第19話 舞踏会
ついに舞踏会の日がやって来た。
デイビッドの迎えが来るまであと3時間。ユースティシアとリリーは準備に取り掛かり始めていた。
「……リリー、どうしよう」
ユースティシアの手にはデイビッドから送られたドレスが。今日を境にデイビッドと縁を切るつもりのユースティシアが着るのはふさわしくない。
なにより、リリーが許せなかった。
「捨てましょう」
「そ、それはやりすぎよ。でも、別のドレスで現れたらデイビッド様がどう思うかと考えると……」
普通、婚約者とペアの衣装を着る。だがユースティシアが違うものを選んだらどうなるだろう。デイビッドは当然怒るだろうし、周りからの視線が痛くなる。
「たしかに危険ですね」
「ええ。だから……」
「燃やしましょう」
「だからやりすぎ!」
「すみません……」
デイビッドから贈られたのは藤色の美しいプリンセスラインのドレスだ。細部まで美しく仕上げられたドレスは王族の婚約者が着るものとして申し分ないものだ。
「…………舞踏会が終わり次第焼却処分させていただけるのであれば、妥協します」
「焼却処分って……」
「ユースティシア様を独占されているようで嫌です」
「! リリー……」
リリーはユースティシアに想いを伝えてから自分の気持ちをよく出すようにやった。
「せめて、髪は私がしたいです」
「最初からそのつもりよ」
着替え終わると、ユースティシアはリリーに髪を結ってもらう。
ハーフアップにされた髪をバレッタで留め、花や蝶の小さな飾りをあしらえる。色はユースティシアの好きなピンクや気品漂う金色など華やかなものを選んだ。
「どうでしょうか?」
「……ふふっ、さすがリリーね」
「〜〜っ! ユースティシア様が美しいからです!」
まるで花の精だとリリーは思った。
「リリーは何を着るの?」
「え?」
「え?」
「「……」」
どちらも予想外のことだった。
「……舞踏会来るわよね?」
「はい」
「もしかして、そのメイド服で行くつもりだったの?」
「はい」
これはまずい。かなりまずい。
その事の重大さに気づいたユースティシアは考えに考え、そして、あるドレスをリリーに手渡した。
ピンクとライムグリーンのグラデーションが美しいミニ丈のドレスだ。可愛らしさがありつつもライムグリーンが入ることにより爽やかさが加わっている。
「ユースティシア様。これは……?」
「説明はあとでするから今は早く着て!」
「かしこまりました」
実はこれ、ユースティシアが前に出かけた時にこっそり買ったもので、いつかプレゼントしようと思っていたものだ。
まさかこんな形で渡すとは思ってもいなかったユースティシアであった。
「軽く編み込んで、細めのリボンで結べる?」
「はい」
ユースティシアほどではないものの、華やかな姿となった。主人をたてるのが従者の役目なので、多少地味でも特に何も思われることはないだろう。
「どう? リリー」
「……暗器をすぐに取り出せるのでとてもよいかと」
(そこじゃないでしょ……)
求めていた回答とは違ったが、リリーがいいと思っているのならばそれでいいか、と少し呆れながらも諦める。
するとドアのノック音がして、ルーファスが入ってきた。
「準備はできたか?」
「はい。お兄様」
「滞りなく進んでおります」
「そうか。……今日のことについて最終確認をしておきたくてな」
今日はユースティシアの運命を決める日と言っても過言ではない。
「ティシア。決して無理はしないように」
「はい」
「リリー。ティシアの命が最優先だ。何がなんでも守れ。いいな」
「私の命はユースティシア様のものです。ユースティシア様を守るためならば、惜しむことなく捧げます」
「それでいい」
ユースティシアに拾われた時から、リリーの心は変わっていない。ユースティシアのために死ぬことは従者の本懐だ。人一倍強い忠誠と恋情を抱くリリーならなおのことだ。
「そろそろクソが……あ、いや、デイビッド様が到着する時間だ」
(お兄様、仮にも王族であるデイビッド様をクソ呼ばわりしてた……よね?)
(事実なのだから訂正しなくていいのに)
(クソと言うのは舞踏会が終わってからの楽しみにとっておくべきだったか……? まあ事実だしいいか)
まともな人間はこの空間に一人しかいないようである。
デイビッドがレイノルズ邸に来ると、キラキラの王子様スマイルでユースティシアと会った。
「そのドレス、とても似合っています」
「ありがとうございます、デイビッド様」
デイビッドがユースティシアに手を出し、馬車へと案内する。誰もがうっとりするような光景だが、欲を言うならばそれをじと目で見るリリーと、黒い笑みを浮かべるルーファスがいなければ完璧と言えるだろう。
「……ちゃっかりと馬車に乗らないでくださいますか? リリー」
馬車には向かい合って座るユースティシアとデイビッド、そしてユースティシアの隣に座るリリーがいた。
「ユースティシア様のメイドとして、いつ、どこから攻撃されるかわからない中、そばを離れるのは危険ですので」
「僕がいるのでお気になさらず。せっかくの二人きりの時間を邪魔しないでもらえますか? ルーファス様の馬車に乗せてもらえばいいでしょう」
「ルーファス様から、ユースティシアを守るよう仰せつかっています。私はそれに従っているだけです」
「……クソメイドが」
「なにか?」
「さあ?」
非常に険悪な雰囲気が漂う中、少しでも和らげようとユースティシアが発言する。
「ふ、ふたりは仲がいいですね」
「どこをどう見てそう思ったんだユース」
「天地がひっくり返ってもありえないことです、ユースティシア様」
「そ、そうかしら……?」
実際ユースティシアも仲がいいとは思っていない。が、まさかここまではっきりと言われるとは思ってもいなかったので、二人の気迫に気圧されそうになる。
(波乱の予感しかしないわね……)
舞踏会の会場に着いた後、どちらがユースティシアを馬車から下ろすかで揉める二人を見たユースティシアは、その予感を確実なものとみなした。




