53. 私の心
アルバート様の仰ったとおり、通された謁見室にはすでに父が座っていて、私の姿を見ると何やら目配せしてくる。
父の向かいにいらっしゃる陛下に、私は丁寧にご挨拶をした。隣にアルバート様がいてくださることが心強い。
「侯爵から話は聞いた。すでにヘイワード公爵家側からは離縁の話が出ていると。そういうことで間違いはないのだな」
「はい。ヘイワード公爵家側と言いますか……、今の段階では、ご子息個人からですが。公爵夫妻はおそらくまだ何もご存知ないのだと思います」
陛下にかけられる言葉に、緊張しつつも私は言葉を選びながら返事をする。そして求められるままにこれまでの経緯、今の状況、ラウル様の不貞行為についての発言などを伝えた。時折アルバート様や父が私の言葉を補足し、助け舟を出してくれる。陛下は厳しい表情を崩さぬまま、私たちの発言に耳を傾けていた。
「……書類上の白い結婚を貫き、ここまで来たわけだな。公爵夫妻が帰国するのは、建国記念の祝賀パーティーの直前だ。不測の事態が起こらず予定通りに帰国できればパーティーには出席すると、そう返事が来ている。……お前の意志は固いのだな」
陛下は私の隣に座るアルバート様に向かって、そう声をかける。
「はい。先日お話ししたとおりです。俺はもうティファナ嬢以外の女性と連れ添うことなど微塵も考えられません。陛下とオールディス侯爵におかれましては、何卒ご承諾いただきたく存じます」
躊躇なくきっぱりとそう言い切るアルバート様に、胸が高鳴る。この場でこんなにも堂々としていられるなんて、やっぱりアルバート様は格好いい。格好よくて、とても頼もしい。
真剣な表情を保ってはいるけれど、心なしか父もまんざらではなさそうに見える。
「……ふむ。二人の意志が固まっているのならば、あとはヘイワード公爵の帰国を待って話を進めるとしよう。とにかく公爵がどこまで承知しているのか、彼の考えはどうなのか、だ」
陛下はその後先に退室なされた。ともかく、私たちの意向は伝えることができた。
謁見室の中に三人だけになった後、父がアルバート様に言った。
「まさか王弟殿下から娘をご所望いただけるとは……。陛下からお話を伺った時には驚きました。感謝いたします、殿下」
「こちらこそ。まだヘイワード公爵令息夫人の立場であるティファナ嬢を望むなど、甚だ不躾であるとは百も承知でしたが……、今度こそ、手遅れにはなりたくなかったので」
父にそう答えながら、アルバート様は私の方を見て優しく微笑んだ。胸が甘く疼いて、頬がじわりと熱を帯びる。
父もそんな私たちの様子を見て静かに微笑んだ後、すぐに神妙な面持ちになり言った。
「ありがとうございます、殿下。こちらこそ、まだ少し早いですが……娘をよろしくお願いいたします」
父も帰り、私は馬車のところまでアルバート様に送っていただくこととなった。回廊を歩きながら彼が落ち着いた口調で言う。
「あとはヘイワード公爵がどういう結論を出すかだけど、きっと大丈夫だ。息子自身が不貞を認めている上に、オールディス侯爵も君たちの離縁を望んでいる。公爵が駄々をこねたところで泥沼の裁判沙汰が待っているだけだ。受け入れるしかないだろうからね」
「はい……。そうだといいのですが。今日はありがとうございました、アルバート様。心強かったです、とても」
私がそう言うとアルバート様は黙ってこちらをジッと見つめる。そしてふいに立ち止まると、私の顔を覗き込むようにして言った。
「ティファナ、君の心が納得するまでゆっくり考えて欲しいと言っていたのに、突然こんなことになってしまってすまない。きっとまだ気持ちがついていかなくて戸惑うだろう。だけどこうなった以上、俺は何が何でも君を守り抜き、幸せにすると誓う」
「……アルバート様……」
「……受け入れてくれるかい? ティファナ。俺の妻になることを」
切実なその瞳は、不安に揺れているように見えた。その美しいアクアマリンの瞳を見つめながら、私は自分の心と向き合う。……たしかに、まるで勢いに流されるようにここまで来てしまった。けれど、少しも抵抗はない。アルバート様と人生を共に歩んでいくことを想像するだけで、私の心は経験したことのないようなときめきと、胸が熱くなるほどの喜びを感じる。
私が辛い結婚生活を送っていると知って以降、私のことを励まし、支え続けてくれたアルバート様。お忙しい中何度も会う機会を作っては、私を楽しませようと、笑顔にしようとしてくださった。そのたびにどれほど救われ、心が熱くなったか。
きっと私の心はもう、この方を一人の男性として愛しはじめているのだと思う。
「……はい。アルバート様、私はあなたと一緒にいたいです」
顔を火照らせながらそれだけを言うのが、今の私にはまだやっとだった。
けれど、アルバート様には充分に伝わったのだろう。ほんの一瞬息を呑んだ彼は、見惚れてしまうほど素敵な笑顔を浮かべたのだった。
そして、その夜。
私はヘイワード公爵邸に帰宅したラウル様から、突如呼び出された。
「私をお呼びだと……?」
「はい。至急執務室へお越しになるようにとのことでございます」
使用人の言葉を怪訝に思いながらも、私は彼の執務室へと向かった。私が国王陛下と謁見し離縁について話したことなど、彼が知るはずはないし。
(一体何のご用かしら)




