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014:第8章「片割れがいない日々」

視力すら捨てよ、と告げられたかのように、漆黒の闇しか存在しない地下聖堂。

だが、そこに黒いローブ姿の少女が階段を降りてきた途端、壁に並んだ小さな魔石灯が一つ、また一つと、薄ぼんやりと辺りを照らしていった。

闇の居場所を侵食したりせず、闇そのものを抱くかのような仄かな灯り。まるで、来訪者を受け入れるかのように。

その灯火一つ一つが母親の胎内で響く魂たちの鼓動のようで、足を踏み入れたローブ姿の少女は口元をにんまりとさせた。


「素敵。こんな場所があるなんて」


人を遣って突き止めさせた甲斐があったと、ローブが花開くようにくるりと回り、弾む心を足取りに変えて奥へ奥へと進んでいく。

本来なら高位の神官しか入ることが許されない地下聖堂。

少女は探しものがあって、こっそりここへ訪れた。

人目を盗んで隠された入口まで向かうのは大変だったが、一度忍び込んでしまえば、あとは至極簡単だ。

ここには巡回の兵はいない。

そもそもここに神官たちが訪れるのは数年、また数十年に一度。

しかも、数ヶ月前に行われたばかりだから当分ここには誰も来ることがない。

こうして、忍び込んだ自分以外には。


「もしかして、ここ……かしら?」

最奥に辿り着くと、そこにはおびただしい数の女神像が奉られていた。

成人した人間の背丈とそう変わらない大きさの白い石像が薄闇にぼんやり浮かぶ。

どれも同じ女神だが、どれも姿勢が違う造形。

けれども、すべての像がその手に小さく白い卵を抱いていた。

聖なる獣の魂が宿る石――聖卵石だ。


「ふふっ、たぁくさんあるから迷っちゃうわね」

どれにしようかしら? と歩きながら選び始めた少女だったが、ふと視線がある石像で止まった。

「なにかしら? これだけ……」

ふと誰かに呼ばれたような気がしたのは灰色に帯びた石像。しかも、その手には聖卵石が無い。空だ。

気になったローブの少女がその石像の手に触れてみると、ぽうっと微かな光を発し、途端にガタンッと何か重たい音が床下から響いた。

「――――隠し扉?」

しかも、床に現れた下り階段は、更なる地下へと招いている。

ただでさえ、ここは相当に深い地下の聖堂だというのに、より深い地の底へだなんて、そんな場所に何が隠されているのだろう。

緊張、恐怖、期待。

ごくりと飲み込んだ唾の音が聖堂内で大きく響いた気がした。

ぶるりと一瞬だけ走った身体の震えも己への抑止にはならない。

送られた宴の招待状は受け取る主義だ。

だから、闇に導かれるままに少女は更なる地下へ呑み込まれていった


「――――ああ、そうね。これにしましょう」


降りた地下空洞で見つけたのは、女神ではなく巨大な竜の黒き石像。

そして、その鋭き爪の先に在ったのは――――黒い卵型の石だった。



◇◇◇



「静かだな、あいつがいないと」

書類に筆を走らせたクレムウェルのため息に、傍で書類整理をしていたシルフィーナは胸がきゅっと苦しくなった。

「に、兄様がこれほど長く不在になるなんて初めてですからね」

領地から戻ってきたシルフィーナとウィルフレッドは、互いに口もきかず、視線すらも合わせない沈黙の生活が数日続いた。

そして、それからすぐにウィルフレッドは仕事で遠征に出てしまい、既に十日が過ぎている。

以前にクレムウェルが話をしていた西にある荒れ地の調査へと向かったのだ。

本来、他の者が派遣される予定だったのだが、出発直前になってウィルフレッド本人が強く希望したため承認されたのだった。

「あれほどお前から離れるのを嫌がっていたというのにな」

「……っ」

ちらりと心の揺らぎを探る瞳で見つめられて、シルフィーナは思わず視線を逸らしてしまう。

誤魔化すように壁に備えつけられた書棚の整理を始めたものの、動揺して手元の書物の題名すら頭に入らない。

そんな隙だらけの状態だったから簡単に背後をとられてしまった。


「――――あいつに、なにをされた?」


「……!」

いつの間にか後ろにいたクレムウェルの問いに、シルフィーナは大きく身体をビクリとさせて振り返った。

思っていた以上に距離が近くて振り返ったことを後悔する。

彼に真正面から問われて隠しきることができるだろうか。

「な……」

なにも、と否定しようとして、だけど、それは不自然すぎると言葉を変える。

「し、少々、喧嘩をしまして……」

嘘ではない。すべてでもないけれど。

しかし、やはり氷蒼の瞳からは逃れられなかったようだ。

クレムウェルの手のひらがシルフィーナの頭から撫で下ろし、翠玉色の髪を指でそっと梳いていく。隠したいという後ろめたさの衣を少しずつ剥ぎ取るように。

「そうか。だが、ただの喧嘩なら、いつものお前はもっと怒っているし、そして、なによりも……楽しそうなはずだ」

「……!」

横髪を梳かれた手で頬を包まれると、親指で唇をそっと撫でられた。

その感触にウィルフレッドとのことを思い出し、ビクリとなった震えが答えとなる。


(ああ、やはり誤魔化せない)


ずっと黙ったままにはできないとは思っていた。

けれど、伝えれば彼がどんな反応をするのかが怖くて、この数日ずっと口を噤んでしまった。

兄妹で、と軽蔑されるのか。

婚約者がいる身でありながら、と激怒するのか。

それとも、何事もなかったように冷めた瞳で捨て置かれるのか。


(もしかしたら、婚約破棄……されるかもしれない)


元々、破棄されることを前提に受けた婚約だった。

だけど、今は……怖い。彼に嫌われることが。

だから、彼からの追及にギュッと目を閉じてしまったのだけれど。


「我には『手を出すな』と言っておきながら、あいつ……っ」


「……え」

怒っては、いると思う。

けれど、なんだか予想とはちょっと違う怒りの方向性に、シルフィーナは萎縮していた心がほんの僅かにだけ解けていった。

クレムウェルの親指が唇から離れ、その代わり頬をやんわりと優しく包まれる。

「あいつが帰ってきたら、我が一発……いや、死なない程度に数発殴っておいてやる。だから、お前はもう、気にするな」

「クレル……」

緊張が緩んだからか目元がじんわりと熱くなった。

嫌われるとか婚約破棄されるとか、そんなことを考えていた自分がすごくちっぽけに思える。

いつだって、自分を理解してくれる人が……受け入れてくれる人が、すぐ目の前にいたのに。


「その……泣かないでくれ。我は婚約者を慰める術を思いつかない故」

珍しく困った表情を見せたクレムウェルに、シルフィーナは涙を零しながらも思わずクスリと笑ってしまった。

こんな時に、可愛い、なんて思ってしまうのは怒られるだろうか。

「……ただ、そばに立っていてくれたら、それだけで十分ですよ」

こつんと彼の肩近くへと額を置いて、シルフィーナはクレムウェルに身を預けた。


「ありがとうございます。私も……兄様が帰ってきたら一緒に殴ります。いっぱい殴って、いっぱい文句をぶつけて、そして、今度こそ、ちゃんと兄妹になります」


絡み合った前世からの絆の糸。

完全にほぐすのは無理でも、縒り合わせて新たな糸は紡げるかもしれないから。

「そう……だな」

シルフィーナの背にクレムウェルの両腕がやさしく添えられる。

抱擁よりも慎重で、触れるよりは温もりが伝わる、そんな強さで。

婚約者という名にそぐわないほどの仄かすぎる熱に、今そばにいてくれる感謝を込めて二人は互いを抱きしめた。



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