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013:第7章「過去の想いと兄妹の絆」②

「王都に戻ったら――――本当に、あいつと結婚する気なのか?」


低く問われたその声に、心臓がどきりとした。

いつもの軽口なんかじゃない。

その声と見つめてくる真摯な瞳の奥に、昔の『ウィル』を感じたから。

けれど、それでも、『私』の答えは変わらない。

「……そうですよ、ウィル兄様。あと二ヶ月もしたら、私はクレル王子の妃になります」

公爵令嬢として。婚約者として。シルフィーナ・エメリスとして。それが唯一の答え。決断した以上、後戻りはできない。

だが、その答えでは納得できないのだと『ウィル』の瞳が揺らいだ。


「じゃあ、俺の気持ちはどうなるんだ!? お前のことを愛している俺の気持ちはっ!?」


「……!」

隣に座っていたウィルフレッドに肩をぐいと引き寄せられ、両腕の中へと閉じ込められる。

その力強さに驚いて逃れようとしたが、上半身をしっかりと押さえ付けられていて、いくらあがいても無駄な抵抗に終わった。

「に、兄様! ウィル兄様! 落ち着いて! 少しでいいから離れて……っ」

必死に訴えても互いの身体は密着するばかり。目の前にあるのはウィルフレッドの逞しい胸板だけで、彼の顔さえ目にはできない。

頭上から降ってくるのは、苦しげに掠れた、熱い吐息。

「ずっと……ずっと昔から、お前だけが好きだった。お前と一緒にいたい……ただ、それだけだというのに」

「っ、ウィル……兄様」

吐き出されていく想いの深さごと強さを増していく抱擁。

こんな強さ。こんな熱さ。今まで『兄』だった彼から感じたことはない。


「――――シルフィ」


「え……ぁ、ん……んっ……!」


顔をぐいと引き上げられたかと思ったら、唇を息ごと塞がれた。

「……っ、ん……んんっ」

息が吸えない。唇が動かせない。

これが口づけだということは知っている。

だが、前世ですら彼がこれほど強引に唇を奪ってきたことはなかった。

それに、昔と今では状況が違う。

「んっ……はぁ……だめ……兄様……ぁ……んっ」

昔は触れるだけで幸せになれる口づけを幾度となく重ね合わせた。それが許される関係だった。

けれど、今は赦されない。

兄と妹。同じ翠玉の髪を宿した双子なのだから。


「ぁ……んっ、んんっ、ぁ……やぁ……ん……んんっ」

唇の隙間から入り込んでくる熱い舌が蠢いて、思考がどんどん麻痺していく。

駄目だと何度も思っているのに、甘すぎる刺激が上書いてしまって身体に力が入らない。

(こんな口づけ……兄妹なんかじゃない!)

熱さと快楽で理性が溶かされていくごとに兄妹としての日々が侵されて、胸が苦しさで潰されそうになる。

子どもの頃からずっと、彼が愛情を寄せてくれていたのは理解している。

けれど、その愛情は『兄』としての想いももあると感じていたから。

これからもずっと『兄妹』でいられると信じていたのに。

(ウィル……っ……兄様……)

悲しみなのか、悔しさなのか、自分への愚かさなのか。

胸の中がぐちゃぐちゃで、目元がじわりと熱くなった。


「はぁ……はぁ……にい……さま、んっ……もう……やめ……んっ」

だけど、揺らぐ声でやめてと懇願するほど口づけは深くなり、無骨で大きな手がシルフィーナの肌を薄布一枚の上から這っていく。

その手のひらが柔らかな膨らみをひと撫ですると、口づけの合間に低い声が落とされた。

「お前のこの身体を……そんな顔を……あいつに奪われるくらいなら……」

「……んっ」

強く肌を吸われ、首筋に微かな痛みが走る。

これから罪の証を刻んでいくのだと、そう言われたような気がした。

王都で待っているあの人ではなく、兄だった目の前の彼によって。


(――――っ、クレル……!)


「やっ、駄目っ、兄様! これ以上は……!」

わずかに戻った気力でシルフィーナはウィルフレッドの身体をぐいと押しやった。

互いの距離はほんの少ししか離れなかったが、自分の力ではこれで精一杯だった。

「……シルフィ」

「な……んで、どうして……兄様は……っ」

堪えていた涙が震える声とともにぽろぽろと溢れる。

自分でも分からない渦巻く感情をこれ以上抑えておくなんてできなかった。


「――――ウィルの馬鹿っ! もう昔とは違うのに……っ」


あれから二百年以上が経っている。

記憶があっても。同じ魂であっても。

今の自分たちは『勇者ウィル』と『魔法使いシルフィ』ではない。それなのに。


「ウィルだけ、ずるいっ! あなただけ、あの頃に立ち止まってばかり! 私が……っ、私がどんな想いで今まで生きてきたのか……っ」


シルフィーナとして生きるために、幾度も迷い、そして、下してきた決断。

それを知ろうともせず『変わらなさ』を突きつけてくるなんて酷すぎる。

突き放すつもりだったシルフィーナの両手は、いつの間にかウィルフレッドの胸元に縋りつくものになっていた。自分の想いを知ってほしい一心で。


「私にとって、兄様は……一番……一番大切な存在だったのにっ! 馬鹿っ、馬鹿っ! ウィルの馬鹿! 兄様の馬鹿! ――――大っ嫌い!」


「シル……フィ……」


華奢な肩を震わせ、訴えながら胸板を叩き、すべてを絞りきるように泣き喚く。

そんな妹の前で、すまない、と虚ろな声が微かに空気を震わせたが、謝罪の言葉すら聞きたくもなくて、シルフィーナは止められない涙で目の前のシャツをただただ濡らし続けた。



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