調査
(来ない……)
あの約束からもう3ヶ月。エレノアはしびれを切らしていた。フェリックスはあの日以来、エレノアに会いに来ない。エレノアも会う気などないのだが、それでも気になってしまう。
(無理難題を出したんだもの。見つけられっこないわ)
使用人にはエレノアについてフェリックス、またはその関係者に伝えることを禁止している。それにあのフェリックスのことだ。人伝で聞いたものをそのまま会うとは思えない。
だけど――
(時間をかけすぎよ)
約束には時間の条件などない。だから答えないという方法もある。だからフェリックスが1年後に来ようと、そもそも答えなかろうと、約束には問題ない。
なのに、どうしてだろうか。
(どうして私は、寂しいと思ってるの……?)
たった2回、会っただけの関係だ。他にあるとすれば、形だけの婚約を結んでいるだけ。ただ、それだけのはずなのに。
『俺と婚約してくれ! エレノア!』
『俺はエレノアが好きだ』
『どうしたらエレノアは俺を好きになってくれる?』
『エレノアの好きなことを当てればいいんだな? わかった。当ててみせるよ』
まっすぐなあの瞳が。
はっきりとしたあの声が。
(……どう、して)
忘れられそうにないのだ。
「待ってたよ、エレノア」
「なんで……」
銀髪の青年が、エレノアの瞳に映る。
「フェリックス、さま……?」
事は3ヶ月前に遡る。
エレノアとの約束を結んだフェリックスは、手始めにブラッドベリー家に運ばれる食料から家具、衣服までを全て調べ始めた。
それをある程度分類したのち、次に自身に課される課題を最速で終わらせた。勉学から武術、その他多方面の分野の教師たちに課題を提出し、そのまま城を脱走。自室には
【一週間の間、城を出る。課題は一週間分出したので文句は言わせない。探せば隣国に逃げると思え】
との半分脅迫文の書き置きを残し、ブラッドベリー領へ向かう荷馬車に隠れて一眠り。起きる頃には領地の検問を過ぎており、荷馬車の持ち主に見つからないようこっそりと降りてブラッドベリー領に入り込んだ。
計算通りに進み過ぎて、逆に心配になるほどであった。
領地に着いて初めに向かったのは、ブラッドベリー家で使われている食材を販売する店だ。かなりの下町にあるが、フェリックスは構わず向かった。
「おや、見かけない坊やだね。どうかしたのかい? え? 領主様一家について知ってること? そうだねぇ……領地の特産品だからってのもあるだろうけど、果物の仕入れが数年前から多くなってるね。エレノア様? ああ、領主様の一人娘のことかい? 一度会ったことがあるよ。領主様一家とは言えど、商売相手だからね。おとなしくて可愛らしい子だったよ。礼儀正しい印象を受けたのを覚えてるわ」
次に向かった店の人はエレノアに会ったことがないようだった。
「仕入れ量はさほど変わらんよ。ん? 一般の客? 強いていうならお嬢様みたいな小さい女の子が来るようになったぞ。お付きの人みたいなのつけて、果物たくさん買ってくれるんだ。月一ぐらいだね。……そういや、だいたいお祭りの日に来るんだよ、その人。え? お祭りを知らない? この地域では月に一度商会やらなんやらが来て屋台開いて、にぎわうんよ。それをお祭りっていってるの、この辺は。ちょうど明日からよ」
フェリックスは運が良かった。
まず第一に、うまく城を抜けられたこと。
第二に、怪しまれることなく情報を手に入れられたこと。
そして――お祭りでエレノアを見つけられたこと。
(エレノア……!?)
フェリックスの予想外だったことは、エレノアも下町に来ていたことだった。
(どうしてここに……俺が来ていることを知って? いや、エレノアが知るはずもない。お付きは一人か? 物騒なことが起きたらどうする? あれで身分を隠しているつもりなのか……?)
華美ではないが簡素すぎない服、一つ一つの所作、言葉遣い……など、貴族らしさが出ている。あれではすぐにバレてしまうに違いない。
だがそこでバレないのは、影でエレノアの侍女がうまく下町に「遊びたい年頃の少し金持ちな姉ちゃんがいる」と噂を流しているからである。無論、そのことをフェリックスとエレノアが知るはずもない。
(下町を見学しに来たのか? それとも商店の屋台が目当て……? あっ、なんか食べた! ちょっと苦戦してる……)
侍女に食べ方を教わり、エレノアが頬張る。目が見開かれ、親指を立てて「おいしい」と伝えている。
(おいしそうに食べるなぁ……)
とても幸せな顔をしている。フェリックスの頰も自然と緩む。
エレノアたちが立ち去ったのを見計らって、フェリックスは先ほどの商店に行く。
「いらっしゃい。何がほしいんだい?」
「さっきの子と同じのをください」
「はいよ」
店主が作っている間にフェリックスは聞いた。
「さっきの子、よく来るんですか?」
「ん? なんでわかるんだ?」
「楽しそうに話をしてたので」
フェリックスは観察眼が鋭かった。
「すごいな坊や。当たりだ。あの子は何度かうちの店で買ってくれてな。かわいいお客さんだよ。屋台を開くと三回に一回は必ず来るんだ。なんだかんだ言って、俺はあの子に会えるかいつも少し楽しみにしてるんだ」
「ふぅん……。普段はなにをしてるんですか?」
「俺か? あちこちで屋台を開いてるよ。なんだい? そんなに嬢ちゃんが好きで俺のことが気になるのか? んん?」
店主はからかい半分でそう聞いた。
すると――
「……わるい?」
少し照れたような、これ以上は踏み込むなと言いだけな目で、フェリックスは店主に視線を向けた。店主は期待した返事とは違ったことに驚き、そして、笑った。
「いいや。振り向いてくれるといいな、あの子に」
「ああ」
エレノアとフェリックスの関係など店主は知りもしない。だが、応援されたことが嬉しかったフェリックスは、店主に小さなお礼として、お金を多めに払ったのだった。
そんなこんなで城とブラッドベリー領を行ったり来たりしたフェリックスは、エレノアのことについて調べ、そして、下町にて再開することになったのだ。
「……お城にいなくて、よろしいのですか?」
「課題は全部終えた。書き置きもしてある。エレノアの心配することじゃないよ」
「……」
「そんな顔しないでよ」
フェリックスが笑うたび、エレノアは眉間に皺を寄せる。エレノアは疑い深いのだ。
(どうしよう、かわいい)
怒らせれば怒らせるほどフェリックスの好感度は下がる。だが、怒った顔もかわいい。少し悩ましい、とフェリックスは思った。
エレノアに手を差し伸べた。
「……なんですか? その手」
「俺の手だよ?」
「ふざけないでください」
「ごめんごめん。……一緒に屋台を回りませんかっていう、お誘いだよ」
「……」
「……どういう表情? それ」
「迷ってる表情です」
「迷ってるのかぁ……」
若干のショックを受けるフェリックス。だがこの程度でへこたれるような男ではない。
「俺のこと、いや?」
「そういうわけじゃないですけど……」
「じゃあ一緒に回ろ」
「えっ、あっ、ちょっと……!」
エレノアの手を強引に攫うフェリックス。
だがエレノアもまんざらではない様子だ。
直球なフェリックスと、素直じゃないエレノア。一見対極に感じる二人だが、気が合わないわけではなさそうだ。
そんな二人をエレノアの侍女は微笑ましく眺めていた。




