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017:第10章「孵化」①

まどろみの闇の中、鈍い光が明滅した。

トクン……トクン……と胸から響くは自分の鼓動。

けれど、同じ間隔でもう一つの音が内に響く。

トクン……トクン……と重なる鼓動。

それは生命のぬくもりを帯びていた。


(――――あぁ、もうすぐ……なんだね)


うれしい。

ずっと、ずっと、待っていたから。


息吹の光を両腕でそっと抱きしめて身を丸くする。

生命を守る卵の殻のように。


「……!?」


けれど、光の鼓動が突然乱れた。

腕に抱いた光に闇が流れ込んでいく。

光と闇は混ざり合い、渦となり、両腕で押さえきれないほどに膨らんで――――

そして、弾けた。世界を闇へと染めて。



「あぁ……っ!?」



シルフィーナが身を起こして目覚めると、そこはまだ早朝の朝陽が射し込んだばかりの自室だった。

「今のは……夢?」

そう、夢。

だけど、冷や汗が背を伝い、胸騒ぎの鼓動が響き続ける。

その中心は、


(――――あなた……なの?)


チャリ……とペンダントの鎖が鳴る聖卵石を握りしめ、飛び起きたシルフィーナは慌てて身支度を始めた。

「誰か! 王城へ行きます! 馬車の用意を!」

使用人たちに指示を出し、急いで身支度を整える。

(あれ? この髪飾り)

手にしたのは先日ルヴィリア家の舞踏会で貰った髪飾り。

だが、よぎった違和感を今は捨て置いて翠玉の髪に挿すと、シルフィーナは急いで城へと向かった。



◇◇◇



「クレルっ!」

王城に到着した時、彼は早朝の庭園を散策していた。

執務を開始する前に辺りを歩いて外の様子を肌で感じるのは彼の日課だ。

大気に触れ、そよぐ風から報せを受ける。

調査団を派遣している西の方角からは魔力の乱れを感じるが、それ以外は平穏だと判じたばかりだったのだが、その判断は誤りだったことをシルフィーナの訪れで知った。

「……!? 何事だ!」

駆けつけたシルフィーナの切羽詰まった表情から深刻度を即座に読み解く。

異常な事態だと察してくれたクレムウェルに、シルフィーナは聖卵石のペンダントを取り出して見せた。

「聖卵石が……! 聖獣の様子がおかしいの!」

「まさかっ!? 想定よりも早すぎる!? しかも、この色は……」

鈍く明滅を繰り返す聖卵石。

かつて純白だった石は灰色に。そして、鼓動を響かせるたびに黒へと近づいていった。

聖卵石の特殊な殻は、内側にあるものを守り、育み、外界から遮断する。一種の結界だ。

通常なら孵化するまで『中』の異常など察することはできないが、それでも石に触れればクレムウェルにも分かった。

内側で暴れ回る魔力の渦。そして、膨張していく闇の力。

「っ、急ぎ、大神官を呼べ! 父上たちにも連絡を!」

だが、聖卵石の鼓動は、ドクン、ドクン、と次第に早く、より強くなっていく。

もう猶予がないことは明らかだった。

「…………あぁ!?」



パリン――――ッ、と聖卵石が割れた。



途端、爽やかだった早朝の蒼天が黒雲に隠される。

聖卵石から溢れた魔力が濃い黒霧となって城壁よりも高く膨らんだかと思えば、黒き暴風の嵐が庭園に発生した。

「きゃああっ!?」

「うわああっ、吹き飛ばされる!」

周囲の兵たちが渦巻く風に翻弄され、ほとんどの者が暴風に屈して膝をつく。

「そんな! どうして聖卵石からあんなものが!?」

「っ、この凄まじい闇の魔力は!?」

かろうじて嵐の中でも踏みとどまっていたシルフィーナとクレムウェルだったが、渦の中心の黒霧から『それ』が現れるのを見ていることしかできなかった。


黒光りする鋼の如き鱗にびっしりと覆われた強固な身体。

鋭く伸びる指には鎌のような爪。紅く血がしたたるように光る捕食者の瞳。

塔に迫るほどの巨体はひと踏みで辺り一面に地響きを起こし、鱗一枚一枚の隙間から噴き出す黒い瘴気が足元の大地を枯れさせた。


渦のようだった嵐が弾け、美しかった庭園が一瞬で荒れ地へと変わっている。

この光景を、シルフィーナは見たことがあった。

二百年前に西の荒れ地で目にした、かつてのクレムウェル……いや、魔王クレヅェクルと同じ、巨大な漆黒の魔竜。

しかし、そんなことはあり得ない。

クレムウェルが自分の隣にいる以上、目の前に現れたモノが『魔王』であるはずがないのだ。


「グォオオオオオオオオオオ――――――――ッ!!」



だが、腹や心臓、身体全体にビシビシと響いてくる竜の咆哮が、夢や幻ではなく現実だと突きつけてくる。その衝撃は王都全域へと及んでいた。


「何事か!? あれは……!?」

「王! 危のうございますっ! どうか、お戻りを!」

「きゃああああっ!? あれは何なの!? お兄様! クレルお兄様ーー!」

「リリムウェル様! 外に出てはなりません!」

聖卵石の異常を報せたのが仇となり、最悪のタイミングで王と王女がバルコニーから顔を出す。

だが、二人とも青ざめるばかりで何の判断もできなかった。

いち早く状況から推測を組み立てられたのはクレムウェルだけだ。



「その姿……魔力……まさかっ――――魔王! 魔竜王ザヴィグリア!」



「魔王!? でも、それって!」

そんなわけは無いと思っていた答えにシルフィーナは絶句し、代わりにクレムウェルが言葉を繋げる。

「二百年前のではない。それより遥か昔の――――先代魔王だ」

「そんなっ! どうして私の聖卵石から魔王が!?」

人間と魔族の争いは数百年単位で繰り返されている。

魔王クレヅェクルより更に昔、今から五百年も前にこの大陸に現れた魔王。それが魔竜王ザヴィグリア。

身体から噴き出す瘴気で一歩ごとに大地を腐敗させ、人間どころか味方の魔族でさえも常に蝕まれていたとされている。

当時の勇者でも完全に倒すことは叶わず、何処かに封印されたと伝え聞いていたが。


「……ほぅ、我の名を知る者がいたとはな」

巨大な漆黒の竜が、久方ぶりに耳にした自身の名の音で目を細める。

そして、瘴気混じりの低く響く声で改めてその名をこの時代に刻みつけた。


「我は、この大陸を闇に帰す魔王――――魔竜王ザヴィグリア。すべての生物よ……息吹を止めよ。降伏など要らぬ、ただ無になるがよい……」


魔竜王が深く息を吸い込んでいくのを察したクレムウェルとシルフィーナが二人同時に詠唱を唱える。

「消え失せよ、人間よ」

竜の口から放たれた巨大な黒焔弾が城の中心――王と王女がいるバルコニー――を襲う。

しかし、その黒焔を地上から鋭き風刃が切り裂いた。


「させるかっ! 切り裂け! 闇空刃(ディル・エッジ)!」


クレムウェルの魔法でバルコニーへの直撃は免れたものの、分かたれた黒焔弾は威力を残したまま落ちた大地を爆破する。

「キャアアーーーー!?」

「逃げろっ! 城壁が崩れるぞ!」

爆発と共に肺まで焼けそうな爆風が一気に吹き荒れたが、既にシルフィーナが風の防御膜を張っていた。


「風よ、みんなを守って! 風陣(フィア・プロ)防壁(テクション)!」


「うおぉ……っ」

「きゃあああっ!」

それでも完全には衝撃を遮断できず、兵や王女たちの悲鳴があちらこちらから聞こえていた。

「ほう……まだ力が完全ではないとはいえ、我の攻撃を防ぐとは」

ギロリと魔竜王の紅い瞳がクレムウェルとシルフィーナを見つけ出すと、魔力の流れを探って興味深そうに竜の口を歪ませた。

「さすが、我を生み出した女よ、大した魔力だ。そして、黒焔を裂いた闇の力は……魔族か?」

普通の人間なら畏怖で立っていられないほどの眼光。

しかし、その問いをクレムウェルは真っ向から睨み返した。


「いや――――ただの人間、だ」


「クレル……」

毅然と答えたクレムウェルの姿に、シルフィーナは胸に込み上げる熱を感じた。

かつて人間のことを他種族としてしか見ていなかった氷の瞳。

けれど、人を知り、感情に触れ、考え、求め、己の道を歩んできた。

そんな彼が、今はっきりと自分を『人間』だと認めたのだ。

(人になったあなたに……出逢えてよかった)

二百年前の魔王クレヅェクルが広げた災厄を忘れたわけではない。

だけど、今この世界で『人間』となったクレムウェルの隣に立っていられることがシルフィーナには嬉しかった。

勇者ウィルと共に立ち向かったあの日のことを思い出す。

(ウィル……ウィル兄様、どうか私たちにあの時の勇気を!)

膝をついてなどいられない。

ここで魔竜王に立ち向かわねば、城の者たち、王都に住む民、すべてを失ってしまうのだから。


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