継母は断罪された悪役令嬢らしい
前世を思い出したのが新しいお母様と交流するために摘んだ花を渡そうとして転んだとしたらどう思うだろうか。
答え、羞恥心でやり直したいと切に願う。だが現実はそうもいかない。
顔面から床へ勢いよく倒れた衝撃でグルグル世界が回る中、どうしたらいいか分からないでいるお母様が見えた。手を差し伸べようとして、でもどう接したらいいか分からない、そんな表情を浮かべている。
今の私は五歳の幼児。対する新しいお母様は十七歳。恐らく彼女は幼な子に接する機会はこれまでなかったのだろう動揺してるのがよく見て取れる。
新しいお母様の容姿は例としてあげるとすれば前世でよく見たテンプレな悪役令嬢である。吊り目でシュッとした顔で出るとこ出ている女として羨ましい限りの体型をした人だ。艶やかなストレートな銀髪に赤い宝石のような瞳、真紅のドレスもよく似合っている。
こんな若い女性を捕まえて血の繋がりのない幼な子の母親になれとは酷な話だ。きっとここに至るまで何か理由があったのだろう。
「……ふふ、びじんさんだぁ」
気を失う前の言葉のチョイスがそれなのは私だからなのは重々理解してるが初対面でそれはないだろう。
私の前世はどこにでもいるような社会人女性だった。
ただ非常に残念ながら記憶力がポンコツなのか名前や職種、年齢など細かいことはほぼ覚えておらず、なんとなくこうだったなという曖昧な感じでしか思い出せない。
例えるなら洗濯して少し残ってしまった汚れみたいなそんな感じだ。
一度ヒトの世を離れて魂が洗浄されたことで変に記憶のカスが残ってしまったのが前世の記憶ではないかと思う。いや、そうであってほしい。そう思いたい。
ただ私には死んだ記憶は一切ないし前世の記憶をカスの残りと表現するのも実のところどうかと思うけども。
さて、軽く記憶の整理がついたことで今生について整理だ。
私の名前はシルヴァナ・ヴィーバナウス。公爵家の一人娘である。
父親の名前はルカ・ヴィーバナウス。魔法騎士団第一師団団長を務めており二十八歳になる。
私の生みの親の名前はマナカ・ヴィーバナウス、旧姓シノハラ。
私のお母さんの名前すごい既視感が半端ない。シノハラマナカが本名だとすれば異世界転移の可能性が濃厚である。
前世の記憶が戻る前に父親が母親に関して私に告げた言葉を思い出してみよう。
『お前の母親はこの世界から消えた。二度と会えないと思え』
果たしてそこに愛はあったのだろうか。忌々しそうに吐き捨てる父親の表情まで鮮明に思い出してしまった。
『この子がマナカの子どもか…少し見ない内に大きくなったな…この世界では彼女は英雄に相応しい働きをしたけれど、だが…』
おっと第一王子様の言葉まで思い出した。良いところで途切れたのは私を前にして思いとどまったためか、続きの言葉は無かったが私を見る目は複雑そうだった。
マナカさんよ、貴女は一体何をやらかした。
「お腹すいたぁ」
ある程度シルヴァナに私が定着してきたのか空腹により意識が上昇して目覚めた。
寝起きの第一声は子どもらしかっただろうか。
「目が覚めたのね」
横から美しいお声が聞こえて目だけ動かすと新しいお母様ーーオリビア・シルベスター侯爵令嬢のお姿があった。
私が目覚めたことで安心したのか目尻を和らげどことなく声色に安心を滲ませている。
使用人達が新しいお母様についてコソコソ話していたのを思い出した。
オリビアは第三王子の婚約者であったが、彼と必要以上に仲良くしてる男爵家の令嬢に嫉妬して大怪我を負わせる計画したことの罪を問われ婚約破棄されたらしい。余罪はまだまだ沢山あるらしいがあくまでも使用人の噂話だ。
少なくとも今の私を心配しているオリビアを見てそうは思えなかった。
「ねぇ返事はないけど大丈夫?それともわたくしだから話をしたくないのかしら…」
「いえ、それはないです!安心してください!」
落ち込む姿を見て即座に反応してフォローに入った。
こんな美人さんを落ち込ませるのが私なのは許せない。是非ともオリビアの心からの笑みを浴びたい。その一心から幼な子らしくない感じになってしまったけれど、前世を思い出した私がインしてしまった時点でどうしようもないだろう。
「シルヴァナ様?」
「ま、待ってください…お母様には是非シルヴァナと呼んでもらいたいです…」
「わ、わたくしがお母様っ!?」
あ、なんかこの人可愛いぞ。
私にお母様と呼ばれて嬉しそうに声が上擦ってるのイイ。頬に両手を当てて緩みそうになるのを我慢してるのもイイ。
「でもわたくしがシルヴァナさ……シルヴァナのお母様となるには相応しくないと思いますわ」
「どうしてですか?」
「それは…」
言葉を選んでいるのか目が伏せられた。手もいつの間にか下げられており、震える片手をもう片方の手で抑えている。
「わたくしが……皆様のいう悪女、ですから」
自分自身では悪女とは認めてなかったのだろう。でも私に説明するために敢えてその言葉を使ったのだとしたら、自分の誇りよりも幼な子を慮れるこの人を何故悪女と言えようか。
少なくとも私はオリビアを悪女とは言えない。
「ダメですよお母様。言葉にしてしまったら心が受け入れてしまいます。そうだと思ってしまいます。お母様が本気でそう思っていないなら例え私に説明するためであってもその言葉は使うべきではないのです」
「シルヴァナ様…」
「ヴィーバナウスに嫁入りしたのならお母様はもう私のお母様です。沢山私を可愛がってください」
そうだ、私が前世を思い出す前にオリビアと交流を取ろうとしたのは母親に対しての憧れがあったからだ。
シルヴァナには両親から愛された記憶がない。父親は母親への愛は無さそうだし、基本屋敷にいても放置。
母親に関しては顔すら覚えていない。名前は母親が英雄視されていることでお察しいただけるだろう。
「お腹ペコペコで倒れそうですお母様」
「……そのシルヴァナ、わたくしと一緒に行きますか?」
「はい!お母様と一緒に行きたいです!」
お母様から差し伸べられた手はとても綺麗ですべすべして良い香りがしました、マル。
「やはりあの女の子どもだな…」
私達の様子をお父様が見てるとは知らずに、オリビアと手を繋いで歩けたことの幸せをこの時の私は存分に噛み締めていた。