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第6話 リリーの過去と想い




 王城から戻った次の日のことだ。


「おはようございます、ユースティシア様。……ユースティシア様?」


 初めにユースティシアの違和感に気づいたのはリリーだった。

 普段ならとっくに起きている時間帯のはずなのに、ユースティシアはベッドで寝たままなのだ。

 嫌な予感がしたリリーは、ユースティシアに近づく。

 そして、その予感は的中した。


「っ、熱い……」


 雨の中歩いたユースティシアは、見事に風邪をひいたのだった。


「お待ちください、すぐ、冷やすものを持ってきますから」


 リリーは急いで手拭いと着替えを用意しに部屋を出て行った。

 その数秒後、ユースティシアのことを聞いたルーファスがやって来て、ユースティシアのそばに座った。

 風邪をひいた時は心細くなるものだと、リリーは知っている。

 だがら一番にユースティシアを愛するルーファスに伝えたのだ。

 部屋に戻ってきたリリーは一旦ルーファスを外へ出し、ユースティシアの服を変える。

 兄妹とはいえど、異性の差は大きい。

 ルーファスは地味に嘆いていた。


「……ごめんなさい、リリー」

「お気になさらないでください。昨日、雨でたくさん濡れていましたから、風邪をひくのは当然です」


 昨日、王城から帰ってきたユースティシアはどこか上の空だった。

 何かを考えているようだったので、リリーは何も言わなかった。


「ちがうの」


 ユースティシアは強く否定した。


「昨日、ずっとリリーを待たせていたでしょう? ちゃんと謝れていなかったから。本当にごめんなさい、リリー」

「!」


 どうして、とリリーは思う。

 大したことではないのに。

 特別謝るようなことではないのに。

 だがそれがユースティシア・レイノルズを生きる人だ。


「……早く、元気になってください、ユースティシア様」


 それだけでいい。





――貴女が幸せなら、他には何もいらない。




 ルーファスと代わり、リリーは恭しく一礼するとユースティシアの部屋を出た。

 リリーは深呼吸をして気持ちを落ち着ける。


「…………」


 リリーがユースティシアと出逢ったのは、もう何年も前のことだ。

 母親に捨てられたリリーは孤児として孤児院で暮らしていた。

 年齢も幼く、弱かったリリーは他の孤児たちに虐められ、苦しい日々を過ごしていた。

 唯一の希望を見出していたのは、捨てた母親からの最初で最後の贈り物のペンダントだった。

 中には古い紙で、一言。

――ごめんなさい、リリー。

 丸い筆跡で、そう書かれていた。

 リリーが自分の名前をわかるのは、そう、小さく書かれていたからだ。

 小さく折られた折り目は、もう紙が弱くなって穴が開いたり、薄くなったりしている。

 ところどころにあるシミは、すべて涙が乾いた跡だ。

 リリーのではない。

 すべて母親のだ。

 すがるものがペンダントしかなくて、耐えられなくなった時、リリーは孤児院から抜け出した。

 虐められて、飢えに苦しんで、逃げることしかリリーにはできることがなかった。

 そして走って走って力尽きた時、ユースティシアに拾われたのだ。

 ユースティシアはリリーに食べ物と服、そして仕事を与えた。


『私のメイドにならない? リリー』


 ユースティシアはリリーにとって、神様のような救世主だった。

 ユースティシアに抱くのは感謝と敬意、崇拝だ。

 リリーは崇拝が恋慕であることを認めない。認められない。

 自分は、ユースティシアにふさわしくないから。

 自分は、ユースティシアを想っていいほど、素晴らしい人間ではないから。


「リリー」

「……」

「リリー、聞いているのか?」

「……」

「リリー、お前のユースティシアが呼んでいるぞ」

「はいっ……! ……あっ、すみません、ルーファス様。申し訳ございません。少し考え事をしていて……いえ、言い訳ですね。どんな罰でも受けます。だから……っ」

「っ、落ち着けリリー。勝手に話を発展させるな。俺はまだ何も言っていない」

「……申し訳、ございません」


 はぁ、とため息をつくルーファス。

 いいかよく聞けよ、とリリーに言った。


「ティシアがお前を呼んでいる。そばにいてやれ。命令だ」

「…………ユースティシア様が、私を?」

「そうだ。なにか?」

「いえ、なにも……」


 嫉妬の混ざった言葉を投げかけたルーファスは嫌そうにしつつもわかりやすくリリーに教えた。


「要は、この俺よりもティシアはお前を望んでいるんだ。理解したか?」

「……は、い」

「ならさっさと行け」


 ルーファスに肩を軽く叩かれ、リリーは「失礼します」と言ってユースティシアの部屋に入った。

 すると、扉のすぐ下にユースティシアがいたので、リリーはぎょっと目を開いた。

 ユースティシアはリリーの足に両手を絡める。絶対に離さないというかのように、強く握っている。


「えっ? えっ? ユースティシア様? どうしてここに……? ベッドで寝ないと回復しませ」

「ばか」


 リリーの発言を遮ってのまさかのユースティシアの「ばか」に、リリーはさらに混乱する。

 何故扉のすぐ近くにいたのか。

 どうして「ばか」と言われたのか。

 リリーにはわからないことだらけだ。


「どこ、いってたのよ、リリー」

「えっと、外で待機して……」

「なんで、なんでそばにいてくれなかったのよ」

「ルーファス様との方が、安心するかと思いまして……」


 じわ、とユースティシアの目から涙が零れる。

 リリーは「ばか」に続く突然の涙に、どうすればいいのかわからなくなった。急いでしゃがんで、優しく抱きしめることしかできない。


「こわ、かった。こわかったぁ……っ」


 ユースティシアが弱い姿を見せるのは、風邪をひいているからだ。リリーはそう思っている。

 リリーはユースティシアのことをわかっているようで、何もわかっていない。


「リリー、やだ、はなれ、ないで。いなく、ならないで」

「っ、私はいなくなったりなんかしません。ユースティシア様」


 リリーは、「私はここにいる」と言う代わりに、強く抱きしめる。ただ、ただ、ユースティシアに安心してほしい一心でそうした。


「やだ、やだよ、やだよ……っ」

「絶対しません。離れてしまって、申し訳ございません。もう、絶対いなくなったりなんかしません。今も、これからも、ずっとです。約束します。だから、泣かないで。ユースティシア様」


 涙のせいで、綺麗な顔が台無しだ。

 だが、涙もまた美しいとリリーは思った。

 泣きじゃくるユースティシアの背中をさすり、落ち着け、寝かせた後、リリーはユースティシアを抱き上げてベッドにのせ、布団をかけた。


「……ずっと、そばにいます」


 リリーはユースティシアが安心できるように、手を握った。小さくて、細い手だ。強く握ったら、壊れてしまいそうな手だ。


「……私なんかがそばにいていいんですか、ユースティシア様」


 貴女に与えられるものなど、何一つないのに。


「私、欲張りになってしまいます」


 私は貴女に、数えきれないほど与えてもらっている。




「――好きです。ユースティシア様」




 だから、私の想いなど届いていいはずがない。届かなくていい。知らなくていい。


「愛してます。ユースティシア様」


 言葉になどするべきではない。秘匿して、隠し切らなければならない。想うことすら、私には資格がないのだから。


「愛してるんです、貴女に、救われたあの日から、ずっと」


 私は、貴女が幸せなら、それでいい。

 ただ、それだけでいい。

 他に望むものなど、なにもない。

 そう思わないと、私は欲張りになってしまう。

 私は、貴女を好いている。



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