謝しなくては。


「シルフィ。謝罪は後で何十回でもする。何十発でも殴られてやる。だから、今は剣を探してくれ。……かつての俺たちが眠る、この地から」

「ええ、まかせて」

「フェルガだったか。お前も、もうしばらくだけ力を貸してくれよ?」

頭を撫でられた銀狼は、ウォオオンと一声鳴くとウィルフレッドを背に乗せたまま疾走し、木立を足場としながら上空へと跳躍した。

「クエェエエエッ……!?」

油断していた上空の瘴気鳥たちは、次々に銀狼の爪とウィルフレッドの刃に斬り倒されて瘴気の塵となっていく。


「私も、がんばらないとね」

シルフィーナは改めて目の前にある小高い丘を見上げる。

この丘のどこかに眠っている伝説の剣を見つけ出すことが自分の使命。

そのために杖を掲げ、土の魔力を集中させる。


「生きる者を育みし大地よ、汝の導きは我の導き、我と共に道を歩まん……大地意操(ルド・コンラール)!」


魔力が大地に伝わりながら魔方陣を描き出す。

丘すべてを巨大化した魔方陣が呑み込むと、輝く光が大地から上空へと昇った。

村に土砂が流れ込まないよう、魔方陣自体が結界を成し、その中で丘の土が細かい砂と化して上へゆっくりと舞い上がっていく。

さらさらと天辺から崩れていく様は、長き眠りから山が目覚めていくかのよう。

二百年前はこの膨大な土砂を完全に食い止めることができず、ただ呑まれていくしかなかった。

けれど、今のシルフィーナにはこの土砂すべてを魔力で操ることができる。

細かく。より細かく。砕き。砂と化し。意のままに。

この中から、たった一本の剣を見つけ出すために。


(お願い……っ、どこ……!?)


シルフィーナは杖を掲げたまま、剣のわずかな魔力を頼りに探査する。

肝心なのはイメージだ。

探しているものの姿をできる限り正確に思い描く。

勇者ウィルが手にしていた伝説の剣。

いくつもの迷宮を踏破し、長き旅の果てに女神の祝福を得た剣を見つけることができた。

その刀身も、鞘も、柄も、すべて覚えている。

だけど、一番正確に覚えているのは――――


「……っ、ウィル兄様、後ろに!」

銀狼の背に乗って上空の猛禽を斬り払っていたウィルフレッドの死角に、別の瘴気鳥の一団が突っ込んでいく。

土石弾(ルド・バレット)!」

だが、シルフィーナが土砂を固めて鋭利となった土弾丸を魔法で放ち、ウィルフレッドは事なきを得た。

「シルフィ!」


「ウィル兄様! 呼んで! あの剣を! あなたなら……きっと剣も応えてくれる!」


女神の祝福を受けた伝説の剣。

魔王クレヅェクルを討ち倒したその剣は、光魔法を極限まで高めてくれるものだった。

激しい戦いを乗り越えた、勇者ウィルの相棒。

生まれ変わり、姿が変わってしまっても、きっと魂を覚えている。


「――――この手に戻れっ! 俺の……祝福(ブレス・)の閃光剣(ギア・ブレード)!」


ウィルフレッドの呼び声に、魔方陣の中に満ちた無数の土砂の中で何かが光った。

女神の息吹。光を帯びた金色の輝き。


「……っ、見つけた!」


シルフィーナが魔力を輝く一点に集中させると、金色の光がウィルフレッドへと向かって飛び出した。

ウォオオオオンッ! と遠吠えした銀狼フェルガが幹を蹴って上空へと飛び上がり、ウィルフレッドが宙で金色の光を掴み取る。

その手の中で、光は一振りの剣となって具現した。

「……久しぶりだな」

ふと旧友と再会した遠き日の眼差しになったウィルフレッドだったが、すぐさま剣を構えて詠唱に入る。


「光よ! この剣に宿り、無数の雨となって貫け! 極閃光雷矢(ラ・ギア・アロー)!」


「グギャアアッ!」

剣で増幅されて放たれた光魔法は、おびただしい無数の雷矢となり、一瞬で空を覆っていた瘴気鳥たちすべてを射貫いていた。

黒き鳥たちの残骸が雨のように落ちながら途中で瘴気の塵となって消えてく。

「……すごい」

二百年ぶりにシルフィーナが目にした勇者の光魔法。

遥か上空の暗雲にまで届いたその光は、魔王ザヴィグリアへの反撃の狼煙となるのだった。


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