002:第1章「エメリス公爵家の翠玉双子」②
五歳になるエメリス公爵家の双子兄妹は、巷でも有名な愛らしい子息令嬢だった。
兄:ウィルフレッド・エメリス。
明るく溌剌とした生命力あふれる少年。
剣術が得意で、既に指南役に迫る腕前だという。
公爵家を継ぐはずの嫡男だが、本人曰く「目指せ、騎士団長!」らしい。
エメリス家特有の輝く翠玉色の髪が人々を更に魅了させている。
噂によると、双子の妹をとてもとても大切にしているそうだ。
妹:シルフィーナ・エメリス。
淑やかで、穏やかな笑みがよく似合う、魔法の才にあふれた少女。
邸内の魔道書では足りず、王都の図書館へ通う毎日。
長く艶やかな翠玉色の髪は同性からも憧れらしく、すれ違った他の令嬢は必ず振り向いてしまうという。
もちろん貴族の子息たちからは茶会の申し入れが殺到しているようだが、双子の兄が妨害しているとかいないとか。
噂によると、兄の過保護ぶりに少々悩まされているようだが、それほど大切に扱われているのは彼女が愛らしすぎる証であろう。
「……なにが『証であろう』よ! 過保護とかそんなレベルじゃないのよ、兄様の執着ぶりは!」
社交界デビューへ向けて事前に調査させた自分たちの噂話報告書をシルフィーナはビリビリに破り捨てた。
必死に猫を被って身につけた「淑やかな公爵令嬢」のイメージは守れているようだが、毎日毎日、生まれてからの五年間、実の兄から求婚され続けている異常な事実だけは邸の者以外には絶対に言えない。
そして、両親にも言えない最大の秘密。
(双子の兄が――――元カレだった勇者だなんて……っ!)
どうしてこんなことになったのか。
二百年と少し前、兄のウィルフレッドは伝説の勇者ウィルとして、自分は魔法使いシルフィとして仲間たちと共に魔王軍へ戦いを挑んだ。
そして、見事に魔王クレヅェクルを討ち、王都への凱旋を果たすことができたのだった。
あの時に彼が申し出てくれた求婚は心から嬉しかったし、自分も彼と一緒にずっと暮らしていくのだと思っていた。
けれど、結婚式のために勇者の故郷の村へと向かう途中、悪天候の中で起こってしまった落石事故。
なんとか馬車から這い出て御者たちを救い出し、故郷の村へと運んだまではよかったが、雨で地盤が緩くなっていたのだろう、大規模な山津波が起こった。
勇者も自分も大怪我を負ってぼろぼろだったが、それでも押し寄せてくる土砂の波から村を守ろうと懸命に立ち向かった。
命が、尽き果ててしまうまで。
そうして、次に瞼を開けて光を受けた時には――――赤ん坊の姿になっていた。
二百年後の世界。伝統あるエメリス公爵家の息女として。
しかも、隣を見ると彼がいた。
結婚の約束をした勇者ウィル。
彼が双子の兄として共に産声をあげていたのだ。
――――創世の女神様。
私たちにふたたび命を与えてくださって、本当にありがとうございます。
でも……彼と共に生きたいという願いは、こういうことじゃなかったんです! 断じて!
とはいえ、せっかくの新しい命。せっかくの貴族生活。
気持ちを新たにして今までとは違う人生を歩いていこう、とシルフィーナは早々に決意した。
けれど、彼は…………
「しるふぃ、けっこんして!」
前世を引きずりまくったウィルフレッドは、赤子の頃から実の妹へ求婚しまくるという残念な兄となってしまったのだった。