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018:第10章「孵化」②

「クレルお兄様っ! 早くそこから逃げてください!」

「リリム!? お前こそ早く避難を!」

魔竜王と対峙する兄を心配してか、まだバルコニーに残っていた王女が身を乗り出して懸命に訴える。

だが、その叫びに興味を引かれたのか、ぴくりと反応したザヴィグリアが王女の姿を紅き瞳で視認した。

「貴様は……そうか。金の髪をもつ王家の者よ、愚かにも我が封印を解いてくれたこと、感謝するぞ。お陰で五百年の眠りから目覚めることができたのだからな」


――――封印を……解いた……?


その場にいた全員が思わずリリムウェル王女に視線を向ける。

「リリム……お前、まさか……」

兄であるクレムウェルの驚愕の瞳に、ビクリと震えたリリムウェルは両手で頭を抱えると身を低くして咄嗟に叫んだ。

「ご……ごめんなさいっ! ごめんなさい! 知らなかったの! こんなっ、こんな恐ろしい魔王が封じられていたなんて!」

「まさか、リリムよ……お前、大聖堂の地下へ!? なぜ、そのようなことを!」

王は知っていたのだろう。いにしえの魔王の封印場所を。

倒すことができなかった強大すぎる魔王ザヴィグリア。

その眠りの番人を魔力が強い血統である王族が引き受けていたのだ。

国王だけに王位と共に継承される役目のゆえ、王女どころか第一王子であるクレムウェルですら知らされていなかったことが最悪の事態を招く要因となってしまった。

「だ……だって、そうしないと……お兄様がわたくしから離れていってしまうから……」

うわごとのように呟いてふらつきながらも、王女はバルコニーの手すりから身を乗り出して地上にいるクレムウェルに訴えた。

「クレルお兄様は、わたくしより婚約者の方が大切なのでしょう!? だから、結婚を少しでも遅らせたくて……余分な聖卵石を身につけさせれば孵化が遅くなると……!」


――――「余分な聖卵石」?


その言葉に、シルフィーナはハッと気づいて髪に挿していた髪飾りを手にとる。

最初に見た時、中央にあった真珠のような石は艶やかな黒だった。だが、今は色が抜けたかのように真っ白で、役目を終えてひび割れていた。

そう、ここから抜けたのだ。封じられていた魔王の魂が。

「そういう……ことだったの」

あのルヴィリア家の舞踏会にはリリムウェル王女も同行していた。

そして、広間でワインをかけてきた使用人。

どこかで見たような気がしていたが、思い出した。王女とのお茶会の時に給仕してくれた使用人だ。

王女が持ち出した黒き聖卵石を髪飾りへと加工し、ルヴィリア公爵家に潜入して贈り物用の衣装に紛れ込ませた。

髪飾りに潜んでいた魔王の魂はペンダントの聖卵石へと侵食し……宿っていた聖獣と魔力を喰らって復活の糧としたのだ。

(リリム王女……)

素敵な義理の姉妹になれると思い込んでいただけに胸が痛い。

彼女が兄であるクレムウェルを慕っているのは傍目にも伝わってきていたのに、その心情を思いやってやれなかった自分の迂闊さに悔やむばかりだ。

きょうだいを大切な存在だと感じているのは、自分もリリムウェル王女も同じだったのに。

だが、今はもう振り返っている時間はない。


「リリム! お前は……っ!」

さすがのクレムウェルも事の重大さに声を荒げたが、シルフィーナが腕を引っ張ってそれを止めた。

「クレル、今は」

「……っ!」

どんな経緯があり、いくつの要因があったかなど、追及している暇はない。

そうしているうちに、巨大な魔竜は禍々しい翼を広げると、ゆっくり宙へと羽ばたいた。鋭い突風を庭園へ吹き下ろしながら。

これでは弓矢も、魔法ですら当てるのが困難だ。

しかし、そこへバルコニーから飛び出した銀色の風が魔竜の胴体へとめがけて突撃した。

「グオゥッ!?」

初めて魔竜王の顔が苦しげに歪む。

一撃を食らわせた銀色の何かはくるりと宙を返ると城壁の上へと降り立った。


「銀色の毛並み……クレル、もしかして、あれは……」

「銀狼! 母上の聖獣!?」

城壁の上で通常の三倍以上はある大きさの銀狼が、低く唸って魔竜王へと警戒を保つ。

「――――遅くなりました、王。そして、クレル」

バルコニーから姿を現したのは、王妃エリーナだった。

「母上っ!」

クレムウェルが見上げると、毅然と立つ王妃エリーナは息子に向かって力強く頷いた。

そして、自らの聖獣へ命令を下す。

「銀狼フェルガ! 瘴気を祓いなさい!」

ウォオオオオーーン、と吠えた聖獣の遠吠えが空の黒雲を少しずつ薄めて散らしていく。

「グッ、おのれ……忌々しい聖なる獣め」

銀狼の遠吠えを忌避するように、ザヴィグリアがさらに高く羽ばたく。


「よかろう……この場は一旦退くとしよう。我の力もまだ完全ではないのでな」


「待て! ザヴィグリア!」

クレムウェルの制止の声など聞くこともなく、魔竜王ザヴィグリアは城よりも高い位置まで上がっていく。

「だが、置き土産くらいは置いていってやろうぞ。焦土と化した王都を、な」

「あれはっ!?」

ザヴィグリアは天へ向かって巨大な黒焔を何発も放ってから西の空へと飛び去った。

残されたのは、王都へ落ちていく黒く熱された火球の雨。

「きゃああああっ!」

「急げ! 建物の陰に入れっ!」


――――その日、二百年ぶりに王都は襲撃による被害を出し、

新たな魔王との戦いが始まったことを王国全土に報せることとなった。


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