67. 王太子の末路
混乱と怒りのあまり二の句が継げずにいる私の前で、父は話し続ける。
「どうやら王太子殿下は、サリアにすっかりのめり込んでしまわれたらしい。嘆かわしいことだ。あろうことか、サリアにどこぞの高位貴族家の養女として籍を置かせ、ご自分の婚約者にしてしまおうと陛下にかけ合ったそうだ。エーメリー公爵家としては納得できるはずもなかろう」
「あ……当たり前です……! そんなの、カトリーナがあまりにも……」
そう声を上げた瞬間、涙がこみ上げてきた。こんなひどい仕打ちがあるだろうか。カトリーナがその人生を捧げ懸命に努力してきたことの全てが無駄になってしまっただなんて。
ダミアン殿下もサリアも、絶対に許せない……!
唇を震わせ拳を握りしめる私を見て、父が苦笑する。
「落ち着きなさい、ティファナ。陛下がそんなことお認めになるはずがないだろう。王太子殿下の要求は当然却下され、殿下はすでに廃太子とされた」
「そ……っ! ……。……え?」
廃太子? ダミアン王太子殿下が?
目を丸くして父を見つめると、父は淡々と続ける。
「王太子殿下は最悪の形で、エーメリー公爵家の名に泥を塗ったのだ。このリデール王国で最も強い影響力を持つ、歴史あるエーメリー公爵家に。ましてや何の教養も知識もない平民のサリアを婚約者に据えようなどと、この国の貴族たちの誰一人として納得するはずがない。殿下のそんな要求を受け入れてしまえば王家は国中の信頼を失う。だから陛下は、王太子殿下を切り捨てる選択をなさった」
「で、では……、ダミアン殿下はどうなるのですか? それにサリアは……」
「殿下は王籍からも外され、東端のアグニュー男爵領を与えられたようだ。今後はアグニュー男爵を名乗られるわけだな」
アグニュー男爵領……。そこは王国の東にある、狭く貧しい土地。自然災害に見舞われやすく作物の育ちも悪い、経営状態は劣悪を極める地方だ。
あのダミアン殿下にとってはあまりにも苛酷な処遇といえるだろう。怠け者で知識の足りないあの方が、一体どうやって領民たちの生活を守っていくというのか。今頃泣きわめいていることだろう。
「……カトリーナが心配です」
私がポツリとそう呟いたその時。侍女が取り次ぎにやって来た。
「失礼いたします、ティファナお嬢様。王家より使いの方がお見えです」
「あ……、ええ、すぐ行くわ」
父が優しい眼差しで私を見る。
「王弟殿下かい?」
「はい。今日はお茶をするお約束を」
私がそう答えると、父が満足そうに頷いた。
「では行ってきなさい。王弟殿下からもお前に大切なお話があるだろう」
(……? 何かしら、大切なお話って)
含みを持たせるような父の言い方が気にはなったけれど、アルバート様を待たせるわけにもいかない。私は部屋に戻り手早く身支度の最終チェックをすると、お迎えの馬車に乗り込んだのだった。
◇ ◇ ◇
王宮に到着すると、今日はアルバート様の私室に通された。珍しいことだ。いつも二人でお茶をする時は、王宮内のサロンや庭園のガゼボなどに通されることが多いのに。
私がお部屋に入ると、アルバート様は嬉しそうに微笑んで私のそばに歩み寄ってくる。
「来たね、ティファナ。待ち遠しかった」
「ごきげんよう、アルバート様」
待ち遠しかったの一言に、つい口元が綻んでしまう。けれど浮かれている場合ではないと思い直し、私は慌てて表情を引き締めた。
「座って、ティファナ。オールディス侯爵からもう聞いたかな? 今日は君に大切な話が……、どうした? ティファナ」
進められたソファーに座った私の顔を見て、アルバート様が心配そうにそう言うと、すぐさま私の隣にやって来る。そして私の頬に手を添えると、至近距離から私の瞳を覗き込んだ。
「っ! ア、アルバート様……っ?」
「どうしてそんな顔をしている、ティファナ。何か困っていることがあるなら言ってくれ。隠さずに、どんなことでも」
青く澄んだ瞳は真剣そのもので、私の些細な変化をも見逃すまいと気を配ってくださっているのが分かる。まるで、自分が幼い子どもに戻ってしまったみたい。過保護なまでの彼の愛情は、時折くすぐったさを感じる。
そんなアルバート様に、私は自分の心配事を素直に打ち明けた。
「……先ほど、父から聞いたのです。ダミアン王太子殿下と、私の元義妹のサリアのことを……」
「ああ。そうか。もう聞いたんだね。……馬鹿な奴だよ、全く……。これで俺が教えてきた王子教育もすっかり無駄になってしまったわけだ」
場の空気を明るくしようとしているのか、少しおどけたようにそう言うアルバート様から目を逸らし、私は膝の上に置いた自分の両手を見つめる。
「……カトリーナが、心配なのです。今頃どれほど塞ぎ込んでいることか……。同じように切磋琢磨してきた仲だからこそ、あの努力の上にようやく得たものを突然失ってしまう苦しみを思うと……」
「ティファナ……」
カトリーナの美しく明るい微笑みが脳裏をよぎる。ラウル様や義家族のことで私が悩んでいる時、彼女はいつも親身になって相談に乗ってくれた。それだけじゃない。昔から私が窮地に陥ると、真っ先にカトリーナは手を差し伸べてくれた。もちろん、私も彼女にそうしてきたつもりだけれど、助けられた回数はきっと私の方が多いと思う。カトリーナはしっかり者だから。
同じ王太子妃の座を競い合っていたライバル同士ではあったけれど、私たちはその因縁をはるかに超えた友情で固く結ばれている。
こうしてアルバート様とお会いできてとても嬉しいけれど、今の私の頭の中はカトリーナのことでいっぱいだった。
するとふいにアルバート様が、私の肩を抱き寄せた。
「ティファナ、君はまだそこから先は何も知らないんだね?」
「……? は、はい……。私が父から聞いたのは、そこまでです。ちょうどこの話をしている時に、使者が来ましたので」
私がそう答えると、アルバート様はにこりと微笑んだ。




