020:第11章「人として未来を見据えて」②
「……本当は、城にいてくれ、と言いたかったのだがな」
旅支度を済ませ、兵たちが待つ城外へと向かう通路を進む最中、密かに吐き出したクレムウェルのため息にシルフィーナはくすりと笑う。
「諦めてよね。あなたがそう言ったとしても、一緒に行く選択肢しかないから」
なにせ魔王討伐は二度目だもの、経験者として行かないわけないでしょう?
こういう事態で役立てるために身につけた魔法なんだし、と誇らしげに言えば、そういえば幼い頃に氷の魔法で凍らされたことを思い出したクレムウェルが珍しく笑った。
「子どもの頃から、お前が一番熱心に研鑽を重ねていたな」
最初に図書館で出逢った時。
シルフィーナの第一声はクレムウェルに対しての文句だった。
『あなたね! 図書館を貸し切りにしたのは! 貴重な魔道書を独り占めだなんてズルいわ!』
しかも、踏み台に乗ったままの上から目線で。
あの頃は「なんだ、この人間の小娘は」としか思わなかったのに、元気な双子がはしゃいだり喧嘩をして騒いでいる光景を眺めているうち、次第に興味が増していった。
人間への興味。
双子への興味。
そして、シルフィーナ・エメリスへの興味へと。
「あの小さかった少女が……まさか、共に魔王討伐に向かうことになるとはな」
「ク、クレル?」
腕を引き寄せられたシルフィーナは、クレムウェルの腕の中にポスンと収まった。そのまま両腕で抱きしめられる。
「父上が言っていたな、未来を見据えることが大切だと。……お前も、同じ未来を見てくれるか?」
耳朶に吹き込まれる息が熱い。
肩を掴まれる強さが、クレルという人間をより現実味を帯びさせて、心地よい緊張感に心臓が甘く疼いた。
「……うん。当たり前じゃない。私たちは一緒にまたこの城に帰ってきて。そして……未来を現実にするの」
そのために生き残る。
このぬくもりを感じられる日々を手にするために。
「必ず、魔竜王を倒しましょう、クレル」
できる限りの笑顔で応えると、出陣前の緊張がクレルの表情から僅かにほどけたようだった。
「ああ、そうだな。……そのために、お前に一つ頼みがある」
抱擁のまま、クレルは話を続ける。
ここからは指揮官であるクレムウェルからシルフィーナだけへの依頼だ。
「ザヴィグリアが向かった先は西の荒れ地だ。そこで奴は魔力を完全回復させるつもりだろう」
勇者ウィルと魔王クレヅェクルが最後に戦った場所。
二百年前の戦いで、闇の魔力が地脈にまだ残っているのだ。
最近あの地の魔力が乱れていたのは、魔竜王の復活を予感した地脈が騒いでいたからだろう。
「それって調査隊がいるところ!? では、ウィル兄様は……!」
「鉢合わせする可能性は高いが、あいつなら近隣地域の避難を優先させてくれるはずだ」
その隙に討伐軍は調査隊と合流を行う。
「要となるのは、あいつが宿す光の魔力と……そして、もう一つ」
その答えを口にする前に、クレムウェルは一度言葉を句切った。
昔、魔王だった頃に目にした光景を一瞬だけ思い出す。
「お前に――――それを探してきてもらいたい」
「えっ」
てっきり魔竜王の元まで一緒に行けるのだと思っていたシルフィーナは一瞬戸惑ったが、クレムウェルからの真剣な眼差しに、とても重要なものであると伝わってきた。
「二百年間失われていたが、お前なら、それが何処にあるか必ず知っているはずだ」
「私が……知ってる?」
「ああ、それは――――……」
◇◇◇
西の辺境にある村のはずれに、小高い丘があった。
麓からその丘をしばし見上げていたシルフィーナだったが、ふと近くに白い石柱の慰霊碑が目に入った。
そこには、ここで起きた災害と、眠る者たちの名が刻まれている。
慰霊碑の下にそっと添えられていた小さな二輪の野花は、近くの森で摘んだのであろう、桃色の可愛らしい花だった。
シルフィーナは花を手に取り、捧げてくれたのであろう村人に感謝する。
「忘れないでいてくれて……伝え続けてくれて……ありがとう」
ここは、勇者ウィルの故郷。
あの日、結婚式を挙げるはずだった村。
そして、山津波から村を守るため……私たちが眠りについた場所。
「ここに必ずあるはず。私たちと最期まで共にあった――――伝説の剣」
二百年前、竜の姿になった魔王クレヅェクルの硬き身体を切り裂いた、あの剣。
それがクレムウェルが言っていた、要となる「もう一つ」だった。