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第7話 熱から覚めたユースティシアと想い




「…………」


 ユースティシアが目覚めて一番に気づいたのは、今が朝であること。そして次に左手に伝わる柔らかな感触だった。

 ココアブラウンの髪、色白な肌、白と黒のクラシックメイドドレス。何年も見てきた、ユースティシアの大事な人が視界に映る。


「リリー……?」


 重い体を起こし、ユースティシアはリリーを見つめる。ずっと、そばにいてくれたのだろうか。ユースティシアの手を握ったまま、リリーは寝ていた。


「あとでお礼を言っておけ、ティシア」

「! お兄様」


 何故ルーファスがここに? いや、家族なら当たり前とも言える。いつからここにいたのだろう。声をかけられるまで気づかなかった。


「体調はどうだ?」

「もう大丈夫です」

「そうか。念のため今日も休め。万全に見えても、疲れが溜まっていることもある。いいな」

「はい。わかりました」


 ルーファスはユースティシアのその言葉を確認すると、部屋を出ていった。だがすぐに戻り、一言。


「リリーが起きたらお茶でも飲め」


 そしてすぐにまた出ていった。

 ユースティシアはそんなルーファスの珍しい行動が面白く、くすくすと笑った。いつも冷静なお兄様が、と思うと、ルーファスも自分と同じ人間であることを思い出すのだ。

 ユースティシアはリリーの髪に触れる。さらさらとしていて、すぐに指からすり抜けてしまう。

 ユースティシアがリリーと出逢ったのはデイビッドと会う前のことだ。

 ある帰りの道中、ユースティシアの乗る馬車が急に止まり、しばらく動かなくなったことがあった。何があったのだろうかと思い外に出ると、そこには土や泥で汚れ、傷だらけになった少女が転がっていたのだ。


『あなた、名前は?』


 ユースティシアは何事かと思い少女のもとに駆け寄り、そう訊いた。少女はゆっくりと顔を上にあげ、小さな声で懇願した。


『たす、けて』


 そのあとの行動は早かった。ユースティシアは少女をレイノルズ邸に連れ帰り、怪我の手当てをさせ、服を着せ、そして、少女に生きる意味を与えた。


『うん。よく似合ってるわ、……えっと、あなたの名前は?』

『なま、え…………わたしの、なまえ』

『そう。あなたの名前』

『……リリー。わたしは、リリー』

『リリー……。私はユースティシア。ユースティシア・レイノルズ。リリーの名前は、私と同じ、花の名前ね』

『花……』

『そうよ。リリーは百合、ユースティシアは薔薇の名前なのよ。じゃあ本題に入るわね』




『私のメイドにならない? リリー』




 リリーはその誘いを受け、ユースティシアを支えるべく努力を積んだ。

 文字の読み書きを覚え、

 礼儀と作法を学び、

 知識と武術を叩き込み、

 ……そして、感情を知った。

 全てはユースティシアのそばにいるため。

 感謝と敬愛を胸に、リリーはユースティシアに献身的に仕えた。そしていつしかそれは燃えるような熱い想いとなり、誰しも一度は抱く秘めた恋心に変わった。




 そしてそのことを――昨夜、ユースティシアは知ってしまった。




 リリーのもらした愛の言葉を、ユースティシアは聞いてしまった。リリーがユースティシアに負ける感情を、知ってしまった。

 その言葉が幻聴でないことを、夢でないことを、ユースティシアは確信している。あの時、自分の腕から伝わる温かな熱は、確かなものだったから。


「……リリー」


 リリーは愛らしい寝息を立てたまま、ユースティシアの隣ですやすやと眠っている。呼びかけても返事がない。完全に眠っている。

 今なら、とユースティシアは思った。


――わたくしの本音を口にしても、リリーには聞こえない。


 リリーはユースティシアにずっと仕えた。いつだって、どんな時も、ユースディシアの味方でいてくれた。そばにいてくれた。今も、昔も、そしてきっと、これからも。

 ずっと前から、わかっていた。

 ユースディシアが好意を向けているのは。

 愛しているのは。

 誰よりも信じているのは。


「リリー、貴女なのよ」


 願いにも聞こえる切実な声が響く。


「わたくしが、この世でいちばん愛しているのは」


 リリーが同じ想いだと知った時の喜びは、きっと、ユースティシアにしかわからない。

 デイビッドの婚約者なのに。同性なのに。

 そんなことは関係なかった。

 家族でも、王族でも、神様でも。

 それは、永遠に変わらぬ想い。

 長い時が紡いだ想いは、誰にも壊せない。


「……ありがとう、リリー」


 それは、何か特定の事柄に対して言った言葉ではない。全てだ。リリーと出逢ってからの全てにおいて、ユースティシアは感謝しており、幸運だと感じている。

 リリーと出逢ったことが、人生で二番目の幸福だ。では一番目は?

 それが叶うことはないと、ユースティシアは知っている。だがそれが絶対ではないことをユースティシアはまだ知らない。



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