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高嶺の薔薇令嬢、百合メイドの愛を知る。  作者: 詩月結蒼
番外編 エレノアとフェリックス
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想いの変化




 半端強制的にスタートした屋台巡りだが、エレノアは内心楽しんでいた。


「はい。どうぞ」


 そう言われて渡されたのはりんご飴だ。最近外国で人気の食べ物らしい。エレノアも一度、この屋台で食べたことがあり、すぐにとりこになった。


「……いただきます」


 りんごの柔らかな果肉の食感と、飴のパリッとした食感の違いがおもしろい。


(おいしい……)


 飴は仕入れるのが難しいため、家では作ることができない。よって、屋台に来た時にだけ味わえる一品となっている。


「おいしい?」

「……おいしいです」

「このりんご飴、好きでしょ」

「っ……」


 エレノアはちょっとムッとした。まるでフェリックスは知っていたかのように言ったからだ。


(調べたのかしら……?)


 しかし、フェリックスにそんな余裕があるのだろうか。王族……それも第一王子のフェリックスが。

 実際のところフェリックスはエレノアのためならなんでもするため、とてつもない課題量が課せられたとしても瞬時にこなせる実力と行動力があるのだが、エレノアはそれを知らない。


(だとしたら私が楽しんでいた姿を、誰かが見てたってこと……?)


 第三者に見られていたかもしれない。

 そんな疑惑がエレノアの中に生まれる。


(……フェリックス様なら、それができる)


 だって彼は第一王子だから。


(フェリックス様が命じれば、私のことなんて全部わかっちゃう)


 だって彼は第一王子だから。


(フェリックス様が望めば、なんでも叶う)


 だって彼は第一王子だから。


「……ノア、エレノア?」

「っ!」


 そこでエレノアはようやくフェリックスに呼ばれていることに気づいた。


「フェリックス、様……」

「人酔いかな? こっちおいで」


 フェリックスに連れられ、屋台から離れた場所へと移動する。


(私は……)


 ずっと、エレノアは考えていた。


――もしかしたら、この人は他の人とは違うかもしれない。

――もしかしたら、この人はエレノア・ブラッドベリーとして見ているかもしれない。

――もしかしたら、嘘偽りのない愛を持っているのかもしれない。


 だが、もし、そうじゃなかったら?


(つまらない女だと思われて、捨てられてしまったら?)


 彼にはそれができる。

 だって彼は第一王子だから。


「エレノア」

「っ、はいっ!」


 急に名前を呼ばれて、思わず大きな声が出てしまった。恥ずかしい、とエレノアは思った。

 だけど――


「俺はエレノアが好きだよ」

「っ……!」

「何度でも言うから。信じてもらえるまで言い続けるよ」


 どうして、とエレノアはつぶやいた。


「どうして、そんなこと言うんですか」

「ん?」

「私は……私は、フェリックス様にたくさんひどいことを言いました。フェリックス様のこと全然知らないのに、『嫌い』って言いました。なのに、フェリックス様はどうして私が好きなんですか……?」


 単純に疑問だった。

 フェリックスのことを「嫌い」と言ったエレノアを好きでいられるのが不思議だった。むしろフェリックスの愛は深まる一方に見える。


(私は、誰かに愛されるような人じゃないのに)


 エレノアは思っていることと口にすることが逆な時がある。本心を言いたくないからだ。簡単に言えば逃げ。

 エレノアは怖がりだった。

 愛は目には見えないもので、証明が不可能。脆くて壊れやすく、最も偽物が多いもの。

 それをよく知っている。わかっている。

 だけど――


――信じてみたい。


 そう思うのが、人間なのだ。


「エレノア」


 フェリックスが名前を呼んだ。


「俺にとってのエレノアは、必要不可欠な存在なんだよ」

「……まだ3回しか会ってないのにですか?」

「ああ」


 フェリックスの言葉は純粋で、まっすぐな言葉だ。だからエレノアの心に刺さる。


「最初は、一目惚れだった。好きになったのが見た目からってのはひどい話だと俺も思うんだが……でも、本当に、天使だって思ったんだ」


 だが、フェリックスがエレノアを本当に好きになったのはそのあとだ。


『婚約は承諾しましたが――私はフェリックス様のことを好きでもなんでもありませんし、愛を求めるつもりもありません。それを忘れないでください』

『…………え? えーっと……もう一回言ってくれる? エレノア』

『ああ、回りくどいことを言ってしまい、申し訳ございませんでした。直訳すると、形だけの婚約を要求していると言っているのです。フェリックス様』


 フェリックスに近づいてくる女性はいつも「彼が第一王子だから」だった。フェリックスは望めばほとんどのものを手に入れることができた。

 だから突っぱねられたのは初めてのことで驚きもしたが、同時に、欲し追い求めることの楽しさも知った。


『エレノアは俺のことを好きじゃない?』

『はい』

『でも、婚約はしてくれるんだよね?』

『はい』


 フェリックスが求めても手に入らないものがあるとすれば、それは他者の心だろう。

 嫌なことがあってもそれを受け入れるエレノアを不思議に思ったフェリックスは、よりエレノアに興味を持った。

 どうして自分との婚約を嫌がらないのか。

 どうして心に秘めた感情を出さないのか。

 知りたい、とフェリックスは思ったのだ。


『……なんで笑ってるんですか?』

『え? あ、ほんとだ。笑ってるね』

『……変わった人ですね、フェリックス様は』

『そうか?』

『はい。変わっています』


 フェリックスを『変わった人』と言ったのもエレノアが初めてだった。周りからはいつも『天才です!』『素晴らしい!』などと褒め称えられるのに、彼女はなにもフェリックスのことを『すごい』と言ってくれない。

 いったい何故?

 そこでフェリックスは気づいた。

 彼女はフェリックスを「第一王子」ではなか「フェリックス・グラント」個人として見ているのだと。


「いつも淡々としているけど好きなことには目を輝かせて楽しそうにしているところとか、素直じゃないところとか、照れてるところとか……。そういうのを知って、俺は、エレノアを好きになったんだ」


 ああ、とエレノアは息がこぼれた。


『俺と婚約してくれ! エレノア!』

『なあエレノア。俺はエレノアが好きだ。どうしたらエレノアは俺を好きになってくれる?』

『エレノアの好きなことを当てればいいんだな? わかった。当ててみせるよ』

『俺はエレノアが好きだよ』

『俺にとってのエレノアは、必要不可欠な存在なんだよ』


 彼はいつもひたむきにまっすぐ、エレノアに向き合っていた。


(……ああ、もう)


 フェリックスがいない日は、いつもよりも静かに感じた。


(フェリックス様の言葉が頭から離れない)


 愛を失うことは、怖い。

 だけどそれ以上に、愛を欲してしまうのだ。


(……わかってた)


 それを認めると自分が自分でなくなってしまうような気がして。


(もうずっと前に、わかってた)


 だから認めたくなかっただけで、本当はもうとっくにわかってて。


「私……」


 彼がいなくて寂しい理由は、ただ一つ。




「……あなたが好きです、フェリックス様」




 彼に恋をしてしまったから。



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