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結婚式の夜、突然豹変した夫に白い結婚を言い渡されました  作者: 鳴宮野々花@書籍4作品発売中


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57. サリアの暴露(※sideラウル)

 父が帰国する予定の日まで、あと二日。

 

 考えれば考えるほど、緊張のあまり胃が痛くなる。ついに覚悟を決めたあの時以来、父の険しい形相が私の頭の中からずっと離れなかった。

 けれど、もう後戻りはできない。ロージエを失わぬために、私はティファナに離縁状を叩きつけた。あろうことか、離縁を渋り素直に受け入れようとしないティファナの頬を思わず殴ってしまうという失態は犯したが……、やってしまったものはもう仕方ない。さすがに可哀相だったかとは思うが、いつまでも私の妻の座に固執する本人にも非はあるのだから。

 家令の話によると、あの騒ぎの翌日からティファナはヘイワード公爵邸に戻ってきていないという。おそらくはいじけて実家にでも帰っているのだろう。私が出向いていって、機嫌をとり謝罪するべきなのか? ……だがどうせ近々離縁するんだ。あんなどうでもいい女の顔色を伺っているよりも、私には他に考えなくてはならないことが山のようにある。今はもう放っておこう。オールディス侯爵に告げ口されて何か叱責を受けるようならば、その時また考えればいい。ティファナのことは一旦後回しだ。


 それよりも……と、頭の中で何度も何度も父に対する説得力ある説明を考えながら、私は邸への帰路についていた。王宮から乗った馬車の中、数日後に控えた父との対峙について考えを巡らせていると、突然馬車が乱暴に止まる。大きな揺れに驚いて、思わずビクリと肩が上がった。苛立った私は御者に声をかける。


「何事だ!」

「そ、それが……、あのご令嬢が道を塞いでおりまして……」


(……?)


 令嬢が道を塞ぐ……? 一体何を言っているんだこの御者は。

 私は渋々馬車を降りて前方を確認した。


「……っ! な……、」

「あ、ラウルさまぁっ! よかったぁ~、ようやくお会いできましたわぁ!」


 私は唖然とした。両手を広げて馬車の前に立ち塞がっているのは、紛れもなくサリア・オールディス……ティファナの義妹だったのだ。

 不快な気持ちがむくむくと湧き上がる。またこの女か。


 サリアはくねくねと体を揺らしながら、上目遣いで私の方に近寄ってくる。こっちが睨みつけていてもおかまいなしだ。


「ああ! 今日もお会いできなかったらもうどうしようかと……! この何日か、この時間帯にここへ来てはあたし待っていたんですのよ。王宮でのお仕事の帰りにはきっとここを通ってヘイワード公爵邸へお帰りになると思って。でもなかなか会えないし、もうあたし不安で不安で……」

「一体何のつもりだ。何故私を待ち伏せする必要がある。不愉快極まりない。君は私をどこまで怒らせれば気が済むんだ」


 夕食会の日、庭園で話したあの時の私の言葉を、この女は忘れてしまったのだろうか。

 するとサリアは私の心を読んだかのように瞳を伏せ、しおらしい声で言った。


「……あの夕食会の日のあなた様の態度については、もう許します。ラウル様が素直になれないのも分かるもの。でも今なら……違うんじゃなくて? お義姉さまとの離縁、決まったのでしょう?」

「……」


 随分と耳が早いな。

 何故サリアがそれを知っている。ティファナの奴、もう義妹に話したのか? ……ということは、もうオールディス侯爵の耳にも入っているのだろうか。

 そう思った瞬間、また胃がキリリと痛んだ。怖気付きそうになる気持ちを慌てて奮い立たせる。


「だったら何だと言うんだ。私とティファナが離縁することと君には何の関係もない。失礼する。もう邪魔はしないでくれ」

「な……っ!」


 冷たく言い放ち馬車に戻ろうとする私の手を、サリアが無遠慮に掴んで言った。


「一体何なのよあなた! お義姉さまとの離縁が決まったのなら、もう意地を張る必要はないじゃないの! 本当はあたしの方がいいと思ってるんでしょう? 分かるのよ、あたし。……ね、ラウル様。怖がらないで。あたしがついてるわ。二人で一緒にお義父さまを説得しましょうよ。お義父さま、きっと分かってくださるわ」


 見当外れなサリアの言葉と強引な態度に、ついに私の堪忍袋の緒は切れた。こっちは今お前の相手をしている余裕などないんだ……!!

 私はサリアの手を乱暴に振りほどき怒鳴りつけた。


「いい加減にしろ!! 頭がおかしいんじゃないのか君は! 何故私が君のような低俗な女を相手にすると思えるんだ! 下品に媚びてくる勘違い女などに構っている暇はない!! 二度と私の前に姿を現すな! 君の姿を見るだけで虫酸が走る。消え失せろ!」

「……は……?」


 これまでの怒りを全てぶちまけた私の言葉に、サリアの表情が一変した。


「どういうことよ……。離縁するんでしょう? お義姉さまと。なのに何であたしを得ようとはしないわけ……? ……あなたまさか……本当にあのロージエなんかに懸想しちゃったわけじゃないわよねぇ? あんな不細工で愚鈍な小娘に、まさかあっさり惚れちゃったなんて言わないわよねぇ!?」

「……だったら何だ。君には一切関係のないことだ。ロージエは、君や君の義姉のような腹黒い女共とはまるで違う。大切な彼女の名を、その汚らしい口で呼ばれることさえ不愉快だ。そこを退け。馬車の邪魔をするな」


 しつこい女だ。

 激しく苛立ちながら、私は彼女に最後の言葉を吐き捨てると、馬車に戻るために踵を返した。

 しかしその時、背後から異様な笑い声が聞こえ、私は反射的に振り返った。

 するとサリアが頬を引き攣らせ、不気味に目を見開きケケケと妙な笑い声を上げている。背筋がぞくりとした。

 彼女は気でも狂ったように笑いながら、私を指差し吐き捨てる。


「バッカじゃないのあんた!! ロージエに嵌められてるのよ! 気付かなかったの!? あたしがロージエに頼んだの! お義姉さまとラウル様の仲を引き裂くために、ラウル様を誘惑しろってね!! でもまさか、あんなダサい子に本気になって簡単に騙されちゃうなんて……。信じられないわぁ。あんたって、肩書きだけの間抜けな公爵令息だったのね! そんな男こっちから願い下げよ! あたしはいらないわ! あっはははははは」


 ……何を言っているんだ、この女は。

 私に振られたことを認められずに、やけを起こしているのだろうか。


「ロージエを愚弄するな。さっさとどこかへ行ってくれ。目障りだ」


 再度そう告げた私の言葉を無視し、サリアはしつこくまくし立てる。


「だいたい、おかしいと思わなかったの!? あんな愚鈍な子が王宮勤めをしてるなんて。あり得ないでしょ!? ……あたしの母のコネなのよ! 母が前の夫ガラッド子爵に生前準備させてた紹介状で、あの子は王宮に入ったのよ。……死が間近に迫ってきた頃、意識朦朧としはじめた子爵に、母は上手いこと言っていろんな書類にサインさせてた。その中の一つを使って、ロージエを文官に推薦したってわけよ。あんたをだまくらかすためにね。そしてあんたはまんまとロージエに引っかかっちゃったってわけ! うっふふふふ……本当馬鹿ねぇ」

「……何を、言っているんだ……君は」


 無意識にそう答えながらも、私の胸の内に焦りに似た感情がじわりと湧き上がる。……まさか。そんなはずがない。ロージエが、この私を騙しているだなんて。それだけはあり得ないだろう。

 心臓がドクドクと嫌な音を立てはじめる。サリアはまくし立てるのを止めない。


「あたしだって、別にあんたなんか本気で好きだったわけじゃないわ! あたしのお母さまが、自分の幼馴染で長年の愛人でもあるホートン・ブライトを……ロージエの父親の生活を援助してあげたいからって、金持ち息子のあんたとあたしたちをくっつけることを考えたのよ! あんたさえ落とすことができるなら、ロージエでもあたしでも、結果どっちでもよかったわけ。分かる? あんたなんか、ロージエにもあたしにも、誰にも本気で愛されてないのよ! ロージエだってあんたをずーっと騙してたのよ。それって愛じゃないでしょう? それくらい理解できるわよね?」


(……は……?)

 

 手に汗が滲み、呼吸が荒くなる。

 ……違う。この女の言っていることはめちゃくちゃだ。私を籠絡することが目的ならば、ロージエだけに任せておけばいいはずだろう。わざわざこの女が出張ってくる必要はない。なのにこんなに何度もしつこく私に言い寄ってきているんだ、辻褄が合わないじゃないか。馬鹿馬鹿しい。私に相手にされない腹いせに決まってる。


 必死で自分自身にそう言い聞かせるが、サリアの言うロージエが王宮勤めになった経緯が、たった今口から出たでまかせとは思えない。この女はそんなに機転のきく娘ではないからだ。


「…………っ、失礼する」


 嫌な疑いに気付かぬふりをして、私は今度こそ馬車の扉に向かった。もう聞きたくない。私の本能が、これ以上彼女から余計な話を聞くことを拒んでいた。

 しかし私の背中に、サリアがとどめを刺した。


「ロージエ本人を問い詰めてみたら!? 所詮愚鈍なロージエだもの。全部バレたと思えば簡単に白状しちゃうわよ! あんたを好きなわけじゃなくて、単に金目当てだったんだってね!!」


 私はもう返事をしなかった。心臓は先ほどよりもさらに激しく脈打ち、暴れている。


 馬車がサリアの横を通り過ぎしばらく進んだ後、私は御者に、別の場所に向かうよう命じた。








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