019:第11章「人として未来を見据えて」①
「まさか、またこの村に来ることになるなんて」
シルフィーナが一人で訪れたのは、王都より遥か西の辺境にある小さな村だった。
だが、村は閑散としている。
魔王ザヴィグリア復活の報せにより、村人たちは全員避難してしまったからだ。
「瘴気が一段と濃くなったみたい。急がないと」
息を吸うのですら重たく感じる瘴気を帯びた暗雲の下、シルフィーナは村はずれにある目的の地へ足を早める。
この村は西の荒れ地に近いからとくに影響を受けやすい。
魔王ザヴィグリアの攻撃次第では、余波が及ぶかもしれないのだ。
(西の荒れ地……クレルも、ウィル兄様も、どうか無事で)
◇◇◇
王都から魔王ザヴィグリアが飛び去った直後、国王はすぐに討伐軍と救護隊を編成した。
黒焔の雨が降り注ぐ寸前にシルフィーナとクレムウェルが防壁の魔法を展開したが、王都すべてを守り切ることは叶わず、とくに城下町に多数の死傷者が出てしまった。
王妃エリーナの指揮の元、城の大広間が救護所へと変わり、医師および回復術ができる神官たちが総出で治療に当たっている。
そして、魔王討伐軍は第一王子クレムウェルを中心に編成された。
「やめて! 行かないで、お兄様! あの化け物と戦うなんて……無茶です!」
死ににいくようなものだとリリムウェル王女はクレムウェルに縋るよう引き止める。
しかし、幼子のように泣きじゃくる妹を、クレムウェルは優しく引き剥がした。
「心配をしてくれるのは理解している。だが、お前は……お前が今こうして涙を流すそのつらさを、民すべてに強いてしまったんだ」
「あ……」
浅はかな考えで封印された魔王を解き放ち、王都に被害を及ぼした。
次々と城へ運びこまれてくる傷ついた人々。
家を壊され途方に暮れる者、大切な人を失って泣き叫ぶ人もいる。
リリムウェル王女も今の状況を知ってはいたはずなのに、またしても己の感情を優先させてしまった。
「お前がしてしまったことは兄である我が責任をとる。あの魔竜王を打ち倒してな」
「っ、でも!」
そのようなことが可能なのかとリリムウェルの瞳は不安でいっぱいだった。
しかし、可能かどうかを問うべき時ではない。倒さなくてはならないのだ。必ず。
「リリム王女。私が、必ずこの人を無事に連れ帰りますから」
「……シルフィーナ様」
声をかけると、王女は涙を流して深々と頭を下げた。
「ごめんなさい、シルフィーナ様! わたくし……あなたに酷いことを!」
ごめんなさい。ごめんなさい。
何度も、何度も、王女は繰り返し謝罪をする。
謝罪をしたところで取り返しのつかないことをしてしまったことは分かっている。しかし、彼女にはこうして謝ることしかできることがなかった。
「帰ってきたら、また一緒にお茶を飲みましょう。今度は、クレルとウィル兄様も一緒に」
「シルフィ……義姉様……」
約束の手形代わりに彼女の手をそっと取ると、彼女もゆっくりとだが、その手を握り返してくれた。
「リリム。お前は母上と共に一人でも多くの民を救うべく動け」
それが王族としての務めだとクレムウェルが伝えると、涙を拭った王女はしっかりと頷いた。
「はい、お兄様。わたくしは、自分が犯してしまった罪を胸の楔とし、力の限り民の為に尽くします」
そう誓いを立てた王女の肩にエリーナ王妃が手を添えた。
「王都のことは、わたくしたちが守ります。だから、クレル……」
「はい。必ずや魔竜王を倒して参ります」
だが、王妃と共にやってきた国王の表情は、その決意だけでは満足していないようだった。
「倒す、だけがお前の使命ではないぞ、クレル。未来を見据えなければ、人は強くなれぬのだから」
その点はシルフィーナ嬢の方が分かっているようだ、と王が口元に笑みを含ませた。
「――――クレムウェル・ロイド・エルダイヤの名にかけて。必ずや魔王ザヴィグリアを討ち倒し、そして……婚約者と共に、無事に帰還することを誓います」
「クレル……」
父王へ誓うクレムウェルの姿に、シルフィーナも先ほど王女へ誓った約束を改めて胸に刻む。
共に生きて帰る。その誓いを勇気と力に変えるために。