010:第6章「聖卵石の儀式」①
「公爵家令嬢シルフィーナ・エメリス。汝を新たな王家へ迎えるため、女神の加護を受けた聖卵石を託す。クレムウェル王子、こちらをシルフィーナ嬢へ」
神殿にあるひっそりとした小聖堂。
身を清めて白い衣装を纏ったシルフィーナは、婚約者であるクレムウェル王子の手で白い卵型の石がついた首飾りをかけられた。
両家の親族のみが見守るささやかな儀式。
これは王族が結婚する前に必ず執り行われる伝統のもので、結婚までの半年の間、王族の伴侶となる者が聖卵石を身につけて魔力を与え続けるというもの。
それによって聖卵石から生まれた聖獣が新たな夫婦である王家を守護する存在となり、結婚式でお披露目されるそうだ。
「我の魔力も注いである。肌身離さず常に身につけておいてくれ」
「こんな小さな卵から聖獣って生まれるのね。なんだか可愛い」
どんな聖獣になるのか楽しみだと期待と研究心が上回るシルフィーナに、クレムウェルは一抹の不安を覚える。
「気楽だな。お前の魔力量は常人より遥かに膨大だからな。もしかしたら巨大な生物が生まれるかもしれないぞ?」
「でも、それはそれで興味深いじゃない? あ、過去の記録があるなら注いだ魔力の属性や量で生まれる聖獣の傾向が掴めるかも! クレル、関連書庫への入室許可をもらっても?」
「……好きにしろ」
伝統の儀式すら研究対象にしようとするシルフィーナの勉強意欲にクレムウェルも止めることすら諦めて放置の方向だ。
結婚式は半年後とはいえ、今から二人の夫婦としての力関係が縮図となったかのようだった。
「シルフィ…………なぜ…………俺に一言も相談なく…………」
暴走防止用にウィルフレッドの背後には護衛騎士二人を配置してはいたけれど、今回ばかりはショックの方が大きかったらしく、ウィルフレッドの意気消沈ぶりは凄まじかった。
「だって、兄様に相談したら反対するだけで話がまとまらないに決まってますから」
「俺は話をまとめたくないんだから当然じゃないか!」
「それでは困るんです!」
いつまでも子どもの頃のままではいられない。
なにかしら一歩進めなければならない時期に来たのだ。
だからこそ結婚式の日取りと儀式について、シルフィーナはウィルフレッドに意見を求めなかった。あくまで自分自身のための決断なのだから。
「さて、これからいろいろ大変なんですから、くよくよしてないで兄様も手伝ってくださいね!」
通っていた研究所での仕事のまとめに、貴族たちへの挨拶回り。父から教えてもらった領地経営もウィルフレッドに引き継がないといけないし、王妃様からの妃教育も式間近まで続行される。とにかくやらなくてはいけないことが山積みなのだ。
シルフィーナにとって多忙な半年間のはじまりだった。